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GMG-010「後ろ盾」


 人は緊張すると、動けなくなるというのを久しぶりに実感していた。


 眩しいほどの部屋の灯り。1ついくらだろうと考えたら怖いことになる調度品。

 部屋の匂いさえ、どこか上品さを感じるいい匂い。


 何より、視線の先にいる人は、この町どころか周辺で一番偉い人だ。

 すなわち、このシーベイラを含めた土地の領主であるワンダ様。


 正直、若い。アンリ兄さんよりは上だけど、まだまだおじ様と呼ぶには若すぎる。

 青年というより少年の面影が残る相手だった。


「ふむ……思ったより若いな。むしろ幼い、か。であれば礼を知らずとも怒るところではない。そのまま座るといい」


「は、はいっ」


 しまった、と思う。風習は違っても、お婆ちゃんの記憶だよりに動くべきだったかもしれない。

 部屋に案内されたのはいいけれど、緊張で頭が真っ白になっていた。

 思ったより若いのはそっちでしょう?なんてつっこみも当然口に出来ない。


(まさかまさかの呼び出しだよう……誰もついてきてくれないし)


 私一人だけ、呼び出されたのだ。

 先ほども言ったように、偉い人である領主様に。


 その知らせが届いたのは、私に潮騒の聖女なんてあだ名がついていると知った数日後のことだった。

 どうせ、記憶にあるような酒場のキレイどころを、なんとかのマドンナとか呼ぶのと同じような物。

 ターニャとしての記憶と、タナエお婆ちゃんとしての記憶はそう判断していた。


 ところがである。臨時収入で次の補修を相談していた時のことだ。来客があった。

 立派な身なりをした、おじ様って感じの伝令さん。用件があるのは、私だった。


 さらに数日後、私は一人で馬車に乗せられて内地にある街、そのお屋敷に招かれていた。

 理由がはっきりしないけど、慌てながらもどうにか新年祝いの時の服装を引っ張り出した。

 当然、神父様や兄さんたちがついてこようとしたのだけど、私一人だけがご要望だったのだ。


 これは、かなり特別なことだ。

 というか、普通に考えると私は領主様に身請けというか、そんな感じのことになる。

 メイドさんとして屋敷に入れ、そう言われてるのと同じ。

 少なくとも、サラ姉とかはそう考えていたと思う。

 私も、そんな予感をひしひしと感じていた。


「まずは、急な呼び出しをしたことを謝罪しよう。てっきり、成人していると思っていたのでな。こんな幼子では、家族も心配したであろう」


「あ、いえ……私は孤児なので……じゃなくって、帰れるならみんな安心すると思います。急な話だったので驚きましたけど」


 敬語を使うべきなんだろうけど、ムリムリ。

 ただでさえすごい緊張してるのに、使い慣れていない言葉ではより失敗するのが目に見えている。

 ここは、自分が子供ということを存分に利用することにしよう。


(というか、普通? 周囲の人も怒った感じがしないし)


 予想していた通りなら、お付きの人とか、執事さんが失礼な!って怒ってきそうだった。

 でも、部屋にはいるけど怒ってこない。


「なるほどな。慣れない場所で落ち着かないであろうが、話を聞きたい」


「私でよろしければ……」


 事実、案内されて座ることになった椅子というかソファは柔らかすぎてびっくりする。

 領主様との間にあるテーブルも、高そうだけどそんなに大きくない。

 というかここ……応接間じゃなく、私室ってやつじゃないだろうか?


 戸惑いながらも承諾した私に満足したのか、領主様が手を叩いた。

 そうして扉が開き、持ち込まれたのは……まさかの洗濯板、そして泥水ろ過樽君1号だ。

 見た目でわけてないから、海水ろ過樽君1号かな?


 これがここにあるということは……はて?


「巷の噂では、賢人であるとか賢者であるとか……そう、聖女だとかも呼ばれているそうだな。なんでも、一度死に瀕して別人の人生を体験したとか。実際のところはどうなのだ」


「えーっと、別の人生をというのは、多分間違いないです。全然別の、そう……別の国の人でした。90歳まで生きたみたいです。立派なお婆ちゃんです」


 私の言葉に、どよめき。口にしてから気が付いた。

 長老とか呼ばれるような人でも、60歳とかがほとんどだということに。


「なるほどな。そこまで生き抜いた者の人生を追体験したとなれば賢人とも呼ばれるか。その知、我が元で存分に振るうがいい!……と、先の見えない者なら言うのだろうな」


 予想通りに、お屋敷に召し抱え!?と思ったらどうやら違うらしい。

 それどころか、どこか優しい瞳で見つめられた。

 カンでしかないけれど、悪い人じゃなさそうだ。


「自由な発想、自由な状況でこそ存分に発揮できるものもあろう。とはいえ、新しい知識、珍しい物には厄介な話も一緒だ。これらの販売、苦慮しているだろう」


「はい。幸い、兄たちが頑張ってくれていますが……他の町で真似されるのは防げません」


 悔しいが、今言った通りだ。想定していたとはいえ、もう洗濯板なんかは似たようなものが出てきている。

 今のところは、こっちを排除するような動きはないけれど……お金って怖いよね。


「であろうな。娘、名前は」


「ターニャ、と申します」


 今さら名前を聞いてどういうつもりなのか?

 そう思った時、領主様は手元にある羊皮紙に何やら書き始めると私に見せた。


 そこには、シーベイラの住人、ターニャの知の産物は領主預かりとする、とある。


「子供にもわかりやすく言おう。これから何か作ったら、こちらに持ってくるといい。その上で、必要であれば我が家の後ろ盾を得て販売を行え。その代わり、話ごとに報酬は要相談だ」


「……ええっと? 領主様がお名前を貸してくださるということは……はっ!」


 ようやく頭が追いついてきた。つまり、領主様はいち早くお金儲けの話を掴み、儲けるために動く。

 けれど、その代わりに領内での保証をしてくれると、そういうことだ。

 頼めば洗濯板に焼き印の1つでも許可をくれるかもしれない!


「なかなかさといな。そういうことだ。私としても、まがい物で知を汚されてもかなわん。存分に力を発揮するといい。それだけ、領内が潤うのだからな」


「はいっ!」


 少しばかり、都合が良すぎるような気がしないでもない。

 とはいえ、いつか偉い人に目を付けられるような気がしていたのも確か。

 全部よこせ!なんてならずによかったと思うべきじゃあないだろうか?


 無くさないように、なんて念押しされて羊皮紙を預かる私。

 来た時とは別の意味で緊張しながら、私は教会へと馬車で帰ることになる。


 これから何度も、この馬車でお屋敷に行くんだろうか……そんな予感があった。



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