GMG-008「生活の選択肢」
冬の朝は寒い。
こんなところで、どの世界も同じなのかななんて思う自分は変だろうか?
「まずはっと」
もうすぐ春が来ると言っても、つぶやく息も白い。
震える手先を暖炉に向け、えいっと念じて一安心。
今日も、自分の手の中に炎が産まれた。
「使ってると疲れるんだよねえ。魔素を使うのに体力も使う……うーん、わかんないなあ」
本格的にと思うなら、魔法使いの探索者なんかを捕まえて聞くのが早い。
でも、アンリ兄さんの言う通りなら出来るだけ、大した奴じゃないと思われていた方がいいんだよね。
あれから色々試してみたのだけど、私には苦手な属性っていうものが特に無いようだった。
あ、訂正。大規模な攻撃魔法、みたいなのは後が怖いからわからない、が正しいのかな?
(お婆ちゃんの記憶にある、げえむ?ってやつみたいなのだと楽なんだけど)
だからといって、呪文1つで山が消し飛ぶような魔法使いになりたいわけでもないのだ、うん。
今のところは、こうして日々の生活が便利になるぐらいでちょうどいい。
それに……何か思いついたときに、魔法があればなんとかなることもあるだろうしね。
「まあ、いっか。そういえば、今日ぐらいに船が帰ってくるんだっけ……」
この町、シーベイラは港町だ。大小の船が近隣や沖に出ては漁をしたり、交易をしている。
主に東西、そしてそこから北へ……だ。本当は真南に大きな陸地もあるのだけど、そちらにはいかない。
単純に、仲の悪い国があるのだ。そして、簡単には行き来出来ない理由もある。
「今年は、渦が荒れないといいな……」
いつものように食事を終え、洗濯をし、そして自由な時間。
今日はサラ姉が家にいて、弟たちの面倒を見ながら手縫いの内職だ。
その分、私は外に出て稼ごうという訳である。
準備をして向かう先は、港のそばにある市場。
朝から漁に出た船たちが戻ってきて、賑わう頃だ。
そして、大きな大きな船も。月単位で外に出て、遠くと交易する船だ。
今年はどんなものを持ち帰ってくるのか、楽しみに思いながら顔なじみになったおじさんの元へ。
「おはようございます!」
「おう、さっそく頼む」
そう言われて向かう先は、たくさんの魚が入った籠、籠、籠。
もちろん、私は力持ちという訳じゃないので、これを運ぶのが仕事じゃあ、ない。
私がするのは……よくない物の目利きだ。
「あ、これとこれは病気っぽい。これも嫌な感じ」
「これだな……おお、確かにこいつは……」
私が籠の中で指さした魚は、既に痛んでいる物や、病気を持っている物だ。
というのも、微妙に浮かんで見えるもやみたいなものが変な色だったりするのだ。
最初は、生きているから見えるのかと思ったけど少し違う。
どうも、生き物全部が持っている魔素やそういったものの状態が見えるようなのだ。
(特訓したら虫とか、小さいのまで見えるようになったのはいいことなのか悪い事なのか)
さすがに見えすぎて気持ち悪くなったので、最近では調整も頑張ってできるようにした。
結果として、鮮度だとかそういったものも見えるようになったのである。
この辺から、自分が魔法使いになったことを徐々に浸透させようとしたのだ。
「うん、これで終わりかなっ。今日はいいのが多いわね、おじさん」
「春も目の前だからな。大雨の前にとっとと帰ってこようと思ったんだ」
言われて、遠くの空を見る。今のところは晴れているけれど、そうか……春前の大雨の時期か。
この土地では、なぜか毎年冬の終わり、春の初めに大雨が続く。
数日降っては時々止み、またそのうち降り始め……の繰り返し。
山以外の雪もそれで押し流されるように溶けてしまい、畑仕事がしやすくなるのだ。
「うしっ。じゃあコイツは駄賃だ。後、余りも持っていけ」
「ありがとうっ! やっぱり新鮮なのがいいわよね」
子供が持てる程度の籠に山盛りの魚。
笑顔を浮かべ、さあ帰ろうとした時である。
ゴミを片付けている若い人たちの騒ぎが目に入った。
気になって籠を持ったままそちらにいくと……何かがいたらしい。
何かというのが見えないけれど……。
「コイツたまにいるよな、怪物なのかな?」
「だろ? こんな足もたくさんあるしよ」
(怪物? でも襲われてるわけじゃないのよね)
そっと覗き込んだ私の目に入って来たもの、それは。
「ああああ! タコ!!!」
「うわっ、びっくりした。なんだい、ターニャ」
思わず籠を落としそうになるぐらい、びっくりした。
市場を見てても、何かいないなと思ったのだ。
ようやくすっきりしたというか、確かにこれは人を選ぶかと思った。
そう、地域によっては嫌悪の対象だったという、タコ。
「いらないならちょうだい? 食べてた記憶があるの」
「これを? うーん、ターニャが良いならいいけどさあ」
嘘は言っていない。この世界では食べたことはないだけで。
お金を払おうとしたら、いらないって言われた。
やっぱりここでは食べる文化はないらしい。
(焼いてもいいし、煮てもいいし……やったあ)
私の中のお婆ちゃんが喜ぶのがわかる。前よりも一体化が進んでいるように思うけど、それでもだ。
籠の中に新しい調理対象を加え、浮かれた気分で港を後にした。
そのまま教会へ帰ろうという時、声が聞こえた。
空の上からの、小さな声。
「カラス……? あっ!」
それは確かにカラスだった。でも鳴き声は別の物。
カラスの足に捕まった、子猫だ。
よくよく考えたら、上手く行かない可能性も十分にあった。
けれど私は、その時とっさに右手を上げ、空に向かって風を放っていた。
威力は私がぽかぽかするぐらいみたいだけど、カラスが驚くには十分。
「うわわっと……ごめんね、代わりにこれあげるから」
なんとかカラスの手放した子猫をキャッチし、恨めしそうに鳴くカラスへと、籠から魚を投げてやる。
頭がいい鳥なのよね、確か……そう実感する光景が目の前にある。
ちゃんとカラスはこちらの投げた魚を咥え、去っていった。
「この子どうしようかな……」
手元にはちょっと量の減った魚、タコ。そして、子猫。
幸い、元気のありそうな子猫だけど、親はどこにいるのか。
港中を探せばいそうだけど、どうなんだろうか。
悩みながらも一度教会に帰ろうと思い、そのまま抱きかかえて向かう。
結論から言うと、教会で飼うことになった。
ネズミ対策にいいというのは表向きで、実際にはハンナたちが夢中になったのだ。
そうして私に、家族が増えた。