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赤執事 ~Scarlet's Butler~  作者: 鬼姫
【朱執事】嚆矢濫觴編
55/65

Ep.55 最終日

 話は最終日まで進む。

 結局この日になっても、まだどちらにするか決断をすることはできていない。しかし、自身を捨てるにせよ、幻想郷を殺すにせよ何か重大なものを失うことに対する覚悟はできはじめていた。



 さて、最終日。

 最後に俺は何をするかというと、今までお世話になっていた人々へ別れの挨拶をしに回っていた。流石にあまり面識のない者(霊夢や魔理沙など)や地底には赴くことはできないけどね。

 朝にフランを寝かしつけた後、俺は身仕度をして人里から回っていく。今回、咲夜さんや妖精たちの警護はない。それをしなくても、紫の能力のオマージュをして一瞬でついてしまうからだ。

 人里―かつて俺が住んでいた家についた。そこから、多々良小傘、上白沢慧音、銭谷十兵衛の順に訪ねた。俺が能力の覚醒をしたことを知ると大層驚いていた。だが、同時にもうすぐここから去っていくことを知り、みんな悲しそうな顔をした。いや、してくれたと言うべきか。慧音先生に至っては、泣き出す始末だ。

 次に竹林の藤原妹紅。さすがにここは骨が折れた。来たのは一度きりだったため、場所を思い出すのも一苦労だったからだ。実は場所を粗方記憶してないとスキマが繋がらないという難点もあることに、この時初めて気づいた。そのため、行きなれている近くまでスキマ移動で、それから徒歩という流れになった。

 それから、魔法の森のアリス・マーガトロイド。―まさかスキマを出た瞬間に、下級(の中でも下級)妖怪に襲われるとは思わなかった。しかし、難なく追い払うことができた。あの鬼がいっていたように、まあ人並みよりちょっとは強いらしいことを知った。

 その後、妖怪の山に行った。里の入り口までいきなりスキマで移動したものだから、驚いて警戒した哨戒天狗に囲まれた。しばらくして俺の話を聞き付けた犬走椛と射名丸文に包囲を解かれて、天魔殿の鞍馬さんに会えたけどね。

 帰り際、霧の湖のチルノたちのところに寄る。チルノたち、とは言ったが、実際には主にルーミアに用事があったわけだ。彼女には助けられたからな。しばらく湖の辺りを散策して、チルノを見つけた。そして、お願いをして友達を集めてもらった。・・・その中に何故かおきぬさんもいたのは、今となっても謎だ。




 最後に紅魔館。

 帰ってきたときにはもう太陽が傾いていた。空はすじ雲がいくらかかかってはいるが、天気だ。なんだか今までで感じたこともないほどに一日が早い。


 この紅の館を前にして、この世界に来た日のことを思い出した。

 あの日は酷かった。しかし、まさかそれ以上の沢山のゴタゴタに巻き込まれるなんて思いもしなかったものだ。


 俺は、生涯最後になるだろう"紅魔館への一歩"を踏み出した。


 門前では紅美鈴が元気そうに太極拳をしている。

 俺は彼女に怪我の具合をたずねた。どうやら薬のお陰で完治したようだ。彼女たちを逃がした後に伊吹萃香と闘って、そして、勝利したことを伝えると、これ以上ないほどに目を丸くしていた。最古株の彼女の度肝を抜かせたのは少し誇りだ。

 もちろんすれ違った妖精たちにも挨拶をしたよ。何のことかわからない子もいれば、大層悲しそうな顔をする子も、泣き出す子もいた。不思議なものだ。仲良くしていた時間より、一緒に仕事をしたイメージの方が強かったから、そこまで思ってくれるとは思いもしなかった・・・。

 次に大図書館に赴く。パチュリ―・ノーレッジと小悪魔がいつもの読者スタイルでいた。彼女は、俺が"自らの身分"を偽っていたことを一番快く思っていない。そのせいか、俺がここを去ることを聞いて、面倒そうな顔をしていた。それについては仕方ないと思っている。だから、俺は深々と頭を下げて、これまでの非礼を改めて謝った。許してもらう為ではない。俺自身に、心残りがないようにするためだった。

 大図書館から慎みながら退出して振り返ったとき、丁度よく十六夜咲夜さんがいた。普段は常に仕事をしているような方なので、つかみどころのない、捕まえるのが一番難しい。そのため、最後に挨拶をすることになるかと思っていた。

 彼女は事情をよく知っている上にこの間も話していただけあって、あっさりとした手短な挨拶となった。



 そして、日々の報告を兼ねて、レミリアの部屋へ行く。

 この頃には既に月が登り始めていた。

 一通りの報告と挨拶を済ませた後に深々と頭を下げる。何だかんだ我が儘を言っていても、彼女のお陰で俺はこの世界で生き延びることができた。一番の影の功労者は彼女であるとも思っている。

 頭を下げている俺に対して、彼女は悠々とティータイムを楽しんでいる。彼女はカップを傾けながら訊ねた。どうするか決まったのか、と。もちろん決断は出来ていない。だから、返事の時まで考えます、と頭を垂れたまま仰仰しく伝えた。

 それに気づいたレミリアに退出を促されるまで、しばらくそのままの姿勢だった。

 そして、ドアに手を掛けた間際のことだ。珍しいことに、彼女は俺を呼び止めた。呼び止めて、「あー」とか「うー」とか唸った。言おうか言わまいか迷っているようだ。結局は意を決して口を開く。「明日朝、私の元へ来なさい」と。さらに照れ隠しのように、今日は人らしく夜は眠りなさい、と付け加えた。

 呼び出しの内容までは教えてくれなかったが、とても重要なことらしい。俺は二つ返事で了承した。



 いよいよこれが最後の最後だ。

 フランドール・スカーレットの部屋の前に立つ。昔は重鈍な鉄だったこの扉も、今では光を帯びたように真新しい扉に見える。もうこの扉に手を置くことも無くなるのだなと思うと、ただ切なかった。

 俺は丁寧に、貴重なものが入っている金庫のように開く。相変わらず薄暗い部屋だ。だが、今では壊れたものが散乱することもない。

 俺は呼び掛けた、彼女の名前を。しかし返事はない。起きているはずだと思い、着替えを持ってきたのだが、どうやら寝ているようだ。咲夜さんからは、緊急を要さない場合、特に妹様の場合は起こすべきではない、らしい。

 明日の朝にしよう、そう思って後の業務を妖精メイドに任せた。にっこり笑って引き受けてくれた。今ではこうしてフランのことを任せても嫌な顔をする子たちは少ない。たった一つだが俺が残すことができたのは、この笑顔だと思う。



 俺の部屋にて。

 物はない。ここにいることが少ないからだ。必要最小限、必須なものだけを置いている。

 ふと何かを思い出してクローゼットを漁ってみた。するとこの世界にやって来たときの服を見つけた。きちんと折り畳まれて奥の方に放置されている。多分、いつの時点か咲夜さんがそうしてくれたのかもしれない。

 久々に手に取って出してみる。触れた瞬間に外の世界のことがフィードバックする。

 そうだな、かれこれ1年もこちらにいるのだな。きっと行方不明になっているはずだ。保護者はどう思っているのだろう?友達は元気かな?考えると考えるだけ淡いシャボン玉のように浮かんでくる。気づけば頬に一筋温かいものが流れていた。それに気づけば気づくほど、流れは激しくなった。

 どうしようもなくなり、何だか一人で郷愁に浸っている自分が気恥ずかしくなって、着替えないままにベットへ飛び込んだ。




 目を瞑っているのだが、月明かりが眩しい。

 しばらく虚ろとしていたとき、群青色の海に一つの丸い大きな白浜の情景が、心に浮かんだ。心の海はかなり暗く見えたが、何よりも優しく、世界の悲しみを忘れさせてくれるようだった。

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