小刻み
「まあしばらく左バッターが多い並びだが……」
「それにしてもこんなにコロコロ代えてくるとは」
スターヒーローズの左打者の中には、右投手よりも左投手を得意としている選手もいる。つばめもそのことはわかっているはずだ。
「イニング途中の小刻みなピッチャー交代で時間を使ってまで胴上げを静かにやらせたいのか?」
「もしそうなら異常だろ。ペンギンズ愛が強すぎてもはや狂人だ」
つばめが狂っているのは今さら確かめるまでもないことだ。そしてペンギンズへの愛情は一途だが、戦法は変幻自在で時には味方すら惑わす。数日後になってから采配の意図が明らかになる時もあるほどだ。
『境田三振!打順はピッチャーの吾妻ですが、ピンチヒッターの松生が打席に向かいます!』
序盤のしつこい攻撃が功を奏し、吾妻を五回で降板させた。それを思うと、つばめの作戦は目の前の1勝を全力で拾おうとしているだけと読むこともできた。
『松生、海老名と右が2人続くことになりましたがさすがにここはそのまま荘島!ペンギンズのサウスポーはもう抑えの安岡しかいません』
スターヒーローズは謎解きに躍起になる必要はない。つばめの真の狙いがわからなくても、何も気にせず戦えばいい。余計なことを考えなければ、序盤のチャンスを最低でも一度はものにしていた。
「よっしゃ!いけ!」
『判定は……アウト!ベースカバーの荘島とバッター渡来、荘島の足が僅かに先でした!ランナー2人残塁!』
辛うじてファーストゴロ。ピンチを凌いだ。
「2対0……その2点もホームランなのに時間がかかってるな、この試合は」
「ここからは横浜も継投だからな。だいぶ遅くなりそうだ」
ペンギンズはすでに総力戦になりつつある。スターヒーローズも早い決着は諦め、逆転勝ちを目指して正攻法で戦う。クライマックスシリーズの前哨戦と考えれば、互いに負けられない一戦になった。
『2番手の山咲晃康、今日は文句なしの投球!3人で退けました!』
2番から始まる好打順だったが、山咲の前に何もできなかった。前回の対戦では攻略できたが、コントロールミスがなければランナーを出すことすら難しい好投手だ。
『ペンギンズは七回も荘島!おそらく4番の筒までは荘島に任せ、巻のところで小西でしょう』
荘島、小西、星野で七回と八回。安岡が九回。順調にいけばピッチャーは足りる計算だった。
「うわっ……」
『筒も続いた!ノーアウト一、二塁!』
それでも計算通りにいかないのが野球だ。荘島が連打を許し、苦しい場面で小西にバトンを渡すことになった。
「………」
『ランナーがいる場面では本来の力が出せない小西ですが、巻との相性は悪くありません!』
早くも小西は挙動不審だ。大矢木はジェスチャーを使って落ち着かせようとしたが、ランナーを気にしている小西は見ていなかった。
(その球は…!)
『打った!ピッチャーの横を抜け……』
大矢木の不安は的中し、打ちごろの球を弾き返された。小西の気弱さやピッチャーを使いすぎたつばめへの恨みが頭をよぎったが、すぐにかき消された。
「おおっ!」 「なっ!?」
『海田が捕った!グラブトス、アウト!一塁に送球、こちらもアウト!ダブルプレー!』
セカンドの海田がダイビングキャッチ。素早い動きで窮地を救った。
「海田!海田!」 「海田!海田!」
『抜けていれば1点差、もしくはノーアウト満塁の打球をキャプテンがスーパープレーでナイスキャッチ!ツーアウト三塁となりました!』
開幕してからしばらくは動きが鈍く、こんな守備はできなかった。つばめの手によって海田は復活し、来年はもっと全盛期に近い活躍ができるだろう。
「素晴らしい!これなら無失点で………え?」
『あ―――っとワイルドピッチ!砂野がホームイン、1点差!海田の美技の直後にお粗末な失点!』
すっぽ抜けの大暴投で結局失点してしまった。皆は首を横に振って呆れたが、つばめはじっと動かず真顔のまま試合を見守っていた。
「……………」
「怒ってるのか、どうでもいいと思っているのか、意外と穏やかなのか……あれじゃわからん」
「下手に近づかないほうがいいだろう」
つばめを刺激しないように、ベンチにいる選手やコーチは細心の注意を払った。このままつばめの望み通り終わることを願うだけだった。
「うわっ!」
『打球は伸びる!入った、ホームラン!山元の一振りでスターヒーローズ同点!』
7番手の星野が先頭の山元に痛恨の一発を浴び、同点に追いつかれた。ここまで必死に繋いできたのに不用意な球を打たれたのだからつばめは怒っているだろうと思いきや、
「……………」
(……あれ?そうでもない?)
時計と横浜のブルペンを確認するつばめは、僅かに微笑んでいるようにすら見えた。同点にされたが大した問題ではなく、思い描く理想の結末へ向けて順調といった顔だ。
『ついに同点!スターヒーローズは吾妻、山咲、ディックときて八回は入栄!』
不安定な投球が目立つようになり、クローザーの座をベテランの杜原に譲った入栄は七回や八回を任されていた。
(終わりが遅くなると騒げないどころか時間短縮もありえるな……それじゃつまらないな)
騒いで盛り上がるのが大好きな彼は、試合を早く終わらせたいと思っていた。ペンギンズのブルペンを見ると、クローザーの安岡ではなく大澤が1人で投げていた。
(この回を抑えりゃ次の攻撃で確実に勝ち越せる。ここは最短で仕留めてやる!)
「……………」
入栄の思考がつばめには透けて見えていた。同点になり、ブルペンに大澤しかいないことでやる気に満たされた入栄だったが、つばめの思う壺だった。
「うぐっ……!」
『センターオーバー!新谷は一塁を蹴って二塁へ向かう、いきなり長打!』
早く勝負をつけたくて、コントロールが適当になったところを叩いた。元々入栄は制球に難があり、好不調の波がはっきりしているピッチャーだ。
「抜けろ……やった!」
『打球ら右中間、前進守備の遥か後方に落ちた!新谷は悠々とホームへ、打った土場もスリーベースになりそう!』
代打の土場も続き、連続長打で勝ち越した。入栄の球は速いが、コースが甘くなれば打たれてしまう。強引に押し切るほどのパワーはない。
「ボール!スリーボール!」
そして今度はストライクが入らなくなる。どうにかしようとしてますます力むか、カウントを取りにいったところを狙い打たれる。横浜のリリーフには『自滅型』と呼ばれるピッチャーが多く、能力は高いが投げてみないとわからないという泣きどころがあった。
『また打った!ペンギンズ追加点!ここで水浦監督が出てきました!入栄ノックアウト!』
この八回裏、最終的にペンギンズは4点を奪った。6対2となり、時間をたっぷり使うこともできた。
「すでに時間は夜10時を過ぎ、やつらは完敗。胴上げを自粛してもおかしくありませんが……」
皆でスターヒーローズの様子を確認する。しかし彼らは敗色濃厚だというのに弛緩した表情だ。この試合に完敗したところで今年の頑張りは無駄にならず、堂々と優勝を喜ぼうと主張する巻に他の選手や首脳陣も同調していた。
「思った以上に厚顔無恥なやつらだな。仕方ない、ならば最終手段を使おう」
「さ…最終手段?」 「……どうする気だ?」
それでもつばめにはまだ策が残っていた。敵軍の胴上げを阻止する、まさに『最終手段』が。
開幕2週間、セ・リーグ各チームの戦いぶりを見て……
DeNA……勝利こそ遠いが、完全な力負けや惨敗はない。打順、継投、選手起用が改善されたらすぐに貯金生活になる。選手層は厚く、離脱や休養日にも対応できる。あとはベテラン勢がケガしなければ……。
阪神……リリーフが去年より弱くなったので、そこを突かれると脆いかもしれない。打線は森下、佐藤の3、4番と5番の大山の差がありすぎる。まあそのくらいの弱点がないと今年も大差で優勝してしまう。
巨人……大勢、マルティネスが揃ったので、7回までリードしていればほぼ勝利。ただし3連投はできないので、大差で勝てる試合が必要。小粒な打者ばかりで大砲が不在なのが気になる。
中日……毎年のように「今年は違う」と言われているが、お前変わらんかったな。ロースコアの試合ばかりなのに勝負弱いのでは話にならない。助っ人のレベルの低さに加え離脱者が多すぎるので気の毒なところはある。
広島……栗林の先発転向は今のところ成功だが、そのせいで抑えが超弱体化。打線はとにかく非力で、一部の主力を除けば全く怖さがない。観客全然入ってないけど大丈夫?
ヤクルト……スタートダッシュはまさに春の珍事。投手、野手共に全てがうまく噛み合っている。とはいえヤクルトが上位に来る年はリリーフ助っ人が大当たりの時。リランソとキハダが本物なら侮れない。
阪神は去年ほどの圧倒的な強さがなく、巨人は爆発力に欠ける。ヤクルトは失速する可能性が高く、中日と広島は多分今年もBクラス。そうなるとやはりDeNAが浮上、悲願のリーグ優勝という結論に達するのは必然。強いチーム、勝てるチームが好きな人間は今のうちに乗り換えなさい。




