GMG-009「命の水」
「桶をひっくり返したような雨……むむう」
「お外いけないねー」
記憶にある、梅雨とは別物の大雨の日々。
洗濯物は乾かないし、食べ物は痛むし……カビだって生えてくる。
今のところ、細菌だとかウィルスって話はこの世界には無いようだった。
(お医者さんじゃなかったもんねえ、説明も難しいし、証明もなあ)
悪い物を食べると体に良くない、その程度ならなんとかなるけど専門的な物はね。
せいぜい、弟たちに好き嫌いをさせないぐらいだ。
一度雨が止むまでは、外に稼ぎに出かけるのも難しいし、狩りだって厳しい。
それから数日、私たちは子猫を構いながら教会横の家でこもりっきりだった。
「というわけで飲み水のための浄化樽を作ろうと思うの」
「浄化……樽? あれか、大雨でにごってるのをなんとかしようってか」
いつ降ってくるかわからないこの時期は探索や討伐もお休み。だからアンリ兄さんも家にいた。
そんな、明らかに暇そうな兄さんを捕まえての宣言である。
兄さんの言うように、大雨の時期は川も濁っている。
井戸の水も、どこか味がおかしいぐらいだし、場所によっては濁りも出ているのだ。
かといって、この世界には浄化施設のある水道なんてないから……うん。
「そうよ。洗濯板と違って売れる感じとは違うけどね」
ちょうど雨もやみ、一時的な青空が広がったのを見て、兄を連れて外に出た。
向かう先は、サラ姉のお嫁に行く予定の職人さんのお家。
貯金からいくらかを持ちだし、店を訪ねると出てきたのはサラ姉だった。
「あら、ターニャ。どうしたのアンリまで連れて」
「俺は付き添いだよ。飯の種になるかわからんが、頼みがあるんだとよ」
アンリ兄さんにしては遠回しな言い方に、サラ姉も感じ取る物があったのか中に案内してくれた。
向かう先は工房、今は普段の仕事以外に洗濯板の量産で忙しいらしい場所だ。
「このぐらいの樽が欲しいの。出来れば下に穴をあけてこういう筒を取り付けるのよ」
「なら酒樽みたいなのでいいのね? それならすぐに用意できるんじゃないかしら」
そういって在庫を確認しに行くサラ姉の姿に、私はダブった靄を見た。
あれ?と思ったけど今度はそんな風には見えない。
(なんだったのかしら……)
まだ力が安定していないのかもしれない、そう思うことにした。
悩む間にも若い職人が一緒に運んできた樽は、私が3人ぐらいは入りそうな物。
料金を払って、アンリ兄さんに運んでもらう。
「まさかと思うが、俺の出番はこれだけか?」
「そんなこと、あるわけないじゃない。中身も大事なのよ」
雨がまた降る前に作らないと!と気合を自分にも入れ、入れるものを確保しに行く。
まずは一番下になる小石、これは砂利ぐらい小さい方がいい。
次にそれより大きな小石たち、砂……それに炭と余り物の布。
「布か……なあ、糸にする前の毛とかじゃだめか?」
「え? ああ、そうね! 十分だと思うわ!」
そうだ。何もお婆ちゃんの知識そのままでやる必要はないのだ。
この世界にあるものを使うのだから、うまくアレンジしたらいい。
そのことに気が付いた私は、まず設置する場所を決めて材料を集めに回った。
確か順番は口から出てこない程度の物が一番下で……。
それからはアンリ兄さんだけでなく、なぜか神父様や弟たち、それに教会にきていた人の手も借りて樽に材料をどんどんと投入していく。
「お客様にまで手伝ってもらってしまって……」
「いいんだよ。こういうのも祈りの1つさ」
今日の来客の1人は、いかにも船乗りって感じの人だった。
筋肉ばっちり、日焼けもどーんと海の男だ。
他にもいた信者さんと一緒に、手伝ってくれた。
結果、予定より早く出来上がった浄化樽。といっても実行はこれからだけど。
「というわけで、ここに泥水をそそぎまーす」
「「おー!」」
台の上に立ち、元気よく声を出すのはハンナとナタル。
どうしてもやると言ってきかなかったのでしかたなく、ね。
2人の手に、濁ってしまった井戸から汲んできた水をどんどんと手桶で渡す。
水遊びをしているつもりなのか、はしゃぎながら入れていく2人。
対して私と兄さん、大人たちは樽の一番下をじっと見つめている。
長いような短いような時間の後……。
「やった……!」
「見た目は綺麗だな……うん、匂いもない」
樽の下にある筒から、どんどんと水が出て来た。
ある意味原始的な方法だから、細菌や良くないものは取り除ききれない。
けれども、普段飲んでいてお腹を壊すとかはないからたぶん……大丈夫。
屋根に工夫をして、雨がこの樽に注がれるようにしたら取りに行く手間もないかもしれない。
そうでなくても、井戸が落ち着くまで待たなくて良さそうというのはいいことだ。
「これで、大雨の時期も安心してお水が使えます!」
「さすがですね。ターニャ、賢人の夢を見たというのは間違いないようですね」
事前にこういわれた時の打ち合わせをしていなければ、戸惑っていただろう。
神父様とは、お婆ちゃんとの話はよくわからない不思議な人、賢人の夢を見たということにしてある。
そこで見聞きしたことを、再現しているのだということにしたのだ。
「賢人、お婆様は立派な人でした。これも、特別な物は使っていません。ちょっと色々使ったけど、それも代用ですから」
「すばらしい。荷馬車にでも乗せておけば、旅先でも泥水で困ることも減りますね」
「すげーな。これは海水でもいけるのか?」
船乗りさんの言葉に、私の動きがピタッと止まる。
どうだったかな……確か何か理由があってダメなはず。
そうだ、塩気がこんなものじゃ取れないんだ。
水に溶けた塩分は、すごい細かいからただの布とかじゃ通しちゃうんだよね。
「たぶん難しいです。言うなれば入念にこしてるだけなので。あ……でも、そういう怪物がいれば……?
例えば、海の水もがぶがぶ飲んでるのとか、毒のある場所でも生きてる奴とか」
「……いるぜ、ちょうど。俺たちも航海中に、そいつをよく探す。体の中に真水をため込んでる丸っこい奴だ。泳ぐ水筒って呼んでるよ」
海水の中でしばらくは飼うことができるらしく、十分中に水が溜まってから桶に水を取り出すんだとか。
それからの話は早かった。探せば比較的どこにでもいるらしく、今からでも死骸は手に入るということでその怪物を手に入れてもらった。
しばらくかかるかと思ったけど、すぐに手に入ったあたり、期待の大きさが目に見える。
どう見てもキノコにクラゲの触手?がついた感じだったけど使えるのなら何でもいい。
いわゆるフィルターになってるだろう部分にあたりを付け、切り裂いてみる。
「ふむふむ……見た目より丈夫なのね」
ぐいぐい引っ張ったり、あれこれ試すけど、家庭の包丁じゃ切れないぐらい、丈夫だった。
私? アンリ兄さんの剣で斬ってもらったわ。
ともあれ、見た目はただの布に見えるけど……うん。
試しにと、桶の上に蓋のように張ったところで海水を少しこぼして見る。
予想外に、すぐに桶のほうへと水が移動していった。
「? こんな素通りでいいのかしら。う、やっぱりしょっぱい」
(失敗かなあ? でも何かあると思うのよね)
悩みながらもよく見ると、手にしていた時とそうでない時で色が違う気がした。
ふと思い、皮部分を手にして魔素を意識してみる。
熱よ伝われとばかりに念じると、今度は明らかに色が変わった。
手を放してもしばらくは大丈夫そうだったので、同じく実験。
今度も海水は通過していったけど……これは!
「なーるほど、生きてるフィルターか……」
恐らく、定期的に交換しないといけないだろうけど……後は実験あるのみ。
例えば、私以外ではどうかとかね。
アンリ兄さんや、神父様、果ては弟たちにも試してもらい、実験を重ねる。
……そして。
いつの間にか、大事になったのを感じながら作り出した、海水ろ過樽君1号が完成した。
ついでに、泥水ろ過樽君1号も同じく。どちらも大中小、と大きさを用意してみた。
肝心の塩分フィルターには、誰でも持っているぐらいの魔素を注ぐ必要があることがはっきりした。
といっても寝込むほどじゃあないので、大した問題にはならないと思う。
試しにと、手伝ってくれた船乗りさんが1つずつ買っていった。
さっそく次の航海で試すらしい。
他にも、井戸まで遠いご家庭等が実験してくれることになった。
「潮騒の……聖女?」
「そ、あだ名がついちゃったみたいよ、ターニャ」
そんな私の戸惑いのつぶやきが、春の気配がする朝に響くのだった。




