墓
『七回が終わった時…でしたか。監督はバッテリーに、新橋に打たれない方法を教えたそうですね』
『ああ……やつまで回さなければいいってやつか』
『見事その通りになりましたが、ノーヒットピッチングの加林でも新橋を抑えるのは難しいと判断されたのでそんなアドバイスを……つまり新橋を高く評価しておられるわけですね?』
地元の記者からの質問だった。屈辱の敗戦となったが、つばめからルチャリブレ自慢のルーキーを褒める言葉を聞ければ、希望のある記事が書ける。強心臓のつばめとノーヒッターの加林が恐れるほどの男、その見出しなら新聞の売り上げは落ちないはずだ。
しかしこの記者はつばめを普通の監督と同じだと考えていた。前代未聞の監督が誕生してから2ヶ月、つばめの存在に慣れてしまっていた。つばめが特異な存在であることを忘れていたのが失敗だった。
『いや……大した選手だとは思わない。加林と大矢木がやや過剰に意識していたので、他のバッターに打たれそうだった。だから気合いを入れ直しただけで、やつに限れば4打席目があったところで確実に抑えていた。加林とは格が違う』
『……え?ですが新橋は今日の試合こそノーヒットでしたが、昨日も一昨日も活躍しましたよ?』
『ビキナーズラックだ、あんなもの。そのうち調子を落とし、どこにでもいる2割5分いくかいかないかの小さくまとまった選手になるだろう。三丸や池村の足元にも及ばない』
新橋の素質や将来性すら否定した。近年の野球界では他球団の選手にも敬意を払う当たり前となっているだけに、会場は騒然とした。
『加林は全力で今を生きている。だから超一流のピッチャーになろうとしている。ところが新橋はどうだ?引退後、定年後のことまで計算しながら野球をしている。中途半端な屑野郎だ』
「くっ……」 「屑野郎!?」
『プロ野球選手として必要なものが欠けている。だから回ってくるかどうかわからない4打席目でヒットを打つなどとふざけた考えでいたのだろう。七回の3打席目で決めないと駄目だ』
批判は止まらない。ちなみにこの会見は生中継で放送されているので、新橋のように都合の悪い部分を編集してカットすることなどできない。それでもつばめは語り続けた。
『こいつは加林に勝てない!加林どころかこいつのためにチームを追われた市川すら打てない!野球への情熱が違うからだ!そんなに将来を気にするのなら、今のうちに自分が入る墓でも買っておけ!』
「………!」 「そ、そろそろ終わりに……」
『こんなやつを祭り上げている龍門ルチャリブレというチームも論ずるに値しない!お前たちはあと5年…いや、10年以上低迷し、地を這うだろう!』
言いたい放題のつばめはようやく満足したのか、そのまま部屋を出ていった。つばめは涼しい顔をしているが、すでに日本全国で炎が燃え上がっていた。
「……つばめ〜〜〜っ!」
「監督……正気ですか!?」
国村を先頭に、コーチ陣がもの凄い形相でホテルに戻ってきたつばめを迎える。しかしつばめは彼らを無視し、選手たちの集まる大部屋へ向かった。すると扉を開けた途端、皆がつばめのもとに殺到した。
「……おおっ」
「監督!さっきの大演説……感動しました!ぼくはこれからも新橋を抑え続けますよ。あいつを先に引退させてやります!」
加林はつばめの言葉で力に満たされ、もう新橋を怖い打者とは思わなくなった。
「俺のこともちゃんと覚えてくれていたんだな!その気持ち、しっかり受け取ったぜ!」
「つばめに言われなくたって新橋なんかよりずっと上の選手になってやるよ。ここにいる全員がな」
三丸と池村も加林に続く。そして他の選手たちも掛け声や拍手で場を盛り上げていった。
「市川さんなんか感動のあまり泣きながらどこかに行っちゃいましたよ。悔しさや怒りを代弁してくれただけじゃなくて、大事に思われていることもはっきりわかったと……」
「ふふふ……そこまで考えてはいなかったが……」
選手たちの心は完全につばめのものだ。後半戦初の勝ち越しを決めたこともあり、皆のテンションはとても高かった。
「つばめ!つばめ!」 「つばめ!つばめ!」
首脳陣はその様子を遠くから冷めた目で見ていた。こんなにはしゃいでいられるのは今だけだとわかっていた。
『正一つばめ監督が問題発言です!新橋選手を扱き下ろし続け、墓を買えなどと言う始末……』
「し…新橋……」 「一郎さん……」
ルチャリブレのチームメイトたちと共に食事をしながら、つばめの会見の様子を見た新橋は肩を震わせていた。
「………!」
怒りのあまり、持っていたコップをテーブルに投げつけた。コップと皿が割れて、食べ物や飲み物が散乱した。常に穏やかな笑顔でいる彼の仮面が割れた。
「いいぞつばめ!その調子だ――っ!」
「バカヤロー!ナメんなタココラ―――ッ!」
駅に集まった人々の声は両極端だ。大歓声と罵声が入り乱れ、混乱のなかでつばめは新幹線に乗って姿を消した。
「こうなるのは当然わかっていましたよね?」
「ああ。これからもっと面白くなるぞ」
隣に座るみのりに対して、つばめは不敵な笑みを見せる。明日からの後楽園ビッグリーダーズ戦でもこの流れは続くと思えば、自然と笑顔になる。
「龍門ルチャリブレに関わる方々を怒らせて……次回戦う時は怖いですよ?」
「そう心配することもない。どうせペンギンズの敵はこれから全員怒らせる」
みのりは思わず「えっ」と声を出したが、つばめは席を立ってしまった。トイレに行くのだろうが、つばめがこんな形で話を終える時はいつも、それ以上その話題を続けない。聞いても一切答えないのをみのりは知っていた。
『空振り三振!アンダースローの下田、この回も無失点!ビッグリーダーズ打線を翻弄します!』
主軸に下田が苦手とする左打者が何人かいるが、問題なく抑えている。初物が苦手なビッグリーダーズのアレルギーのほうが負のパワーにおいて上だった。
『対照的にペンギンズ打線は好調!投手天国のドラゴンドームでは湿っていましたが、その鬱憤を晴らすように打ちまくります!五回で早くも8点目!』
スランプに陥っていた若手たちも最悪の状態は脱した。つばめが作り上げた波に乗り、当たりが戻ってきた。
『10対3!ペンギンズ圧勝!先発の下田、嬉しいプロ初勝利となりました!池村と秦野がそれぞれホームラン!』
相手の先発はエース格の上村だったが、下田で勝ってしまった。ビッグリーダーズにただの1敗以上のダメージを与えることができた。
「よっしゃあ!」
『スリーアウト!この試合初のピンチを凌いだ奥、激しい咆哮!闘志全開でここまで無失点!』
先週は18失点で散った奥が、今日は六回まで投げて被安打2、無四球で無失点。自分を雑に扱ったつばめへの怒りの力が彼を大きく変えた。
『池村は2試合連続、ラムセスと三丸もホームラン!ビッグリーダーズの投手陣を完全粉砕!』
ド・リーグの首位、ビッグリーダーズを2日続けて子ども扱いだ。点差が開いたので控えの選手を試す余裕もあり、彼らも見せ場たっぷりだった。
『試合終了!13対0、ペンギンズの大楽勝!4連勝となり、再び5位に浮上です!』
「まだまだ!目指しているのはもっと上だ!」
選手たちは快勝を喜びつつも、満足せずに前進し続ける。低い目標を掲げ、僅かな成果を得ただけで努力をやめてしまう春先までの彼らとは大違いだ。
「全てつばめ監督のおかげですね。ただ……」
「あの問題発言の数々さえなければな………」
ウルフアロンアルファーからスリーカウント奪えば1000円!これならいけそうな気が……?




