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20 ムトンシェ生活

 


 アイドルみたいな神様になる。

 明確な目標ができるとともに、スティナのムトンシェでの生活が始まった。やるべきことはたくさんある。


 まず、本格的に体を鍛えることにした。

 ミントと一緒にランニングや筋トレをする。ライブをしようと思ったら、どれだけ体力があっても足りない。歌うだけではなく、ダンスもしたいのだ。もちろん自分の身を守れるように武術も習うつもりだ。

 前世から体を動かすことは好きだったので、苦にはならなかった。何より運動の後のご飯は格別である。


 スティナにとってトレーニングよりも大変なのは、勉強の方だった。


「魔法を教える前に、読み書きの基本を覚えてもらう」


「うへぇ……」


 アイドルにあるまじき声を漏らすスティナ。しかし魔法を覚えるためには、避けては通れない道だった。

 この世界における魔法は学問だ。覚えることが山ほどあり、きちんと仕組みを理解しなければ正しく発動しない。

 ダスクに一から百まで手取り足取り教えてもらおうなど、舐めている。自分で本を読んだりノートをまとめたりして、努力しなければならない。


 ――どんな勉強でも、書いて覚えるのは基本だよね……。


 一応日本語はまだ覚えているが、こちらの世界のニュアンスを上手く表す言葉がないこともある。よって魔法を身につけるためには、読み書きは絶対にマスターしなければならなかった。


「一緒に頑張りましょう、スティナさん!」


 ミシェルは勉強仲間が増えたことが嬉しいらしく、天使のような笑顔で励ましてくれた。単純なスティナはすぐにやる気を出した。


「ぐ……ミシェル坊ちゃん。これはどういう意味です?」


「あ、これは目上の方を表す敬称です」


 なぜかジュージを含む傭兵団の面々も一緒に勉強をしている。今まで読み書き計算ができなかったために、依頼を失敗したり、騙されたことがあったらしい。この機会に学ぼうという彼らの向学心も、スティナを大いに刺激した。


 こうして体力面と頭脳面を鍛えつつ、時折屋敷の仕事を手伝った。

 シェザード家の財政が厳しいことは、ぎりぎりの人数しか使用人を雇っていないことから察知できた。衣食住を保証してもらえて、筆記用具や紙束を買い与えてもらっている分、雑用をしないと気が済まない。


 おかげで使用人たちにはすぐ仲良くなった。侍女頭のマリーには髪を綺麗に切り揃えてもらい、年の近い子からは古着を譲ってもらえた。申し訳なくなるほど可愛がってもらっている。


 忙しいが、充実した日々だった。

 ウルデンの路地裏で空腹に喘いでいた頃と比べれば、ここは天国である。


「お前は楽しそうだな……」


 一方、ダスクはぐったりしていた。旅の間に溜まっていた領主の仕事に加え、スティナのことを王国上層部に報告し、任せてもらえるように書類を作っているのだ。低位貴族のダスクには荷が重い仕事のようだ。


「あ、あの……ダスク様。ごめんなさい。もう一つお願いがあるんですけど」


「あ?」


「インプレット様のところにいるハルが、今どうしているか知りたいんです!」


 参加表明を済ませてから、ハルのことがずっと気になっていた。彼も無事に前世の記憶を失くさずに済んだだろうか、と。

 しっかり者のハルならば大丈夫だと思う。ならば、会いたい。

 アイドルをやると決めた以上、ハルには本当のことを伝えたい。伝えなくてはいけない。


 ダスクは頷いた。


「ふむ。私も彼のことは気にはなっていた。インプレット様に連絡をしてみるか。レベル5の魔力持ちならば、おそらくどこかの魔法学校に入学させていると思うが」


 ハルの消息について調べてもらえることになり、スティナはより一層トレーニングに精を出した。前世のファンにがっかりさせたくない。そして、ドーム公演の代わりに最高のライブをプレゼントするのだ。






 スティナは屋敷の裏手で目的の人物を見つけた。


「アサギくん、おやつもらったの。一緒に食べよう」


 木陰で瞑想していたアサギは顔を上げ、淡く微笑んだ。干したプラムの実を分け合い、他愛のない会話をする。

 ここ数日で、アサギとの距離が一気に縮まった。きっかけは森で歌った日の翌朝、アサギの何気ない質問だった。


『そう言えば……スティナ、アイドルって何?』


『え!?』


 アサギの前世は日本人ではなかった。それどころか、同じ世界からの転生者ではなかったのだ。

 日本刀を持っていることや、“アサギ”という名前の響き、和風の顔立ちから、元日本人だと思い込んでいたが、まさかアイドルという職業すら知らないとは……。


 しかし、案外すんなりと受け入れられた。

 この世界とステラが生きていた世界以外にも、たくさんの異世界があるのは想像できたし、ハルと一緒にいたときに感じた親近感をアサギには感じなかった。

 アサギは遠い存在に感じる。


『アイドルっていうのはね――』


 とりあえずスティナはアイドルについて説明するため、自分の前世について話した。

 どういう世界で生き、どのように死んだのか。

 ダスクとミントに説明したときよりも緊張した。同じ神候補という境遇のせいか、アサギにどう思われるか心配だったのだ。


 アサギはどこか眩しそうにスティナを見た。


『スティナはすごいな。前世でそんな理不尽な死に方をしたのに、また同じ仕事をしようとするなんて。恐ろしくはない?』


『あー……そう言えば、そうだね。同じ目に遭うかもしれないんだ』


 前世と同じように目立つことで誰かの反感を買い、攻撃されることがある可能性があることに今更気づいた。この世界に他のアイドルはいないが、神候補の中にはスティナの行動を良しとしない者もいるだろう。


『ちょっと怖いけど、大丈夫。この世界でできることと、やりたいことが一緒だったんだもん。やらなきゃ損な気がする』


 学習能力のない、アホみたいな回答をしてしまったと後悔した。アサギは少し驚いたようだったが、呆れたりせず、頷いてくれた。

 それが嬉しくて、スティナは思い切って一歩踏み込んだ。


『アサギくんは? どんな世界で生きていたの? 言いたくなかったらいいんだけど……』


 その日から、アサギは少しずつ自分の過去について語ってくれた。


 彼が生きていた世界には、二つしか国がなかったらしい。

 王国と帝国。戦争と停戦を繰り返し、決して相容れない両国。文明は日本よりも進んでいたようで、ほとんどの仕事を機械がやっていたという。


 ――SFファンタジーみたいな世界観……。


 自分の前世とはあまりにもかけ離れており、おとぎ話を聞いているような気分になった。しかしよく考えてみれば、今生きている世界だってファンタジーに溢れている。


『俺は、王国の姫君に仕える近衛兵だった。戦争に負けて、処分された』


『…………』


 アサギの口調からは感情が読み取れなかった。前世の最期に納得しているのか、悔恨や未練があるのか、それすらも分からない。ただ、詳しいことは語りたくないようで、スティナもそれ以上は踏み込めなかった。


『こちらの世界では、狩人の一族に拾われて育てられた。大陸の東の方の出身だ』


 血の繋がった家族はいないようだ。スティナもハルも気づいたら孤児だったので、もしかしたら神の卵として転生した者には家族がいないのかもしれない。


『最初は気の良い狩人たちだったんが、食うに困って魔物じゃなくて人間を狩り始めた。ようするに、盗賊に成り下がった』


『え!?』


『ちょうどその頃に前世の記憶に目覚めて、これじゃいけないと思って仲間を斬って役所に突き出した。でも、結局仲間割れだと思われて、俺もお尋ね者になって、しばらく逃げ回っていた。その頃は天秤同盟のことも知らなかったから』


『それで?』


『一年くらい前に捕まってしばらく投獄された。クッキール大監獄って聞いたことないか?』


 スティナは青ざめた。

 クッキール大監獄と言えば、大陸で一番堅牢な監獄だ。収監されるのは凶悪犯ばかりで、死刑よりも辛い刑が執行されていると聞く。


『ちょっと前に、集団脱獄があったって聞いたけど……』


『そう。どさくさに紛れて俺も逃げた』


『え、アサギくん、脱獄囚なの!?』


『冤罪だから』


 のんびりとしたアサギの声に毒気を抜かれ、スティナは「そっか。じゃあ仕方ないね」と納得してしまった。


『俺の無実を信じてくれるのか?』


『う、うん。わざわざ話してくれたってことは、本当のことなんだろうなって思って』


『……前も言ったが、簡単に信じない方がいい』


 アサギは珍しく困ったように言った。


『でも、アサギくんが本当に犯罪者だったとしても、わたしにはどうしようもないし……今も追われてるの?』


『一応、カダールカ王国の政府には見て見ぬふりをしてもらっている。ただ、クッキール大監獄側は独自に俺を追っているかもしれない。あそこには天秤同盟の名前が通用しないみたいだ』


『それは……大丈夫なの?』


『まぁ、何とかなると思う。そうだな、やっぱり今の話は聞かなかったことにして、ダスクさんにも黙っておいてほしい。迷惑はかけないから』


 悩んだ末に、スティナは深々と頷いた。ダスクに伝えたところでまた苦悩させるだけだ。


 こうして秘密を共有したことで、勉強やトレーニングの間に雑談をする程度にはアサギとも仲良くなった。

 森での一件以来、少し隙を見せてくれるようになった気がする。







 ムトンシェに来て一週間が経った頃、スティナは満を持して村に足を踏み入れた。


 魔物に荒らされた畑は村人と傭兵の手によって整えられ、新しい苗が植えられていた。その畑の前には小さな木の台――舞台が設置されている。


 スティナは舞台の上に立ち、観客を見渡して一礼する。シェザード家の面々、傭兵団、そして村人たちだ。アサギは後ろの方でフードを目深に被って見守っていてくれる。


「この畑で美味しい野菜が収穫できることを願って、歌います!」


「スティナちゃん! 頑張って!」


 コレットの声援とまばらな拍手に応え、スティナは歌い始めた。


「――――――」


 やはり十歳の体ではあまり声が出ないし、伴奏とマイクがないのが物足りないが、文句は言うまい。

 観客たちは半信半疑ながらも、期待に満ちた目をしている。その期待を裏切るわけにはいかない。


『スティナは精霊を生み出す不思議な歌声を持っている。今後はムトンシェでその力を研究しつつ、各地を巡って人々を救済するだろう。皆にも何か協力してもらうことがあるかもしれぬが、よろしく頼む』


 ダスクは家族や使用人、傭兵団、村の有力者にそのように説明していた。“神選びの遊戯”のことは秘密のままだが、スティナが不思議な力を持っていることはもう隠さない。というか、隠しきれなかったし、アサギの情報で隠す必要がないことが分かった。


 周囲の森はマナに満ち溢れ、既に村に恩恵をもたらしている。果実やキノコ、薬草などが大量に採取できて、みんな大喜びだった。

 あとは村の畑だ。マナを活性化させ、不作を解消する。そして、ドッペルワンダーの歌をみんなに聞いてもらうのだ。


 聞きなれない旋律に観客は首を傾げているが、コレットやミシェル、村の子どもたちは楽しげにしている。それだけでスティナは嬉しかった。


 ――もっとみんなに喜んでもらわなきゃ!


 サビに差しかかり、スティナはいっそう気合を入れて歌った。大気からマナが目に見えるほど溢れ出し、幻想的な風景に観客たちが息を飲む。

 しかし。


 ――あれ、嘘……。


 神技を使っている感覚はあるのに、畑に力が行き届かない。マナが大地に溶け込まないのだ。ほんの少しだけ苗が成長したが、森で使ったときのような爆発的な効果はなかった。精霊も生まれてこない。


「おおっ」


 それでも村人は驚いた。ダスクの話は本当だったのだ、と目を輝かせている。


 ――違うの。もっとできるはず。もっとぶわぁっと!


 スティナが声を張り上げた瞬間、大地から猛反発があった。畑に向かって放ったエネルギーが逸れて、あぜ道に直撃する。


「あっ」


 地面に張り付いて干からびていた雑草が急激に成長した。小さな子どもを覆い隠してしまいそうな草原の出現に、村は静まり返った。

 スティナは失敗した。


 村人たちはスティナを責めなかった。運よく雑草の中に布の染料になるものがあり、急遽行われた草刈り大会が無駄骨にならなかったからだ。

 それどころか畑の作物が少し成長したため、感謝された。

 ミシェルやコレット、ミントやザミーノたちもスティナを労ってくれた。口々にすごいと言われ、悪い気はしなかったが、スティナはやるせない気分になった。


「もっとできると思ったんだけどなぁ……」


 シェザード家の屋敷に戻り、スティナは「だはぁ」と脱力した。全然上手くいかなかったのに、体力だけはごっそりと持っていかれた。解せない。


「まだ力が足りぬということか? しかし、森と村の畑でどうしてこうも効果が違うのだ」


「そう言えば、旅の間も畑の前で歌ってもあまり成長しませんでしたね」


 何か違いがあるのだろうか。スティナとダスクは揃って首を捻る。

 自然とスティナの視線はアサギに向かった。


「原因に心当たりない?」


「ある。だけど、今すぐ解決することはできない。それよりも先にやるべきことがある」


 アサギは唐突に告げた。


「スティナ、俺と神器を創りに行こう」



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