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無理矢理着替えさせられたのか、真也は初めて見るグレーのパーカー姿で部屋に戻って来た。まだ鼻をひくつかせて、時折、指まで覆った袖で目元を拭っていた。真也には明らかにサイズオーバーな服だった。
閉じたドアのすぐ向こうで気配がした。ベッドに飛び込んで頭から毛布を被ってしまった真也を横目に流し、ドアを開けると、さっきの年配の職員さんが不安げな表情で立っていた。真也は説得に応じたのではなく、拗ねてしまったようだった。ポニーテールの職員さんが捕まえているだろうから見に行こうかと誘ってみても、今度は部屋に戻ると言って聞かなかった。不思議だったのは、勤務中の職員さんが、ほぼ総出で真也を慰めに来たという特別性だった。その中の誰も、しつこい真也に多少語気を強めることはあっても、俺が母親にされてきたようにきつく叱った人はいなさそうだった。
いつもは性懲りなく俺を食堂に誘うくせに、その日の真也は一向に毛布を取り去らなかった。ひとりで夕食の席に着く俺に、職員さんがラップに包んだ小さなおにぎりを3個持ってきた。
「これ」
おにぎりが載ったお皿を、色落ちして傷だらけの真也の学習机に置いた。重ねられた国語や算数の教科書は、俺がかつて開いてきたものと同じだった。
「いつまでヘソ曲げてんだよ。困らせんなって言っただろ」
返事はなかった。童心なりに苛々した。が、穴が開いた風船が膨らまないのと同じで、自分でも驚くくらいに俺は冷静だった。冷静に、こんもりと山になって動かない毛布を見ていた。
あんなふうに強情になることが今までもあったのか、職員さんに訊ねてみた。職員さんは、こっちがつられてほっこりしてしまうような優しい笑顔で頷いた。直後、すぐに眉根を寄せた。おにぎりを作ったその人は、真也が大泣きしているところに駆けつけた職員さんのひとりだった。
初めて見たから驚いたのだと、その人は言っていた。ほかの面々も、あんな泣き方をしているのは見たことがないと話していたことも教えてくれた。
素直で聞き分けがよく、周りに気を配れる性格。反芻して引っかかった。それと同時に、生まれたときからずっとこの施設にいて、誰ひとりとして家族が会いに来ないらしいことが頭を擡げた。期待しないで真也の両親のことを訊ねてみたが、もちろん首を横に振られた。それが本当かどうかは言及しなかった。真也が気分屋と称されたのは、単にそういう性格というだけではなく、周りがそれを許しているのだと気づいた。
毛布が動いた。やっと出てくるのかと待ってみたが、出てこなかった。静電気のような苛立ちが指先に募った。今度は抜けていかなかった。感情に任せて大股で近づき、毛布を剥いだ。真也は枕を胸元に抱き寄せて眠っていた。
腹の底が、嘘みたいに静まった。少しの間、視線を落としたままで俺は立ち尽くしていた。俺が見ていたのは真也ではなく、真也が顎で挟み込んでいた枕だった。
一日中続いていた細かい雨が、自我を引き戻した。ベッドの柵に片手をついて、片手で枕に触れた。簡単に取れた。縋るものがなくなり、真也は少し呻いた。起きそうだったので、咄嗟に柵にかけていた手を出した。真也の片手が俺の手に当たり、やがて両手が掌を包んだ。自分でも予期しない事態だった。また俺は動けなくなった。別にこいつが起きてもいいし、だいたい起きてくれないと、おにぎり、せっかく作ってくれたのに。遅れて思い至っても、何故か手を抜けなかった。
枕をそっと自分のベッドに投げた。置き去りのおにぎりは、少しくらい常温で放置してもこの時季ならと判断した。手が離れないように注意して柵を跨ぎ、乱雑に放っていた毛布を引っ張った。音をたてないように横になり、再び毛布の位置を調整した。自分よりも真也に多く被せた。
電気は点けっぱなしだったし、寝るには早すぎる時間だったし、お風呂にも入っていなかった。ちょっとだけ隣にいてやろうと思った。怒ってくれる誰かのひとりもいない真也がツナを連れてきたこと、そもそもツナと名付けられたこと、その罪悪感からだった。




