ペンタロウチャレンジ
試合はしばらく静かだった。二回裏のペンギンズは三者凡退、三回は両チームが3人で攻撃を終えた。
『空振り三振!さすがにピッチャーに二度はやられない!一塁残塁、スリーアウト!』
ツーアウトからヒットを許したものの、今度は冷静に上村を抑えた。つばめは無表情のままだったが、小さな拍手でナインを迎えた。
「おおっ!新監督が拍手を!写真だ写真!」
「選手に声をかけにいくかもしれない、見逃すな!」
元々つばめ以外はどうでもいいとさえ言われていた一日だ。カメラはつばめを追い続けた。
『四回裏のペンギンズは打順よく3番の山内から!』
『打順よく、ねぇ……選手層が薄いからクリーンナップを任されてるだけで、他のチームならベンチに入れるかも疑問ですな。山内もオズマも』
解説の龍川は辛口で知られているが、言葉そのものは正しかった。山内は2割ぎりぎりの打率、オズマは去年より明らかに長打力が落ちている。しかし控えの選手はこの二人にすら遠く及ばない体たらくだった。
『空振り!三球三振、ワンナウト!』
つばめが監督になると知ったペンギンズファンの一部は、素人のガキにチームをめちゃくちゃにされると嘆いた。しかし大半のファンは驚きこそしたが反対ではなかった。すでに崩壊して腐りきっているのだから、これ以上落ちようがないというのがその理由だ。
「おっ?ヒットだ!」
『センター前に落ちた!オズマのヒットですが、実は今日初めてペンギンズの打球が外野に飛びました!』
三振と内野ゴロを量産し、非力ぶりを見せつけていた。しかしこれで流れは変わるかもしれない。
『バッターは海田鉄人!新監督に初勝利をプレゼントするのはこの千両役者のバットか!?』
「かい―――だてつと!」 「海田―――っ!!」
大歓声が海田を盛り上げる。大舞台で輝く男なのだから、日本中が注目するこの試合で大暴れするのではと期待されていた。そしてこれをきっかけに復活することもファンの切実な願いだった。
「ああ………」
『セカンドに送られてツーアウト!ファーストに送球、アウト!スリーアウト!』
最悪のサードゴロ併殺。かつての盗塁王は見る影もなく、一塁は余裕のあるアウトだった。
「……初回の三振もそうだが……内容が酷い」
「海田は出るだけでナインやファンを熱くさせる存在ですから。多少のスランプで信頼が揺らぐことはありませんよ」
海田には確かな実績と名声、そして人気がある。しかしこの状態の悪さは昨シーズンから続いていて、衰えを疑う声も出ていた。
「鉄人を慕う後輩たちも大勢いますからね。あいつがいなければこのチームは成り立ちません」
「なるほど………」
コーチたちはひたすら海田を褒め称える。それに対し、つばめは言葉少なに小さく頷いた。
『ライトが追いついたが犠牲フライには十分の飛距離!岡、ゆっくりとホームイン!』
海田の併殺で終わった直後、試合が動いた。先頭の岡にツーベースを許すと永田に送られ、続く辻に初球を外野まで飛ばされた。
『2対1!五回の表、ビッグリーダーズが再び勝ち越し!』
「……この回までか………」
すでにブルペンでは救援陣が準備をしている。接戦ということもあり、初回に出てきた二人とは違う投手たちだった。
「次は6番の名村から……一人でも出塁すれば村吉まで回ります。打順がきたら代打、回らなければ六回も……」
「回らなくても代える。欲張ってもう1イニング投げさせてもいいことはない」
何があっても交代だとつばめは決めていた。ここで終わりと思っていたのにやっぱり次の回までと言われてマウンドに上がれば打たれてしまう。気持ちが乗っていないからだ。
五回裏。先頭の名村は凡退したが、続く丸田が四球を選んだ。これで何事もなければ9番まで回る。
『判定は……ストライク!見逃し三振!茂出木が倒れてツーアウト、ここで正一つばめ監督が出てきました!場内は敵味方関係なく大歓声!』
これが初めての選手交代だ。拍手やコールが沸き起こる中で、つばめは代打の名前を言うとすぐにベンチに戻った。
「どうでしたか?」
「別に………」
特にこれといった感想はなかった。後々記者たちにも聞かれるだろうが、その時もつばめは同じような反応をするだろう。
『サード後藤、ファールゾーンまで追っていって……捕った!ファールフライでスリーアウト!ピッチャーが代わるので再度つばめ監督が登場!』
「つ!ば!め!」 「つ!ば!め!」
(いつまで続くんだ?これは)
そのうち慣れてきて飽きるとしても、それまでは大変だ。ため息をつきながらつばめは座った。
『さあここで『ペンタロウ』による恒例のショー!いつもより多くの人たちに見られているからか、ペンタロウもやる気満々!夢の空中一回転、今日こそ成功なるか!?』
試合の前半が終わり、マスコットキャラクターによるショーが行われていた。選手たちよりも人気があるペンタロウが高く舞い上がった。
「ぐえっ………」
『残念!首から落下、今日も挑戦失敗だ!しかしチームはつばめ新監督に勝利を贈るためにますます燃えていくぞ!ゴーゴーペンギンズ!』
このチャレンジは一度も成功したことがない。というより成功する気が最初からないとも囁かれている。ペンタロウのパフォーマンスの間につばめはトイレに行った。
『六回表、ペンギンズの二番手は小西!どんな場面でも投げられる便利屋ですが、そろそろ勝ちパターンに入りたいとも話しています!』
リード、ビハインド、接戦、大差、緊急登板にワンポイント、ロングリリーフに代役守護神……どこでも仕事をこなせるのが小西の強みだ。
しかし役割が決まっていないと毎日ブルペンで肩を作る羽目になる。言うまでもなく選手寿命を大きく縮めてしまうので、便利屋の立場は小西だけでなく皆が嫌がる。
『そのためには結果を出して新監督に認められる必要がありますね』
『どうでしょう……ピッチャーの運用については100パーセント投手コーチに任せ、監督は口出しできないチームもあります。監督の意向だけで配置転換ができるチームなんてほとんどないですよ』
オーナーの命令により、つばめには最大級の権限が与えられている。それでも絶対にできないこともある。技術的な指導だ。投球や打撃、守備や走塁を教えることは不可能だ。そこだけはコーチや経験豊富な選手に任せるしかない。
『出てきていきなりフォアボール!しかもストレートのフォアボールだ!』
「あらら……あいつの四球病は治らんな」
「治したって別の問題が出るからと放置しているのは俺たちだけどな、アハハ」
岩井投手コーチがへらへらと笑うのをつばめはしっかりと見た。しかし彼に気づかれないようにした。
「うっ………!」
『ワイルドピッチ……いやこれはパスボールか!ベテラン名村が後逸、ランナーは二塁に進む!』
叩きつけた球を身体で止めにいかず、手だけで捕りにいこうとしたら、やはり逸らしてしまった。
「名村も歳ですな。何もかも悪くなる一方だ。しかし私の実績じゃ何も口出しできませんよ、はっはっは」
今度はバッテリーコーチの井納が自嘲気味に笑う。井納も問題の改善を諦めていた。やってみて駄目だったのではなく、最初からさじを投げて努力を怠っている。
(……………)
つばめは選手だけでなくコーチの二軍降格を決める権利も持っているが、そのことを理解している人間は少なかった。改革の波はすぐそこまで迫っていた。
名村……ペンギンズを長年支える正捕手。打撃、守備の両方でパフォーマンスを落としている。
丸田……足の速い外野手。小さくまとまった選手の見本のような男。
茂出木……他球団からFAで獲得。役に立たない。
小西……どんな場面でも投げられるリリーフ投手。崩壊しているペンギンズ投手陣の中ではかなりまとも。
ペンタロウ……ペンギンズのマスコットキャラクター。見た目はかわいいが、毒舌でも有名。空中一回転チャレンジは成功しそうな気配がない。




