5.王妃様
謁見の後、王妃様にお茶に呼ばれることになった。陛下は重臣達を集めた何らかの会議があるらしく、勿論お父様もその会議に出席することになっている。セラヴィ兄様はレヴィン王子と一緒に国政に関する勉強をするそうだ。つまり私は、お父様か兄様が迎えに来るまで待ってなくちゃならない。そこを王妃様に狙われてしまったのだ。
「さぁ、シリルちゃん。お好きなだけお上がりなさいな。」
お美しい王妃様の微笑み。
そのお言葉と共に、目の前にはクッキーやらマフィンやらロールケーキやらスコーンやらチョコレードやらサンドイッチやらクロワッサンやら…………、とにかく大量の食べ物が並べられた。成る程、お好きなだけ、ね…………。だけどこのお方は、ごく普通の(多分)三歳児に何をさせようと言うのだろうか?常識的に考えても、三歳児どころか成人男性でもなかなかこれだけの量を胃に収めるのはキツい筈だ。
とりあえず、お言葉に甘えてというよりは王妃様のお顔を潰すことが無いように、一種類一個以上を目標に、順番につまむことにした。さすがにそのレベルは高い。つまり、滅茶苦茶美味しい!転生前の身体ならば、おそらく見境無く食べさくっているだろう。でも、三歳児には許容できる摂取量に限りがある。失礼にならないように、せめて全種類制覇だけは完遂しなければっ…………。
「私の顔を立てて、無理する必要は無いのよ?欲しい物を欲しいだけお食べなさい。」
私が無意識に鬼気迫るオーラを出していたのだろうか、王妃様が優しく声を掛けてくださった。
「ありがとーごじゃいましゅ。」
ニッコリ笑うと、王妃様が悶えた。
「ぅあああ~っ!本当に何て可愛らしいっ!欲しいわっ!この娘、絶対欲しいっ!!」
そんな王妃様に、侍女のお姉さんが表情を変えることなく言い放った。
「アリサノーラ様に恨まれますよ?!」
アリサノーラはお母様の名前だ。王妃様とは従姉妹同士なので、昔から仲は良いらしい。
「ああっ!無念だわっ!レヴィナイスとラズノレンの姫の婚約を、早々に決めてしまわねば良かった…………。」
ラズノレンはクロスフィードの南に隣接する国だ。そこのお姫様とレヴィン王子が婚約しているなんて初耳だった。八歳で結婚相手まで決められてしまうなんて王族は大変だと、私は王子にもお会いしたこともないそのお姫様にも少しばかり同情した。
「ですがそれは、かの国から懇願されたことだった筈。しかも話が決まったのは三年ほど前のことでございます。一度承諾していながら、今更こちらの都合で一方的に解消するのは難しいのでは?」
あくまで無表情のまま、淡々と話す侍女のお姉さん。表情が乏しくても言いたいことが言える関係に、王妃様に長く仲良く仕えてきたに違いないと思った。ちなみに、このお姉さんも相当綺麗な人だ。隣に立つのが王妃様でなければ、男の人達の目を引き、追い掛けられてもおかしくない程に。
「まぁ、それをどうにかするのが陛下とレヴィナイスの手腕なんだけど!でも、レヴィナイスが婚約を覆してでもシリルちゃんを欲しいと思わなければ、本人も陛下も動かないだろうし。私が娘にしたいと思っただけで事を動かすのは絶対に無理ね…………。」
王妃様は深々と溜息をついた。
「…………シリルちゃん。これからも時々遊びに来てくれないかしら…………?」
王妃様のそのお声が妙に弱々しく聞こえて、私は笑顔で頷いた。
「はい。」
王妃様は、言ってみれば『ザンネンな美女』というところでしょうか………。