うどんとピザ
唐揚げは美味しい
うどんにも合うよね。
ピザは好きですか?
承章2 混乱都市 バパルカ⑦下
ウーフェの店『オーキッド』は長年勤め上げた店を辞めて美味しいものを安くをモットーに始めた店だった。対面に『キングランプ』と言う冴えない店があったが『オーキッド』の方が美味くて安かったから全然繁盛していた。
それが逆転したのは5年程前に彼が『キングランプ』に足繁く通い始めてからである。
彼が考案した『唐揚げ』は変わった食べ物だったが今までの揚げ物に較べてずっと旨かった。今までの揚げ物のの肉はパサつき、火を通すと固くてとても食べにくいものだったからだ。
もちろん、ウーフェも負けじと真似をしてみたがどうしても衣は落ちてしまうし、肉汁は抜けてしまう。
ずっと我慢を続けて他の食品で店を続けてきたがとうとう店を辞めざるを得ない処まで追い詰められてしまった。
『キングランプ』を睨んでいたら僕達のひそひそ声が聞こえて来て、とうとう我慢出来ずに声を掛けたと言うことらしい。
「そうか!!」
僕が本当の唐揚げをウーフェの店で出せば偽物唐揚げは売れなくなる。
売れなくなった所で正しい『天ぷら』として売るのだ。
うんうん、上手く行くかも知れない。行って欲しい。
でないと天ぷらの矜持が保てない。
2人に僕のストーリーを話すと賛成してくれた。ウーフェは両手を上げていた。だよね。
ついでに契約書を作成、僕の取り分は3%にした。ウーフェはそんなもので良いのと言ってくれたが、多分ウーフェでも売れたら渡すのを惜しがるかも知れない。
早速ウーフェの店の厨房に移動する。ウーフェに唐揚げに使う材料を指示する。
片栗粉があるか心配したが普通にあった。油は南方ゴマと言う指先程の巨大ゴマから取れる油を使う。
肉の味を楽しむためにまずは下味無しの唐揚げを作る。適当な大きさに切った鶏肉から余分な水気を拭き取り、片栗粉をまぶす。
小さな泡が立つくらいに熱した油に静かに入れる。唐揚げ同士がくっつかないように離して少なめに入れて、浮き上がって来たらひっくり返して暫くしたら油から上げて、油取り紙の上に並べる。
綺麗な飴色の唐揚げが出来た。熱々のうちに3人で試食する。
旨い! 本物の唐揚げだ!!
2人は一口食べて、止まった。呆けているようだ。
はっと気づくやいなや物凄い勢いで食べ尽くす。1人3個づつ作ったのに食べ足りなそうに見ている。
次は下味を付ける。ウーフェに曽は無いかと訊いてみる。曽とは市場で見掛けた味噌の仲間だ。少し熟成が足りない味噌の味がする。
少し塩を加え、お酒は・・・・無いか。代わりに果物酢と水を加える。味見して先ほどと同じように鶏肉を入れて、揉む。
大きな器に水を入れ、氷魔法で水を氷にする。鶏肉の入った器を冷やす。
片栗粉ではなく、今度はふるいで目の細かい小麦粉を厳選し、下味の付いた鶏肉にまぶす。
同じように油で揚げる。
2人の期待の目が集まる。
油取り紙に唐揚げを乗せるやいなや2人が取り合いになる。
またもや2人して呆ける。ぱくつく僕も旨いを連発してしまう。
先ほどのレシピを紙に書き留め、ウーフェに渡す。
「明日から頑張って揚げてね。今日中に下準備はしておくことだよ。明日の夕方また来るから」
愚図るリリアを連れて僕は次の目的地に向かう。
うどんの店だ。
うどん『サヌキ』は冒険者ギルドの近くにあった。リリアを連れてのれん擬きを潜る。
結構混んでいる。空いている席に2人で座る。注文もしないうちにうどんが来た。うどんは一種類しか無いようだ。
一緒にうどんの箸休めが付いていた。野菜の“唐揚げ“だ。うどんを啜る。
リリアがじっと見ている。食べ方を観察していたらしい。
まあまあ、かな?
リリアを見ると一本ずつ啜らず食べていた。上品に食べている積もりらしい。
「まあ、あれだ。不味くはないな。」
リリアが無言で頷く。
うどんとしては間違ってはいない。太さ、固さも基準通りと言えた。
但し、出汁が駄目だ。てきめんに薄い。多分魚系の出汁の元が無いのだろう。
・・・煮干しか鰹節が手に入ったらまた来よう。
次はピザだ。場所は北門近くらしい。かなり寂れている場所らしい。
乗合馬車の繋がりが無いので暫く2人して歩く。
時間的に夕方だったのでリリアだけ屋敷に送って行く。
一緒に行きたがったが『唐揚げ』のレシピを渡して屋敷で作って貰うように頼むと嬉しそうに言うことを聞いた。現金である。
ピザ『ナポリ』はなかなか見つからなかった。と言うか店が小さい。酒場で作ってピザを食べて貰うスタイルらしい。
温いエールと共に出てきたピザはピザではなかった。
ピザと言うより“おやき“だ。
力が尽きそうである。
これは多分オリーブオイルの代わりと焼き窯が手に入らなかったせいだろう。
もはやピザと言う名前の別の料理だった。意外にエールに合い、そこそこ旨かった。
彼の手抜きが効を奏したのか、料理人の腕が良かったのかピザらしく無い食べ物だった。
ついでに酒場のマスターに情報屋の事を訊く。如何にも訳あり風にマスターはひそひそと声を落として、酒場の隅に陣取っている男に顎をしゃくる。
マスターに言ってジョッキに並々とエールを注がせ、男に奢ってやった。
驚いている内に音も立てずに近づき話し掛ける。
「情報が欲しい。前金で金貨20枚、成功報酬で30枚合計50枚の仕事だ。」
情報としては破格だ。
目は驚いていたが落ち着いて返答を返す。
「どんな情報だ?」
「5年程前に世間を驚かせた彼のやったこと全てと現在の彼の居場所と仲間のリスト及び能力の情報だ」
少し無言で俯いていたがやがて言った。
「期限は?」
「10日」
「12日だ」
「分かった。」前金をアイテムバックから取り出し、男の前に置いた。
「ノイムだ。また此処に来て欲しい。」握手を求められたので返す。
契約完了だ。
マスターに言って先程のピザを包んで貰う。アイテムバックに放り込んで店を出た。
10メートル程離れた暗がりでレーダーを使い、店の中の奴らの動静を伺う。
暫くすると女が1人出てきた。店の外をきょろきょろした後に北門な向かった。
レーダーで捕捉したまま、店の変化を待つ。
ノイムが出てきた。
迷わず女が向かった北門に歩き出す。
レーダーによると女は北門を抜けて森の中に入っていった。夜の森では凶獣や上級魔物が出没する。
女の1人歩きでは良い餌であろう。
離れて尾行をしているらしいノイムは女を抜き去る勢いで小走る。どうやら女を捕まえるようだ。
レーダーを駆使しのんびりと歩く。
ノイムが女に追い付き話し掛けたようだ。流石に情報屋だ仕事が速い。
女は再び北へ向かう。
ノイムが戻ってきた。
鉢合わせしないように木の陰に隠れ、気配を消す。
ノイムをやり過ごして、更に女を追う。
女は少し西に向かい洞窟に潜った。洞窟の中には入れない。だから、僕は近くを探す。ブラックバーンがいた。黒猫のような見た目だが歴とした魔物である。ただ凄く怠慢で人とも敵対する事は滅多にない。
魔素を伸ばしブラックバーンに同調させる。包み込むように浸透させてブラックバーンを操り、洞窟へ送り込む。
程なく女は見つかった。他に男が複数いるようだ。
「5年程前の彼のその後を追って。期限は5日。彼にはスモールが付いている筈よ。」男たちは声なき声で答えた。
影がブラックバーンの近くを走り抜けていく。誰もブラックバーンを気にしない。
男たちが消えた後、女は洞窟を後にした。どうやら彼とは直接は繋がっていないようだ。
男たちの魔素の波長は記憶したので次に会えば分かることだろう。
一応ブラックバーンに女を追跡させる。魔素が切れれば勝手に居なくなるだろう。時間も遅いので北門が閉まる前に戻ろう。
瞬足を発動させて北門に急ぐ。途中女を追い抜いたが『目立たないコート』のお陰で問題ないだろう。
北門でカードを提示する。すんなり入門出来た。後はブールの屋敷まで行くだけだ。
もう乗合馬車は無くなっている時間だ。灯りはほとんど無い。ライトの魔法で足元を照らしながら行く。
何故か屋敷の前が明るい。
そして、そこに見知った大男が立っていた。
嵐の予感がした。
起こるべくして騒乱は起きる。