きったない大人が成り上がる、この世界で-11
今までの恨みとか、そういうのがあるわけじゃない。むしろ、ヒロシに対してはその都度ちゃんとやり返しているので何の恨みもない。
でも恨みができたのなら、ちゃんとすぐに晴らさないといけないよね。
心の広い俺は、たかだか道中で吐いてくるヒロシの心のない暴言なんていちいち気にしない。
俺を囮にして村人たちを救出した時のことも、緊急事態だったとして許そう。
俺がEクラスの魂の宝具で、ヒロシがAクラスの魂の宝具だったという差別も、ヒロシじゃなくてこの世界のクソ女神が悪いため恨みはない。
だが、俺を利用して自分だけ楽しようとした行為。てめぇは駄目だ。
俺は、他人を利用して自分だけが私腹を肥やす行為が嫌いだ。どれくらい嫌いかっていうと、ゲロまみれの犬を拭いた雑巾で顔を拭くくらい嫌いだ。
例えば、おいしいアルバイトがあると聞いて、きっちり働いて給料をもらったと思ったら、本来もらえるはずの給金から3割もピンハネされていたとか、そういう行為のことだ。
もっとわかりやすい例をあげるなら、パシリだろうか?
あれはまだかわいい方だが、あれも他人を犠牲にして自分の私腹を肥やす行為には変わりないだろう。俺も何度かパシリを頼まれたことがある。
『おいセイジぃぃぃ~! やきそばパン買ってこいよぉぉ! くちゃくちゃ!』
『へぃぃぃ! 買いに行かせてもらいやすぅ!』
ヤンキーばっかの学生時代、見た目平凡な俺にとってこんなやり取りは日常茶飯事だった。
初めて出会ったにもかかわらず、俺の害のなさそうな雰囲気を察知して、遠慮なくパシらせようとしてくるのだ。
腕力のない俺は、変に断らず、気持ちの良い返事で全てを了承してきた。
だが、俺をパシらせようとしたのが運の尽き。この場合のケースは二つある。
金を俺に渡してパシらせるか、俺に金を払わせてパシらせるかの二択だ。
前者を選択した君はスーパーラッキー。俺に金を渡した時点でおしおきはイージーモードになる。
ヤンキーが渡してきた金を他のもっと強そうなヤンキーに貢ぎ、「ちょっとぶっ飛ばして欲しい奴らがいるんだけど」と声をかけるだけで終了だ。そいつらは二度と俺にちょっかいを出さなくなる。
後者を選択した君はアンラッキー。なんと俺のポケットマネーで支払って、ヤンキーたちが頼んできた食材を買ってきてあげます。
そしてその食材に、普通に毒を仕込みます。
学生がやるようなことじゃないだろって! ツッコんでしまったそこのあなた……甘すぎる。パンケーキに乗ってるホイップクリームよりも大甘だ。
俺が思うに、やりすぎとか言っちゃう奴は加害者として何かをしたことのあるやつだ。
復讐を恐れるがあまりに、やりすぎという言葉で仕返しに制限をかけているのだ。そもそもの話……仕返しを恐れているならば、何もしなければいい。
するということは、されることも承知の上というわけだ。もしくは、仕返しされた時に対処できる自信と強さを持ち合わせているから行動に出ている……ということだろう?
攻撃を仕掛けたけども、やり返されるのはごめんだなんてのはただの甘えだ。ヤクザに攻撃を仕掛けて、無事で済むかって話だ?
大概の人は無事で済まないと認識し、そもそも攻撃を仕掛けない。だが、クラスに一人はいるような根暗っぽい奴なら大丈夫と認識し、攻撃を加える。
そして根暗に仕返しされると激怒するが、ヤクザに仕返しされると後悔する。
つまり俺はそういうのが嫌いなのだ。全ては平等でなければならないと思うんだ? だから俺は、誰もが同じように牙を持っていることをわからせるために徹底的に潰す。
なので、俺は毒を仕込むわけだが、この世には法律という厄介なものが存在するので、もちろん殺したりはしない。仕込むのは大体痺れ薬か、睡眠薬だ。
そして?
相手が全く動けなくなったあとに?
他のヤンキーをたくさん集めて? 俺はこう言うわけだ。
『そいつら好きにしていいよ』
それは最早、俺の学校の知る人ぞ知る、名物になっていた。俺をパシらせようとすると、所持金を他のヤンキーに全部奪われる上に、逆らう気力もなくなるほどボッコボコにされ、セイジという天才から「このクソザコなめくじがぁ……」と罵倒されるという名物。
知っている奴らは俺をパシらせようとはしないが、知らない人はもう弱そうな俺をガンガンパシらせようとしてくるので、この名物は定期的に行われていた。転校生も多かったし。
まあそんなわけでだ、先に仕掛けてきたヒロシ君には痛い目に見てもらったわけだ。きっと今回のことでヒロシも改心するだろう。
そんなことを考えて、柔らかい笑みを浮かべながら、俺は宿屋へと戻った。
だがこの時……俺は忘れていたんだ。この世界には――
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その日の夜。ヒロシの体調が戻るのを待つためにもう一日この街に滞在することになったため、結局俺は、宿屋に戻ったあと、どこかに行くこともなく自室で籠っていた。
何故かレイチェルとセナとミナとサトウチは俺と全く口を聞いてくれなかったが問題ない。俺はボッチに慣れているから。
「ん? どなたですか?」
そして、自室ですることもなく、ベッドの上で今後どうするかを想像しながら天井を見上げていた時のことだ。
突然部屋の外からコンコンと、ノックする音が響いてきたのだ。
「えーっと……誰ですか?」
しかし、いくら問いかけてもドアの向こうから一切返事がなく、俺は困った顔を浮かべる。
こんな何があるかもわからないファンタジー世界、日も沈んで暗くなったこの時間帯で名も名乗らぬ危険人物相手に、部屋の鍵を解いてドアを開けるなんて不用心なことはできない。
とか考えてたら、部屋のノックは徐々に、『コンコン』という優しい音から、『ドン! ドン!』という大きな音へと変わり、最後には『ガン! ガン!』という削るような音が鳴り響く。
「い、いったい……何が起きてるんだってばよ……?」
あまりにも突然のことに、俺は額に汗を垂らして一歩後ずさる。
しかし音はさらに、徐々に激しさを増していく。
だが次の瞬間、『ガゴッ!』という鈍い音と共に、俺が立った時の目線くらいの位置のドア部分が破壊され、俺の部屋の中にカラカラ……っとドアの破片が転がり落ちる。
「セイジくん…………みーつけた」
その瞬間、破壊されたドア部分から、部屋の外にいるであろう人物の声が鮮明に聞こえると共に、その人物の顔がめり込むように姿を現した。
そこにいたのは、額を血管でピクピクと脈動させ、不敵な笑みを浮かべる……ヒロシだった。
何を言っているのかわからないかもしれないが聞いてほしい。
俺はてっきり、ファンタジーの世界に来たと思っていたんだ。でも、気付けば、そこはホラーの世界だったんだ。




