Ep.44 別れの真実
「俺はあと少しで消えます。」
一同が騒然とする。
「少なくとも、"時"が来たらもうここにはいられなくなります。」
レミリアは頬杖をついて、それから目を閉じた。
「話を聞こうか。」
俺は一つ大きく頷く。
「俺の能力"観測不能を操る能力"を八雲紫が求めているのは皆さま周知のことですが、その目的は"博麗大結界の歪みを取り除くこと"だったようなのです。」
博麗大結界。
それは外の世界と幻想郷とを隔てるために八雲紫たちが築き上げたものだ。しかし、それは物理的に世界を分離しているのみにとどまらず、時間、現実、夢、幻想、それらすべての法則的な事象すらも分離している。
八雲紫の話では、その結界が、少しずつではあるが、"歪み"によって侵食されているそうだ。その歪みは結界と癒着していて、取り除こうにも取り除けない。八雲紫の能力を以てしても不可能らしい。
侵食を放っておけば、近い将来幻想郷は崩壊する。
俺の能力はその行き詰まってしまった状況を打破するのには不可欠なのだ。この能力さえあれば歪みを永久に発生させないようにすることができる。
しかし、大それた行いには相応の代償が必要である。
―・・・そして、その代償は俺の命なのだ。
ここで八雲紫は選択肢を用意した。
幻想郷のために、俺が死ぬか。
自分の生のために、幻想郷を捨てるか。
彼女はどちらを選んでも構わないと言っていた。心の底から言っていた。
もし八雲紫がいつものように胡散臭く、選択肢を提示しながらも選ばせないという癖の悪いことをしてくれれば、俺は死ぬ覚悟ができたかもしれないというのに・・・。
「なるほど。そういうことだったのか・・・。」
レミリアはゆっくりと息をはく。
「お前、フランが何であそこまで落ち込んでいるか本当に理解しているか?」
フランが怒っているのは、俺が嘘をついたからではないのだろうか?真っ赤な嘘ほど人を傷つけるものはないと思うのだが。
「違うな。
確かに嘘は人を傷つける。しかし、心を痛めるという点から考え直したらどうだろう?例えば、家族が訳もわからなくいなくなってしまう、とか。」
・・・?
・・・。
・・・あぁ、そういうことか。
「少し気づいたようだな。」
彼女は薄目を開いてこちらをみる。
「お前、年齢はいくつだ?どれくらい生きている?」
「20歳でございます。」
「うむ、思った通りの若造だな。」
立ち上がってこちらに近づいてきた。普段はわがまま放題の背の低い少女が、この時だけは何だか得体も知れない大人のように見えた。
「お前には長年生きるという意味がわかるか?」
「長年生きる意味・・・でございますか。」
「そうだ。
長年生きれば生きるだけ、反比例するように心が磨り減って、やつれて、壊れやすい。妖怪は肉体的には強いが、心が弱いと言われるのは、一つにそれがある。特に私たちのように誰かと共に生きている者ならばより顕著だ。」
レミリアはなにかを思い出すような顔をする。
「・・・私たちはな、それぞれに別れの悲しみや苦しみを持っているのだ。
いつまでも同じ皆と同じ時を過ごしていたい。そうは思っても世は諸行無常、いつかは別れる運命だ。
こればかしは私の能力をしても変えられることはできない。・・・いや、変えてはいけないのだ。"法則"とはそういうものだ。」
居たたまれないような彼女を見て、俺は思い出す。レミリアとフランの過去を。
些細な出来事で村の皆が殺され、果ては両親までもを失った。フランに関しては、その時一番の親友だった男の子を目の前で殺害されるという悲惨な別れ方をした。
俺は目を閉じてゆっくりとフランの顔を浮かべてみた。
当時のことをはっきりとはイメージすることはできないが、フランのどうしようもない悲しみに絶望する顔だけは何故かくっきりと浮かんだ。
そしてそれは、八雲紫からこのことを聞いたときの顔とよくにていた。
レミリアは俺の右腕を少し強く握る。
「お前、いや、あなたはこれまでずっと外の世界へ帰りたいと思っていたのかもしれない。だから、ここでの思い出はそこらの砂程度に儚くも下らないものだったかもしれない。」
そんなことはない。
俺は外の世界に帰りたいと思っているが、彼女たちのことを下らないなんて思ったことは一度もない。
それは、彼女たちが大好きな東方に登場するキャラだからではない。
「でも、紅魔館の皆にとっては、・・・―フランにとっては、あなたは揺るぎない一人の"家族"なのよ。」
彼女は急にこちらを直視していた頭をうつむかせる。
「私は姉だからよくわかる。
フランはあなたに嘘をつかれていたことよりも、あなたを失うことのほうが衝撃だった。
だから彼女は怒っていたのではなく、どちらを選ぼうとも結局はあなたを失ってしまうことを悲しんでいるの。」
掴んでいる手がさらに強くなる。長くとがった爪が俺の長袖の制服に食い込んで少し痛い。
「これは・・・紅魔館としての、お願いよ・・・。」
レミリアは詰まり詰まりながらも言葉を吐き出す。
「―・・・外の世界に・・・帰りなさい。」
◆
それから間もなく議論の場は解かれた。
皆はざわめきながらも応接間から解かれていく。
広い空間に残っているのは、純に俺とレミリアだけである。
「俺が帰ってしまったら、幻想郷はいずれ崩壊するらしいのでございますよ。
なのに何故そのように勧めるのです?」
先程から変わって、落ち着いて玉座に座るレミリアはパイプをふかし始めた。普段はタバコなどすいもしないのに、この時だけは咲夜さんが用意したくすんだミアシャムのパイプをくわえている。
「そうみたいね。」
「どういう意味かわかってますか?」
「当たり前よ。」
「ここにいたら一緒に消えることになるんですよ?」
「愚問ね。」
「消えるのは・・・怖くないんですか?」
「怖いわよ。それに嫌よ。」
彼女は一口煙を含んでゆっくりと味わう。
「でもね、もっと怖いし嫌なことがあるのよ。
・・・わかる?」
「フランお嬢様のことですね。」
「よくわかっているじゃない。
もしあなたが幻想郷を助けて消えたならば、フランはきっと"あの時"のようになる。
そんなのは私が耐えられない。
妹のために幻想郷を見捨てろなんて浅はかだとは思うだろうけれど、私には妹のほうが大事なの。」
「わかりました・・・。
なら、一緒に外の世界に行きましょう!そうすれば死ぬこともないです。」
すると今まで吸っていたパイプを置いた。
「無理よ。
例えできたとしても、不幸な結果に終わるでしょう。」
「何故です?」
「私やフラン、美鈴のような力のある者たちが外に出られたとして、妖精たちはどうする。見捨てろとでもいうのか?」
・・・。
「私は夜を統べる王である。
・・・が、そもそもキングというのは下僕や臣民がいてこそ成り立つものなのだ。当たり前すぎてあくびの出る話ではあるけれど、臣民無くして王位無し、王位無くして臣民無しということよ。
こう言っている意味がわからないあなたではあるまい?」
つまりは例え他人から見て取るに足らない妖精一匹だとしても、紅魔館にとってはやはり大切な家族ということである。
そんなことは、きっと常人なら言わない。それは、人間のような短い人生の中ではどんなに不幸だろうと、自分の手のひらから落ちていくことの怖さを真に理解できないからだ。いや、理解する間もなく去ってしまうからだというのが正しい。
しかし、約500年前にすべてを失った彼女だからこそ、そして、現在に至るまで通りすぎるように得ては失っていく輪廻を見てきた不死だからこそ、そんな気持ちになるのだろう。
「まあ、こうは頼んでみたものの、どちらにしても最後はあなたが決めるべきなのでしょうね。」
そう言って再びパイプを手にして、煙を飲み込む。
結局は俺次第か・・・。
とは言え、彼女の進言は助けになったと思う。決定打まではいかなくとも心の中で何かしらの動向があったのは、自分ながらも気づいたことだった。
「さて、あなたはこれからどうするのかしら。早速フランにでも会う?
・・・いや、そろそろ八雲が来る頃でしょうから、とりあえずはそっちの方に取りかかるべきかしらね?」
ああ、もうそんな時間か。
・・・というより、本当に交渉に成功したのだな。よくもまあ、事情を説明せずに授業ならぬ修業の許可が下りたものだ。
果たしてどんな手段を使ったのやら。
「・・・別に。」
聞いてみても帰ってくるのはこの一言だけだ。
深入りして聞いてみてもよいかもしれないが、あまりそこら辺の闇に関しては触れない方がいいかもしれない。
◆
さて、現在俺は八雲藍を迎えるために門にたって出迎えをしている。
もちろんフランのことはすごく気がかりだ。真っ先に挨拶にでも、と思うのだが、どうも足が向かわなかった。それは、フランが怒っているのではなく、悲しんでいるのだということ。そして、彼女たちから家族だと思われていたということ。―だからこそ、俺がフランとどう向き合っていけばいいのか分からなかったからである。
礼には反しているが、先程のレミリアの勧めに従って先に藍の方に気を向けることにしたのだ。
「いやー、それにしてもあなたが外の世界の人間で能力持ちだったとはね。」
俺とは違って、ほぼ毎日門の前に立っている美鈴は感心しているような調子で声をかけてくる。
「感心するようなことではないですよ、紅さん。」
彼女は井戸端主婦のような手仕草で否定した。
「いやいや、そういうわけではないんですよ。感心・・・というよりも関心といった方が正しいです。
もちろん、フランお嬢様が更正なされた件に関しては感心してはいますけどね。
―後ですがね、最初会った時言ったようにわたしのことは紅ではなく美鈴と呼んでくださいよ。」
青丹よしの旗袍に白磁の褌をはいた、烈火の長髪の女の子が、いかにも太陽のような笑顔を見せる。これが紅美鈴という女性だ。館の内部が薄暗く落ち着いているため、それに見慣れてしまっていて、こうも明るいのは案外目新しい。
「興味を持ってくれるのは嬉しいことですが、大したものは持ち合わせてませんけど・・・。
強いて言うなら、この能力ぐらいですかね?」
「まあ、能力に関してはゆ・・・八雲の関心事ではあるけれど、私の興味は別のところですね。」
別のところ?外の世界から来たってことかな?
しかし、それは珍しい話ではないと思う。人里にいたときにも、外の世界から来たという人物はちらほらいるみたいだったし。
「ええ、人里ではそうでしょう。
ただ、こんなに身近では珍しいのです。
「なるほど。」
「ちなみに麟君は漫画とか好きですか?」
そういえば彼女は漫画、書籍をよく読むのだったな。
フランの使いで図書館に行っていたときに、たまに彼女とすれ違う。小説だったり漫画だったり歴史書だったりはするが、その手には必ず本が握られていた。
「まあ、ほどほどに好きですね。」
美鈴は良かったという風に満足げに胸を撫で下ろす。
「私も外の世界の漫画は好きなんですよ。特に格闘ものとか心踊ります!」
「美鈴さんらしいですね。
・・・ところで拳法の達人のあなたから見て、ああいうのは読んでいていかがなものなんですか?」
「楽しいですよ。
現在にはこんなのは不可能だとか、何とかイチャモンを付けることはできますが、そんなことは些細な問題なのですよ。読んでいるだけで、それでもう誰しもがその固有の"世界"に入り込める。そこには種族年齢能力は関係ありません。
だからこそヒトは知識娯楽の共有媒体としての本を愛しているのではないでしょうか?」
「そうかもしれませんね。確かに外の世界でも自分の格闘技の漫画を好んで読む格闘家も珍しくありませんし。」
そういうものなのです、と言った後、彼女は鋭い素振をひとつ決める。
拳の軌跡は、驚くことに虹色に輝いていた。
美しい・・・ただそれだけが俺の感想だった。
「まあ、幻想郷では現在も絵空事も同じことですけれどね。」
そう言って微笑みかけてくれた。
門から見える昼下がりの空は、光々しくも柔らかく、ただただ、あたたかかった。




