21 二人きりの旅
神器は、神聖なエネルギーを集約して創るアイテムである。
神技の効果を増幅し、制御することができる。
壊すことも奪うこともできない、その神独自の武器といえる。
「どんな神になるか決めているのなら、創れるはずだ」
アサギ曰く、もう少し卵を孵すためのエネルギーを溜めれば創れるらしい。そのためにムトンシェ周辺の森や山を回り、マナの循環を活性化させに行こうというのだ。
「この前スティナがライブをした祭壇の周りだけ、極端にマナが活性化している。それを均す必要もある」
森が豊かになりすぎたため、遠くに住んでいた魔物たちが押し寄せ、縄張り争いが起こり始めているようだ。このまま放置すると生態系を崩しかねないと言われてしまった。スティナはやりすぎたのだ。
「うっ……神器を手に入れれば、神技をもっと上手に使えるようになるの? 畑にも神技が効くかな?」
「効くかもしれない。どちらにせよ、創るなら早い方がいい。神器があるかないかでだいぶ効率が変わる」
無意識なのか、アサギが刀に手を置いた。
「もしかして、この刀がアサギくんの神器?」
「ああ」
ラグーザ峠で“禍身”を一刀両断した姿を思い出し、スティナは息を飲んだ。この刀がアサギの強さの一端を担っているのなら、確かに神器は早く手に入れた方が良さそうだ。
――というか、わたしも欲しい。自分の武器!
スティナが目を輝かせて頷きかけると、ダスクが待ったをかけた。
「二人で行くつもりか? それは……問題だろう。私は仕事が立て込んでムトンシェを離れられぬ。せめてミントを連れて行け」
「いや、二人で行く。何が問題なのか分からない」
アサギは頑として他の者の動向を認めなかった。神候補以外には聞かれたくない話があるようだ。
ダスクはスティナを部屋の隅に連れ出し、ものすごく嫌そうな顔で言う。
「やめておいた方がいいのではないか。二人きりで出かけたら、何をされるか分からぬ」
ダスクは森で人間性を試されていたと知ってから、アサギに対して不信感を持っている。今回のことも何か裏があるのではと疑っているようだ。
「大丈夫ですよ。アサギくんは悪い人じゃないです」
脱獄囚だけど冤罪らしいので大丈夫、とスティナは心の中で呟く。
「あのな……簡単に相手を信じるな。嫁入り前の娘が出会って間もない男と二人旅など、何が起こっても擁護できぬ。野営をすることになるのだぞ?」
「あ、そういう心配ですか」
確かに十七歳だったら、アサギと二人きりの旅は躊躇っただろう。相手にその気がないのは分かっているが、意識せずにはいられない。
――でも、今は十歳の体だし、アサギくんだし……。
むしろ意識する方が恥ずかしい。お風呂やトイレがないことで気まずい思いをするのは分かるが、自分でも驚くぐらい、抵抗がなかった。
馬鹿な失敗をして失望されない限り、アサギとは心穏やかな旅ができるような気がする。
「わたしからアサギくんに『手を組んでほしい』ってお願いしたんです。なら信じないと」
結局スティナはアサギと神器創りの旅に出ることにした。
ダスクはあまり良い顔をしなかったが、最終的には認めてくれた。ムトンシェの周りの森に魔物が集まったらそれはそれで困るからだろう。
ただし二つの条件を出された。
一週間程度で戻ってくることと、しっかりと旅の準備すること。
アサギに対しても、スティナが動けなくなっても見捨てずに連れ帰るよう、約束させていた。
それから三日間、スティナは旅の準備をした。
ザミーノに森の危険性を教わったり、ミントに応急処置の仕方を習ったり、ダスクに精霊との付き合い方を学んだり、最低限の知識を詰め込まれた。
「大丈夫かよ、嬢ちゃん。結構深い森だぜ」
「心配です……迷子にならないでしょうか?」
「いいか、絶対に無理はするなよ。必ず日が暮れる前に野営の準備をするのだぞ」
大人たちの不安げな様子に、大丈夫だと高をくくっていたスティナも段々と心細くなってきた。それがコレットやミシェル、使用人たちにも広がり、旅立ちの朝には今生の別れのように涙が流れ、盛大な見送りとなった。
「っ、必ず生きて戻ってきます!」
散々号泣した後、スティナとアサギはムトンシェから旅立った。
鬱蒼とした森の中を進む。
マナの循環は淀み切っていて、精霊の姿はない。魔物どころか虫や鳥の姿もあまり見かけなかった。マナが活性化した森の方へ移動したのかもしれない。
旅の計画では三日かけて行けるところまで歩き、一日完全に休憩。また三日かけて違うルートでムトンシェに戻ることになっている。
ダスクからは、できれば『水梨の泉』という水の精霊の住処の様子を見てきてほしいと言われている。無理はしなくていい、と言われれば、俄然頑張りたくなる性質のスティナは、絶対に泉に到達すると心に決めていた。
「荷物、重くないか?」
「大丈夫だよ。見た目ほど重いものは入ってないから。アサギくんこそ、荷物少なすぎない?」
あれもこれもと心配したダスクたちに、たくさんのアイテムを渡されて、スティナのリュックサックは大きく膨らんでいた。一方アサギの荷物は必要最低限のようだった。
「防寒服さえあれば、俺は大丈夫。疲れたら言って」
「うん。ありがとう」
狩人に育てられたというだけあって、アサギは森に慣れており、方角や距離をさっと確認して迷わず進んでいく。スティナが引っかかりそうな枝や虫の巣を避けてくれているようで、なんとかついていくことができた。
「アサギくんは、食べ物の好き嫌いってある?」
「特にない。極端に変なものじゃなければ食べられる」
「そっか……えっと、じゃあ好きな動物は?」
「動物は小さな哺乳類がいい。犬とか猫とか」
他愛のない会話をしながら順調に進み、適度に休憩しつつ、精霊たちのために歌った。
祭壇がないせいか、声が広範囲に広がらないし、精霊側の声もはっきりと聞こえない。こまめに歌う必要があった。
「じゃあ次はデビュー曲歌います!」
いつも同じ曲では精霊に飽きられてしまうかもしれない、とスティナは曲を次々と変えていった。
アサギはあまり感想を言ってくれないが、気分を害している様子はない。スティナの歌う姿と周囲の変化に目を細めていた。
どの曲でも精霊は喜んでくれ、森が息を吹き返したように明るくなり、淀んだ小川が清流になる。
「エネルギーが溜まる感じは分かる?」
「うん。なんか胸が温かくなってくる気がする」
心の中の卵に、温かい液体を注がれているような感覚があった。魔力が増幅していく感覚と似て非なるものだ。
神技を使って歌う度に体は疲れるが、自分の歌を聞いて喜んでくれる存在がいるので楽しい。観客が人間でなくとも、神なるエネルギーは溜まるようだった。
卵の大きさは自分では測れない。今日だけでも結構エネルギーが溜まったような気がするのだが、神器を創るまでにどれくらい必要なのだろうか。
アサギの体験談は「気づいたら創れた」とあまり参考にならなかった。
日が傾いた頃、アサギが呟いた。
「今日はここまでにしよう」
大きな木の根もとに陣取り、野営の準備をする。
まずスティナは虫避けと魔物感知のスクロールを取り出す。スクロールの中央に手を置いて念じると、霧のようなものが周囲に広がった。
スクロールは、蝋のような質感の赤い線で魔法陣が描かれている紙だ。回数制限はあるが、魔法使いでなくとも魔法が使える、とても便利なアイテムである。
ただし、スクロールを作れる魔法使いは少なく、製作者が使用者に直接許可を出さないと使えない。個人で量産すると魔法協会に睨まれるらしく、一般にはなかなか流通しない代物だ。ザミーノとジュージに物欲しそうな顔をされた。
「ダスクさんはスクロールも作れるのか。万能だな」
「ふふ、『この忙しい時に面倒な!』って言いながら、たくさん作ってくれたの。優しいよね」
ツンデレのハイスペック師匠が誇らしいスティナだった。
他にも火を起こす魔法や水を浄化する魔法、ランプ代わりになる魔法のスクロールがある。攻撃魔法のスクロールは国が認めた魔法使いしか使ってはいけないらしく、持たせてもらえなかった。
「他のスクロールは使わなくて良さそうだね」
「ああ。精霊に好かれていると旅が楽だ」
先ほどから、たき火を起こそうとすれば精霊が火を起こし、沢から飲み水を汲もうとすれば精霊がコップに水を注いでくれる。マナの粒が大気に溢れ、周囲は仄かに明るい。
それどころか、食べられる木の実や果実がいつの間にか置いてあったり、蔦が網になってテントのようになったり、いたせり尽くせりであった。
――あんまり精霊を頼るなってダスク様は言ってたけど……。
調子に乗って精霊にお願いばかりしていると、莫大な見返りを要求されることがあるらしい。霊樹の養分になって干からびた男の話など、トラウマになりそうだった。
勝手に尽くしてくれる分には、どうすればいいのだろう。元日本人らしく「結構ですので」「お気遣いなく」と遠慮してみても、精霊は言うことを聞いてくれないのだ。
日が沈むと気温が徐々に下がっていった。精霊は夜風に巻かれて気持ちよさそうにしているが、スティナとアサギは防寒服を着込み、たき火にせっせと薪を運んだ。
鍋でお湯を沸かし、ザミーノにもらった固形のスープの素を入れ、精霊の貢ぎ物のキノコと野草でスープを作る。温かい食べ物にアサギと二人でほっと息を吐いた。
「本当はもっと干し肉入れたかったけど……」
「まだ取っておいた方がいい。タンパク源は貴重だ」
「魔物も動物も全然見かけないもんね。みんなマナの活性化した森に行っちゃったのかな?」
できれば出会いたくないし、狩った獲物を捌くのは憂鬱だが、お肉は食べたい。複雑な乙女心を抱えながら、スティナは遠くを見た。
「もしかしたら、“禍身”の従魔がいるのかもしれない」
ぽつり、とアサギが恐ろしいことを言い出した。
「まだ気配はしないが、いてもおかしくない空気だ。この辺りの魔物を殺し尽くしているのかも」
「そんな! どうしよう!?」
「どうもこうも、いると分かったら討伐する。ムトンシェを襲われたら嫌じゃないか?」
全く動揺のないアサギを見て、スティナは落ち着きを取り戻した。
――アサギくんがいれば、大丈夫だもんね……。
逃げるという選択肢はない。早く討伐しないと、“禍身”の本体を呼び寄せてしまう。もう二度と遭遇したくなかったが、スティナは覚悟を決めた。
「わ、分かった。わたしにできることある?」
「従魔が断絶させたマナをスティナが復活させていけば、嫌がって早めに出てくる可能性がある」
「そっか。じゃあ明日もたくさん歌えばいいんだね」
「ああ……従魔が出るなら、ちょうどいいな」
「ん? 何が?」
アサギは小さく笑ったが、スティナの問いには答えてくれなかった。
翌朝、スティナは気持ちよく目を覚ました。野宿は久しぶりだったが、体に不調はない。
蔓のテントの下、アサギと並んで眠っていたはずだが、彼の姿はない。異性と二人きりだというのに、疲れから爆睡したようだ。自分に少し呆れた。
「あ、おはよう。アサギくん。早いね」
「……おはよう」
アサギは既に起きて、たき火に当たっていた。心なしか声が低く、顔色が悪い。防寒服の上から毛布をかぶり、小さく震えている。
「え、大丈夫? もしかして眠れなかったの? え、わたし、いびきかいてた?」
アサギは首を横に振った。眉が下がっていて、泣きそうに見える。
「寒いのは苦手なんだ。ものすごく。気にしないでほしい。いつものことだから」
「そ、そっか。……お湯沸かして温かいお茶飲もう! 待ってて!」
防寒服を着たスティナからすれば、「ほんの少し肌寒いかな」という程度の気温だったので驚いた。
お茶と一緒に朝食を食べて、荷造りをした頃には日が昇って気温も上がり、アサギの顔色もだいぶ良くなった。
「思っていたより冷える森だ。迂闊だった……それとも従魔のせいだろうか……」
しかしテンションは低いまま、二人は森の奥に向けて出発した。
「本当に寒がりなんだね。監獄の中にいるときは大丈夫だった?」
「最悪だった。本当に。二度と入りたくない」
そのときの寒さを思い出したのか、ぶるりと震えるアサギ。ふと、スティナは素朴な疑問を抱いた。
「アサギくんって、そのときにはもう神器を持ってたんだよね? 大人しく収監されてたの? というか、どうして捕まったの?」
アサギほどの実力者なら、追っ手が何人いようが力技で逃げられるだろう。堅牢な監獄に入れられても、神器があれば逃げ出せそうだ。
スティナの疑問に、アサギは憂鬱そうに答えた。
「俺を捕まえたのは神の雛だ。大量破壊兵器みたいな男だった。よく分からないが、俺の存在が奴の逆鱗に触れたらしい。奴はそのままクッキール大監獄の看守長になって、ずっと俺を見張っていた。本当に、意味が分からない……」
「うわぁ……ストーカーみたい。大変だったんだね。神器はどうしたの?」
「神器は奪われないし壊れないが、一時的に封印することはできるみたいだ。亜空間に封じられて使えなかった。もしかしたらそういう神技かもしれない。実は、脱獄のときにまた別の神の雛に出会って、封印を解いてもらったんだ」
「へぇ……結構神の雛ってたくさんいるんだね。何人くらい知ってるの? どういう人たち?」
興味津々に尋ねると、アサギは真顔で述べた。
「俺が直接会ったことがあるのは、三人だ。大量破壊兵器の看守長と、被虐趣味と、幼女趣味」
スティナも真顔になる。
「……変な人しかいないね」
「ああ。俺もそう思う」
神の雛になるのが不安になってきた。そんな神候補ばかりで、この世界の未来は大丈夫だろうか。
「ま、まともな人もいるよね、きっと! 全部で何人くらいが神の雛になれるのかな?」
ニャピは神の雛の数が足りなくて、本選が始まらないと言っていた。あと何人の雛の誕生を待っているのか、気になるところである。もしかしたら先着順に漏れてしまうかもしれない。
「多分、二十人ちょっとだと思う」
「二十人? 使い魔さんに聞いたの?」
アサギは首を横に振る。
「俺の推測だ。根拠は……スティナが神器を創れたら話す」
「えー、なんかアサギくん、もったいぶってばっかり」
頬を膨らませるスティナに対し、アサギは静かに笑った。




