Ep.49 嫌われ者の妖怪
旧都を過ぎ、少し離れた場所にある洋館についた。
ん・・・?旧都はどうだったのかだって?
別に特筆することはなかった。本当に問題は起こらなかったよ。
ただ不穏な視線は集まった。しかし、伊吹萃香という鬼を見てなのか、ルーミアの影響なのか、どちらかはわからないが絡んでくるものは一人としていない。
「さて、着きましたが、俺はここの方々と話をすればいいってことなんですかね?いつもみたいに。」
俺はルーミアをみる。彼女はさっと視線をそらして、俺とルーミアの後ろの二人に目をやった。
彼女たちは互い互いに何度も目配せを行う。何やらよくわからないが複雑な(目の)会話だった。しばらく様子を見ていると、彼女たちは合致したようで、小さく頷いた。
今度はルーミアに代わり、美鈴が重々しそうに口を開く。
「ええ・・・。いつも通りで大丈夫です。ただ―」
「ただ?」
「私たちは館内には行けません。ですのでここで待っています。」
・・・藍に続いて彼女までもか。
美鈴は俺の口元をじっとにらむようにして加える。
「ここからは大丈夫ですよ。旧都とは違って、話を通しています。事故の余地はありません。」
「はあ・・・?」
◆
何故、彼女たちが頑なに館に入るのを拒むのか。
考えてみれば簡単な話だった。
この館、"地霊殿"には恐ろしい妖怪がいるからだ。
まずここで注目してほしいところは"恐ろしい"という定義だ。周知の通りだと思うが、各個人が恐怖する対象というのはそれぞれ異なる。たとえばピエロ恐怖症やトライポフォビアが有名だろう。まあ、他にいろいろ言ってしまえば死に対する恐怖や虫に対する恐怖などもあるだろう。(ちなみに俺は多少の閉所恐怖症のきらいがある)
つまり何が言いたいかというと、恐怖する対象はさまざまだということだ。
しかし、ここにいる現在の彼女たちに共通するものがあった。それは心を読まれることの恐怖だ。
妖怪の生い立ちや生き様はあまり面白くないということは小傘も言っていたことである。また、ヤマメの意図を引用すれば、それらに踏み込まれるのは喜ばしいことではない。
それを「心を読むことができる能力」は非情にも全部ぶち破ってしまう可能性がある。その上さらに、何かはわからないが、彼女たちは俺に関わる結構重要なことを八雲紫から聞いているらしい。どちらかというと、多分そちらの方の危機が大きかったのではなかろうか?
さて話を戻すが、この館には心を読む妖怪「古明地さとり」がいる。
彼女には話を通しているようだが、それでも彼女の能力は注意する必要がある。俺が能力を使えていれば問題はないのだろうが、心を読まれることは非常にまずい。俺自身の気持ちや外の世界のこともだが、なにより東方projectという世界についてである。
その世界観について知るということは、メタフィクション的に言えば、この先何が起こるかを知り得てしまうということだ。
八雲紫は、まさかこのことを・・・?
いや、そうならば自分から調べればいい話だ。俺をストーキングしていたように。
どちらにせよ踏み出す前に、今一度覚悟しておこう。
◆
唐草装飾の大きな扉を前にして一つ深呼吸をする。
そして意を決してノックを三度した。
「はい、只今ー!」
甲高い声がしたかと思うと、間もなく扉が開く。
「さとり様のお客さまですね!話は伺っています。どうぞ!!」
ゴシック調の服に、二つに分けみつ編みにした赤髪の女の子だ。しかし、彼女も人間ではない。その証に、猫耳と二本のしっぽが生えていた。
「それでは行ってきます。」
進む前に、俺はここまでお世話になった三人にお辞儀をした。
彼女たちはにっこりと笑って見送ってくれた。ただ美鈴だけはあまり笑っているという表情にみえなかったのが不安だった。
館の中に入った俺は少しばかし衝撃を受ける。
1つは、そこかしこに動物たちが闊歩していたことだ。そちらの方は原作の知識からある程度事情を知っていたために、大きな驚きではない。
もう1つの方だ。館に武者震いを覚えた。
なんの鉱石かはわからないが、青みがかった建材がドーリア様式で敷き詰められている。それだけでも素晴らしかったが、壁や地面ににちりばめられたステンドグラスからは淡く青白い光が漏れていた。その様子はまるでカタコンベのような神聖さがあった。
俺は薄暗い紅魔館に長らく住んでいたし、ここまでの地底は真夜中の如く、真っ暗の空だったから余計そう思ったのだろうと推察する。
「気に入ってくれたようで何よりです、―冴月麟さん。」
そう言って少女は、待っていたかのようにホールの大階段を降りてきた。
「あ―、さとり様。
今から応接間に上がろうかと思っていたのですが・・・。」
ふむと言って、さとりという少女は片目を閉じ、こちらを見る。まるで品定めをしているような顔つきだ。
「私はお手洗いの帰りに居合わせただけですよ。たまたまです。」
お見通しってわけか・・・。
これは猫の少女に言っているわけではない。俺の心の声に答えたのだろうな。
「まあ、立ち話もよろしくありませんから応接間に参りましょう。」
―応接間。
紅魔館の応接間は豪勢の限りを尽くした部屋で、自分としてはあまり落ち着かなかった。だがここは、逆に何も無さすぎて落ち着かない。確かに客を招くのに失礼はない程度の物は、揃えられている。単体について言えば、素人目からしても紅魔館の物品に負けないだろう。
しかし、それ以外はすべて排除されている。エントランスしかり、余分なものは一切置かれていなかった。
「中々に素晴らしい着眼点ですね。そういった雑談も含めて、お話いたしましょうか?」
「ええ・・・。」
彼女はまた片方の目を閉じてこちらを見る。
「そうですね。
お燐、お茶の用意を。」
彼女の指示を受けて猫耳の少女は退出した。
「―さて、まず自己紹介を・・・と思いましたが既に知っているようですね?」
嘘をつきたいところだが、最初のレミリアのようにはいかないな。
ここは正直に答えておこう。
「ええ。」
さとりは一瞬眉を上げた。
「そうですか・・・。私は八雲紫からそのような情報は提供されなかったので驚きです。
彼女から聞いた・・・わけではないようですが?」
彼女はじっと俺の目を見る。
応じて、俺もそらさずに彼女の瞳を見つめる。
部屋には一刹那の動きもない。
遠くでする動物の鳴き声さえも俺たちの間を交差はしなかった。
しばらくして諦めたかのようにさとりの目がそれていった。
「教えられない・・・ということですか。」
知りたければ心を読めばいいだろう?
「読みましたよ、もちろん。ですがその部分だけ砂嵐のように見えないのです。」
世界の理ってやつか?
知り得てはならない情報にはロックがかかるとかそういう・・・。
「あなたのいう世界の理が何なのかはわかりませんが、少なくとも変な力が働いているわけではないと思いますよ。」
どういうことだ?
「私からしてみれば、あなた自身が隠しているように見えましたが。」
俺自身が・・・・隠している?あなたに隠そうと思って隠せるものではないだろう?彼女の能力はそういうものだ。
もしも俺が能力を使えれば・・・―。
そう、頭によぎったときに気づいた。
「どうやら気づいたようですね。」
目を見開く。口もあんぐりと開いていただろう。
俺は俺のことがわからなくなった。
「俺は・・・能力を使っていたのか!?」
「そうです。あなたがかつて自分を偽った時のように、今もこうしてちゃんと使っている。」
彼女は俺の鼻先に向けて指差す。
「そもそも"能力"というのは隠そうとして隠せるものではありません。能ある鷹は爪を隠すとはよく言いますが、私たちの使う"能力"はそれとは別物です。」
指差した手を、今度は胸あたりにある第三の目に持っていく。
「私たちの能力は、言わばその人そのもの。その人が生きてきた人生や妖怪なら自身の存在を象徴しています。
まあ、その部分に関してはあなたは少々特別らしいですがね。」
しばらくしてお燐がお茶を持ってきた。甘いかおりのするローズティーだ。
ことりとお茶を置いた後、小さなお辞儀をしてふたたび退出していった。さとりという主人を気遣ってのことだろう。
俺としてはいてくれても構わなかったのだけれどな。
さとりは驚いたように眉を上げた。
「へぇ。あなたは外の世界から来たのですよね?だけれど、彼女が猫の妖怪ではなく火車だということを知っている。
絶対に間違うと思っていましたが。本当にあなたは一体・・・?」
それは言えないな。
「・・・。」
彼女はこちらを眺めながら紅茶を一口すする。
「・・・まさか、私が心を読むことに関して、こんなに妥協することになるとはですね。初体験です。」
・・・。
さとりは俺の心を読んで少し慌てる。
「こ、この話はおいておきましょう!別にわからなければ、わからないで良いのです!
―それよりも、私は今の地上や外の世界ついてのお話を聞きたいのですよ!色々な都合や職務の関係で、多くの時間を館で過ごしていますからね。興味あるのです。」




