7.着せ替え人形(SIDE レヴィナイス)
母上がファリナを気に入ったらしく、セラは今日、ファリナを連れて王宮に来たのだそうだ。とはいえ、既にファリナの姿は無い。母上が本気で気に入ったのなら、王宮に一歩入った時点で、拉致に近い形で連れ去られたのだろうと確信する。
説教モドキがあった日から数日が経ったが、俺はあれからまだ一度もファリナに会っていなかった。一目でも顔を見たかった気持ちがあるのは、さすがに否定できない。そのせいで少々苛立っている俺を、セラは例によって黒い微笑みを浮かべながら見ていた。
苛ついていると、当然勉強も捗らない。そして益々機嫌が悪くなる。そんな負のスパイラルに陥り始めていたのを断ち切ったのは、控えめなノックの音だった。
「失礼します。」
入って来たのは母上の侍女だ。母上にはお気に入りの侍女がいる。エリーという名の彼女は、表情が乏しく毒舌で、それでも有能さではダントツだ。だが、今現れたのはエリーでは無かった。多分彼女は母上にコキ使われている最中なのだろう。
「恐れ入りますが、殿下の判断を仰ぎたいことがあるとのことで、至急妃殿下のお部屋にお越し頂けますでしょうか?」
「…………何だ?何かあったのか?」
俺は首を傾げながら、セラに向き直った。
「じゃあ、ちょっと行ってくる。待っててくれ、セラ。」
だが、侍女は少し焦ったように言い足した。
「あのっ、セラヴィノーイ様にも是非お越し頂きたいと…………。」
「私も、ですか?」
王子様スマイルで聞き返すセラに、侍女は真っ赤になりながら頷いた。
「はい。申し訳ございませんが…………。」
どう考えても、未だ八歳のセラの方が、この侍女よりも年下だ。なのに、あっさり骨抜きにしてしまうこの男は、一体何者だ?!というか、年上侍女の関心を引いて、一体何がしたいんだ?!
まぁ良い。母上の部屋に行くということは、もしかするとファリナに会えるかもしれないんだ!
俺は勢いよく立ち上がった。
「じゃあセラ、行こう!!」
俺の方に目を移したセラは、また黒い笑みを浮かべていた。
扉を開けると、そこには案の定ファリナがいた。俺を認めてきょとんとした後、後ろにいるセラに気が付く。
「こんにちは、おーじしゃま。」
軽く頭を下げた後、ふんわりと笑った。俺の鼓動がひとつ、大きく打つ。…………打ったのだが、続く言葉は
「にーしゃま!」
だった。正直
『また兄さまかっ!?』
と思わなくもなかったが、三歳児の言うことにいちいち振り回されていては王位継承者の名が廃る。何とか無表情を装った。
セラは母上に騎士の礼を取って挨拶した後、ファリナに笑顔を向けた。黒くない、本当の笑顔を。
「シリル。また一段と可愛くなっているね!どうしたんだい?」
セラの鼻の下が伸びていやがる。正にデレデレ状態だ。
「おーひさまがよーいしちぇくだしゃったのー。」
はにかむファリナは、確かに身悶えしたくなる位愛らしい。
セラは母上に向かって頭を下げた。
「妹をこんなに可愛く装っていただいて、本当にありがとうございます。」
「…………さすがセラヴィノーイね。褒め言葉のひとつも出ない愚息とは雲泥の差だわ。」
と呟いた後、母上はセラに言った。
「レヴィナイスよりもセラヴィノーイの方が選択眼がありそうだから相談するけれど。」
そう言ってファリナを立ち上がらせる。少女は明るい水色のドレスを着ていた。透けそうな薄い生地を何枚か重ねてスカート部分にボリュームを持たせている。正にお人形さん、という感じだ。
「これと。」
そう言った後、控えていたエリーがファリナを連れ去る。暫く待たされた後現れたファリナはドレスが変わっていた。今度はグリーンのもの。スクエアネックで上半身はタイトに、スカート部分はレースをふんだんにあしらって、繊細かつ豪華なドレスだ。
「…………シリル、それも可愛いよ!」
顔が崩れているセラに、母上は微笑みながら言った。
「これと。」
またファリナは連れ去られ、待たされる。次に現れたファリナは、紫の光沢のあるすらっとしたドレスを身に付けていた。形はすっきりして見えるとはいえ、同じ布で形作られた薔薇の飾りがあちこちに付いていて美しい。
「今回、この三種類のドレスを作ってみたんだけど、どうかしら?」
「…………もしかして、判断を仰ぎたいっていうのは…………。」
「シリルちゃんのドレスのことに決まってるでしょ?!」
『決まってって…………そんなこと知るかーっ!』
そう思ったのは俺だけで、セラは熱心にドレスの説明を聞き、考えている。
「そう言えば、シリルちゃんは緑色が好きなんですって。お兄さまの瞳と同じ色だからだそうよ。」
母上が言った途端、セラの顔面が更に崩壊し
「そうなんですかぁ。そう言えば、緑のドレスが一番似合いますねぇ。」
と口調まで崩壊させつつ言った。
「紫!」
割って入るように、俺は、有無を言わせずという位はっきり言い放った。緑がセラの瞳の色なら、紫は俺の髪と瞳の色だ。俺と並んで立つ時は紫のドレスが一番しっくりくるんだ!
「あら、まぁ。」
母上は面白そうに微笑み、セラは黒く笑った。
「いや、でも好きな色を着ると嬉しいだろうしぃ。」
「紫!」
「緑のドレスだと、丸ごと私のものって感じがするしぃ。」
「紫!!」
口調を崩壊させたままのセラの言葉を遮りつつ、俺は主張した。
俺の色を纏ったまま目を丸くしているファリナは、やっぱりというか益々というか…………可愛かった。
だが暫く言い合っていると、ソファに腰掛けたファリナの瞼が重そうになってきた。頭が微かに揺れている。
俺はほくそ笑んだ。
セラと俺では俺の方が立場が上。俺が腰掛けた後でなければ、セラは座ることができない。それを見越して、俺はファリナの横に素早く腰掛け、そっとその小さな頭を引き寄せた。彼女は抵抗することもなく俺の胸に頬を当て、ずり落ちそうになるのを止める為か、俺のシャツを小さな掌でキュッと握った。あっという間に寝息を立て始める。
小さくて柔らかくて可愛くて…………セラに負けない程顔面が崩壊しそうだ。
それからゆっくりセラに目を向けると、呆然と立ち竦んでいる。それから我に返って、また腹黒い微笑みを俺に向けた。
セラが益々ザンネンな男になってきました。