失ったもの
貴方が好きな人は本当に私ですか?
それとも、他の人ですか?
ひとつの嘘が沢山の嘘に変わって、いつしか、解き放たれる事でしか終わらせることが出来なくなっていた。
許しなど乞う必要もなければ、誰も求めてなどいない。
残されたのは、思い出でした…
『――私、知ってたよ。』
暗闇の中で、少女の冷たい声がした。
「……!」
僕は、自分の小さいながらも荒い心臓の鼓動と呼吸の音で目を覚ました。全身が少し汗ばんでいる。
先日の4歳の誕生日プレゼントで両親に買ってもらったお気に入りのポロシャツが台無しになっている。
そして、僕は知らぬ間に眠りに落ちていて夢を見ていたことに気付く。
(…ここは…)
…ミーンミンミンミーン…
…ブロロロロ…
僕は、夏休みでバーベキューをする為に県外の山へと向かうクーラーの効いたミニバンの後部座席に座っていた。隣では、自分と全く同じ顔をした双子の弟・和樹がすやすやと眠っている。そして、その横に同い年で幼馴染の美咲も、眠ったままだ。
(……変な夢……)
運転席と助手席には僕と和樹の両親、2列目の座席には美咲の両親が談笑をしながら座っていた。
僕はクーラーの効いた車内ではありえないような額の汗を小さな手でぬぐい、外の景色を眺めた。
そこは大自然で溢れていた。
「!!うわぁ!すごーい!」
僕は自分の目に飛び込んで来た景色に先ほどの夢の事など忘れてしまい心が舞い躍った。
「なんだなんだ?友樹、やっと目を覚ましたか!」
運転手の僕の父親がバックミラー越しに映った僕を見ながら笑顔で声を掛けてきた。
僕の大きな声で隣で寝ていた和樹と美咲も目を擦りながら起きた。どうやら僕達は車に乗るなりはしゃぐだけはしゃいで、疲れ切って眠っていたらしい。
「もう少しで着くから3人とも降りる準備しておきなさいよ。」
美咲の母親が後ろに振り向きながら僕達に声を掛けてきた。
暫くして、僕達の車は無事に目的地の駐車場に辿り着いた。
「…ほら、足元気を付けて降りるんだよ。」
スライドドアが開くと先に降りた美咲の父親が手を差し伸べてくれた。
僕達は順番に車から降りるなり駐車場で追いかけっこを始めた。
「3人ともー、荷物運ぶから手伝ってー。」
僕の母親が大きく手を振りながら優しく手招きしている。…が、優しいと思っていたのは束の間で、車の荷物を運ぼうと車に戻ると、僕と美咲の父親から3人ともに大きなゲンコツが落とされた。
駐車場は夏休みということもあり、沢山の県内外のナンバーの車やバイクが動いていたので、お世辞にも安全ではない。そんな中で走り回っていたので、怒られても当然だ。
と、いっても、大して痛みのないゲンコツなので、僕達は反省の顔だけ浮かべてワクワクな気持ちの中で大人達の手伝いで荷物を一緒に運んだ。
「…よし、この辺りで良いんじゃないかな。」
両親達はのどかな河原に着くとテントを袋から出して設営を始めた。
「あ、そっちのペグ取ってくれない?」
「こっち側、石が結構あるからテント内の座り心地良くないからもう少しずらそう。」
なるべく人気のない所を探した甲斐があり、周りに他の人達はいなかった。そして、大人達は和気あいあいとテントの設営を進めた。
僕達子供は小物類を運び終えるとあまり遠くには行かないようにと言われたまま、河原で設営をしている親の視線の届く範囲で遊んでいた。
……
「ねぇ、ねえ。川に入ろうよ!」
和樹は僕と美咲に声を掛けてきた。
「良いけど、あんまり深いところは危ないから少しだけだよ。」
美咲は同い年なのに僕達よりもしっかり者で、川への注意を促してきた。
和樹と僕は大丈夫!と笑いながら川に入った。
幼稚園で小さいビニールのプールで泳ぎの練習をして自信があったから尚更だ。
…2人だけで、川でバシャバシャと水を掛け合ってはしゃいでいる姿に呆れた美咲は、「私もう先にパパ達のとこに戻るよ!」と、背中を向けた。
その瞬間だ!!
(友樹の足が深みにはまって抜けなくなってしまったのだ。一瞬の出来事で慌てる余裕もなく、友樹は頭まで誰かに押されているかのように水中に持って行かれた。川の流れは穏やかだが、子供が溺れるには充分だった。
僕は友樹の異変に気付き、近付こうとしたが、どうすることも出来ないと悟り、その場を離れようとしていた美咲に大きな声で叫んだ。)
「…美咲!!早く!早くお父さん達を呼んで!」
「!!!?」
異変を察した美咲は急いで親の元へ走った。
(この時すでに僕は僕でなくなっていた。なんというか、僕という存在はこの世から消えていた。)
時間にして、たったの7分。目を離していなかったはずの両親達の元に美咲が泣きながら血相を変えて呼びに戻った。僕達のいる川へと助けに来た時には大量の水を飲み込んでしまっていた友樹はすでに脳機能に障害を受けて溺死状態だった。
友樹を川から引き上げてからは僕の父親が心臓マッサージや大量に飲み込んでしまった水を吐き出させようと背中の殴打と腹部の圧迫を試みたが、時すでに遅く。母親が救急車の要請を掛けたが、夏休みということも災いして、交通状態が麻痺していてすぐに到着は困難とのことで、ドクターヘリを手配してもらった。
ドクターヘリが到着して乗り込んだ際に、隊員が到着前の対応について母親から電話対応中に様子を伝えてもらってはいたが、改めて聞いてきたので僕の父親は自分の口で一連の対応を伝えた。どうやら、父親が行った背中への殴打や腹部の圧迫は胃の内容物が気管に詰まり、窒息や肺炎のリスクが高まるとの事で、一般的には禁忌だったとのことを告げられたのだ。
だが、その時は慌てていてそれどころではなかったんだと言うと隊員からは、責める言い方ではなく最善ではなかったという事実を淡々と伝えられた。電話越しにやめるように伝えるには手遅れだったのだ。
落ち着いた対応が出来ていれば助かった見込みがあったかは分からないが、分からないからこそ、父親は病院に着いた後も自分を責めてしまっていた。
行わなかった人工呼吸の方が助かる見込みがあったかもしれないと後に知らされた。
…もちろん、誰も僕の父親を責めてはいない。
父親本人以外は…
…現場に到着した時に隊員達も驚いていたのだが、一卵双生児な僕達は両親でもぱっと見で見分けをつけるのが難しい双子で、親の趣味で服装もお揃いのため、呼ばれて返事をして気付くこともザラではないのだ。
…でも、今日の僕達には大きな違いが1つだけあった。
友樹にはなくて、僕にだけあるモノ。親達も知り得ないモノ。駐車場から荷物を運ぶ時に友樹には内緒でこっそり足首に着けてもらった美咲の手作りのプロミスリング…
美咲だけが誰よりも早く、僕の足首に着けたプロミスリングで見分けが簡単についたのだ。
水中から引きずり上げた時に美咲はすぐに足首にプロミスリングないことに気付き、溺れたのが友樹で、助けを求めた僕の足首にプロミスリングが着いていたので和樹だと分かったのだ。
…僕達は美咲の事が好きだった。でも、美咲は友樹よりも僕が好きだった。
それなのに…美咲は、友樹に泣きついて生き返って欲しいと叫んでいたが、立ち尽くしていた僕と目を合わせると、
「…私、知ってるよ。」とだけ、呟いた。
8月17日、夏休み真っ只中の楽しいバーベキューはそれどころではないまま終わりを告げた。
友樹、享年4歳。
……そして、物語はここから始まる……
あれから、2年後…
僕と美咲は小学生になった。入学祝いの写真を学校の校門前で家族で撮ったが、素直に笑えてなどいなかった。本当ならここに友樹もいたはずなのだが、友樹はもういない。
桜の花びらが美しい中での写真撮影だったが、美咲はバーベキューの日を境に心を閉ざすようになっていた。
…僕に対して…だけ…
……2年前の救急搬送後にて……
「…ねぇ、ママ…」
「?どうしたの?美咲…」
「…うん、あのね…友くんね、生きてるんだよ…」
〜次回へ続く〜
複数話で展開予定です。不定期ではありますが、1本道なストーリー展開にならないように仕掛けを随所に取り組みます。
読み進めながら推理をしてもらえれば幸いです。




