1.妖怪の島、小豆島へ!
朝日の中、瀬戸内海を進む船。その展望デッキで、肩ににつくくらいの茶色のツインテールをなびかせながら、ただ眼前を過ぎていく瀬戸内の海を眺める少女がいた。
彼女の名は、天川加奈、高校2年生。髪型は、茶色の髪で、赤いリボンをつけた肩につくくらいの長さのツインテール。服装は、薄藍色を基調とした学生服のような見た目。上は胸元の赤いリボンが特徴的なセーラー服に、下はオーソドックスなスカート。背は少し低く、顔は幼く見えるかもしれない。
加奈は、ただ展望デッキで、ぼーっと海を眺めているわけではない。友人が戻ってくるのを待っているのである。
そもそも、加奈がこの船に乗っているのは、加奈の唯一の友人とである出雲那月と一緒に旅行に来ているからだ。向かう先は、小豆島。オリーブの名産地等として有名な観光地だが、加奈の目的はそれではない。目的はただ一つ、"妖怪の友達"を増やすことだ。
妖怪の友達と言うのは、妖怪の話ができる友達というわけではない。言葉の通り、種族として妖怪の友達である。
加奈は幼少期から、オカルト的事象を惹きつける体質にあった。その中でも、とりわけ縁があったのが妖怪である。どういうわけか、妖怪と仲良くなる才能があったようで、地元には多くの妖怪の友達がいる。その反面、学校では少し浮いており、"友人"は一緒に旅行に来てくれている出雲那月だけである。
妖怪と仲良くなった加奈は、すっかり妖怪好きとなり、もっと妖怪のことを知り、妖怪の友達を増やしたいと考えるようになったのだ。
こんな物好きな加奈の旅行に付き合ってくれているのが出雲那月だ。しばらくして、その那月が展望デッキにいる加奈の元へ戻って来た。
那月は、加奈のクラスメイトであり大切な友人だ。髪は目にかかるくらいの、金髪のショートヘアで、整った顔立ちをしている。その妖艶な雰囲気は、同じ女性である加奈から見ても、美しいと思えるほど。でも、加奈と話しているときの那月は、よく笑顔を見せる普通の女の子だ。服装は、紺色のショートパンツに、ニーソックス。上は、黒のシャツに、ベージュのシャツジャケットを羽織っている。ちょぴり大人でスポーティーな感じだ。
そんな那月は加奈に駆け寄ると、
「加奈、船内限定のアイス買えたよ!」
と、笑って加奈にアイスの入ったカップを渡した。
「ありがとう! 混んでたんじゃない?」
「ううん、丁度空いてたんだ。これは今買うしかないと思って、買って来たよ」
二人は、展望デッキのベンチに座って、アイスを食べ始めた。
「美味しい! もう1個食べたくなっちゃう」
と加奈はあっという間に、アイスを食べきった。
「ダメだよ。あともう少ししたら着くんだから。それに、着いて少しバスに乗ったらすぐに昼ごはんだよ」
「そうだよねぇ……」
と加奈は、おもむろにスマホを開くと、とあるSNSのコメントを開いた。
「那月、見てコレ。さっき見つけたの」
そう言って加奈が見せた画面には、最近小豆島にドッペルゲンガーが現れたこたを報告する旨のコメントが表示されていた。
「ええと、ドッペルゲンガーってあれだよね。もう一人の自分が現れるっていう都市伝説みたいな」
「そう! 小豆島に最近出るんだって!」
那月は首を傾げながら、加奈のスマホを取り、そのコメントのアカウントを確認した。
「……本当かな? 確か、ドッペルゲンガーって死の前兆だとか良い噂聞かないけど。でもこの人、今でも元気に、コメントしてるよ」
「危なくないドッペルゲンガーがいるとか?」
「んー、そもそもドッペルゲンガーって対象は人でしょ。小豆島は妖怪で有名でも、そっち系の話は全然聞かないし」
那月がそう言うと、加奈は何かに気付いた様子で声を上げた。
「そうだよ、妖怪さんだよ! きっと、妖怪さんが化けイタズラしてる。人に化ける話ならいくらでもあるし」
加奈のその発言は、普通は誰にも真面目に相手されないだろう。しかし、加奈と一緒に妖怪に会ったことがある那月は、当然のこととして会話を進めた。
「なるほど、確かに。じゃあ……例えば狐とか?」
「うん! もっと他の妖怪さんの可能性のあるけど、行ってからのお楽しみだね」
加奈はそう言って、満面の笑みを浮かべていた。
そもそも、小豆島で妖怪に会えるのかということだが、加奈は会いやすいと考えている。まず、那月の言う通り、小豆島は妖怪の島と言っても過言ではない。町おこしの一環として、妖怪に関するイベントがたくさんある。有名なのは妖怪美術館であり、一つの観光スポットだ。更に、最近では妖怪万博なるものも開かれており、何かと妖怪に関連する事が多く、人と妖怪との結びつきが強い。そんな場所であれば、妖怪さんたちも自ずと集まってくる、というのが加奈の考えだった。
那月も笑って、頷いた。
「そうね。でも今日は、とりあえず妖怪美術館に行くんでしょ?」
「そう! そこは絶対に外せないよ、」
こんな話をしているうちに、船は小豆島の坂手港に到着した。二人は船降りるなり、急いでバスに乗り場へと向かった。目的地である妖怪美術館は土庄町に位置し、坂手港からはバスで30分ほどかかる。
無事、最寄りのバス停に着いた二人は、バスを降りた。
加奈はうんと伸びをして、口を開いた。
「やっと、ついたー! 那月、早速行こうよ!」
「加奈、忘れてない? 先に昼ご飯。そうじゃないと、加奈のことだから夢中になって昼ご飯食べるの忘れちゃうでしょ」
「そうだった……ええと、どこで食べるんだっけ」
「近くに、美味しい讃岐うどん屋さんがあるんだよ。だから、そこで食べよう」
そうして二人は、その讃岐うどん屋の店に入った。どうやら、セルフサービスの店のようで、先に注文を済ませる必要があるようだ。どうしようかなと、加奈が悩んでると、那月はもう注文を決めていた。
「きつねうどん一つお願いします」
「那月って、きつねうどん好きだよね?」
「え、そう?」
「だって、いつも食べてるイメージがあるもん」
「定番だから、無意識に偏ってるのかも……それより、加奈はどうするの?」
「あ、えーとぉ……、山芋ぶっかけで、お願いします!」
二人は、うどんを受け取り、席に着くと、さっそく食べ始めた。
「美味しい……こういうきつねうどんもあるんだ」
「私のも美味しいよ! うどんが有名なのもわかる気がする」
そうして、二人はすぐにうどんを食べ終えた。加奈は食後のお茶を飲みながら、那月に尋ねた。
「ねぇ、うどん脳って知ってる?」
「……なんのこと?」
「えっとね、香川県のマスコットキャラクターに、うどん脳っていうのがいるんだよ」
「どんなキャラか想像できないんだけど」
「うどん脳は、うどんしか考えてない妖怪さんなんだって! 元々人間だったけど、うどんばかり食べてたら、突然妖怪になったらしいよ」
と、言って加奈はうどん脳のイラストをスマホで見せた。名前の通り頭がうどんになってる人型のキャラだ。
「うわ、脳がうどんになってる……というより、うどんが好きだからって、こうなっちゃうの? 私はいきなり妖怪になっちゃうのは嫌だなぁ」
「確かに、人からいきなり妖怪さんになるなんて、私も簡単には想像できないかも。だけど、見た目は変わっても、心は同じなんじゃないかな」
「だから、うどんが大好きなんだろうね」
こうして妖怪話を終えた加奈と那月は店を出て、妖怪美術館へと向かった。妖怪美術館は1号館から4号館まであり、それぞれが迷路のまちに点在している。
二人はまず一号館で受付を済ませ、中に入った。中には数々の妖怪が展示されており、加奈は目を輝かせながら、一つ一つじっくりと見て回った。
その調子で、二号館以降も見て回っていたが、途中で特に目に止まる展示があった。それはカボソであった。小豆島のご当地妖怪として、期間限定で企画展が開かれているようだ。そもそもカボソとはカワウソの妖怪のことで、カボソという名称自体は単にカワウソのことをさす。特徴は人を化かすことにあり、狐や狸のように人を化かす存在として知られている。展示にはその他にもカボソと小豆島の人々に関わる話がたくさん紹介されていた。
「へぇ、小豆島の人たちにとっては身近な存在なんだぁ」
加奈は展示を見ながらそう呟いた。
「そうみたいだね。妖怪のことを知らなくてもカボソのことなら知ってる、って人もいるみたいだし」
「うーん。でも、この展示、カボソの正体はニホンカワウソって書いてるの……妖怪さんとしてのカボソだっているはずなのに」
「それは化け狐の正体は狐だって書くのと同じだと思うよ。ほら、ここにカボソ出現マップもあるよ」
と、那月はカボソ出現マップを指差した。そのマップによると、出現場所はほとんど沿岸部だ。やはり、カワウソだから沿岸部にのだろう。
「じゃあ、明日探しに行こう! きっとカボソに会える!」
「ふふ、そうだね」
はしゃぎながらそう宣言する加奈に、那月は笑って同意した。
そうして、その後も二人はじっくりと展示を見て回った。最後の4号館を見終える頃には、すっかり夜となり、妖怪美術館も閉館時間となった。
「なんとか見終えれたー。本当はもっと見てたかったんだけど......」
加奈は名残惜しそうに、妖怪美術館の方へと振り返り、そう呟いた。
「私が催促しなかったら、多分半分も見れてないよ。もう日も落ちるし、宿に向かわないとね」
そうして、タクシーで予約していた宿へと向かった。妖怪美術館からは少し距離があるが、加奈の希望でその宿を選んだ。少し前までは、88年に一度開かれるという大妖怪運動会が妖怪美術館で開かれていたようで、泊まる宿にはその控室があったそうだ。今は大妖怪運動会が開かれていないということは残念ではあるが、もしかしたらその名残があるかも、というのが加奈の動機だ
少しして、二人は宿に到着した。ホテルとも旅館ともいえない、二階建ての白を基調した建物だ。どちらかというと、合宿などで泊まりそうなイメージで、中も綺麗である。二人はチェックインを済ませ、予約した二階の部屋へと向かった。
部屋は六畳の和室だ。もっといいい部屋や、ロッジなどもあるが、値段を抑えるとこの部屋になる。加奈は、荷物を置くと、畳に転がった。
「はぁ~、楽しかったけどちょっと疲れた~」
「気持ちはわかるけど、豪華な夕食が待ってるんだから起きて」
二人は、直ぐにレストランへと向かった。そこに待ち受けていたのは、オリーブ牛のしゃぶしゃぶだった。
「こんなに豪華なんて......」
加奈は豪華な料理を前に固まっていた。
「こんな料理食べられる機会なんてそうそうないよね。それも、加奈と二人でなんて」
「うん、私もうれしい! 那月、食べよう!」
「いただきます!」
加奈はさっそくオリーブ牛を口にした。
「美味しい! オリーブ牛って初めて食べたけど、こんなに美味しいんだ!」
「オリーブ飼料で育った牛なんだって。私も小豆島に来て初めて知ったけど、この味なら地元でも食べたいな」
こうして豪華な料理を堪能した二人は、そのまま温泉展望風呂に向かった。もう日は落ちており、外の風景は良く見えないものの、夜空には星空が広がっている。妖怪に会いに山奥に入ったときに星空を見ることはあったが、こういった場所で星空を見るのは、加奈にとっても初めての経験だった。
「綺麗! 山奥じゃなくても、見れるんだね」
「そうだね。湯船につかりながら見れるのもいいよね」
しばらく、湯船につかりながら星空を眺めていたが、加奈がのぼせそうになったため、程々で湯船を出た。再び和室の部屋に戻った二人は、明日に備えて寝るために布団に寝転がった。加奈は、那月の方へ向くと、声をかけた。
「ふー、今日も楽しかったけど、明日からも楽しみだね。明日からはいよいよ、妖怪さん探しスタートだよ!」
「そうだね! でも、どこから探すとかは決めてるの?」
「まずは、カボソさん達に会おうと思うの。丁度、近くに出現場所もあるみたいだから」
「いいね」
「他の場所も気になるんだけどね、もっと西にある江洞窟とか。弁財天が祀られてるらしいから、気になってって」
「あのパワースポットだね。でも、妖怪は近寄らなさそうだよね」
「そうなの。だから、後回しにする。だから、明日の目標は、カボソさんに会って友達になる!」
「うん! あ、朝食の時間も決まってるから寝過ごしちゃだめだよ」
「もちろん! それじゃ、おやすみ!」
そうして、二人は明日に備えて眠りについたのだった。




