Ep.40 稗田阿求
翌日。
今朝は少し寝坊がちになってしまい、大慌てで寺子屋へ向かった。
「おはよう、冴月!」
上白沢さんが手をふる。
俺は対してふりかえした。
「おはようございます。申し訳ございません、遅くなってしまって・・・。」
上白沢さんは朝日のような笑顔になる。
「いや、全然遅くないから大丈夫だぞ。」
「そう、ですか。」
「うむ!」
少しするとわらわらと子どもたちが
やってきた。
「そういえば今日は特別授業って言っていましたが、何をするのでしょうか?」
子どもに向けた笑顔のままこちらを見る。
「それは特別講師に授業をしてもらうのだ。」
「特別講師?」
上白沢さんは顔を町の方に向ける。
「ほら、彼女だ。」
やってきたのは華やかな和服に身を包んだ年端のいかない少女だった。
「こんにちは、上白沢先生。」
「こんにちは、阿求。」
「して、そちらの男性は?」
首をひょいと曲げて不思議そうに見てくる少女はしかしながら、年相応にも思えた。
「ああ、彼か?彼は"紅魔館"の執事の冴月麟だ。今はとある事情で人里にいて、それで教師をしてもらっている。」
「あの紅魔館の!?見た感じは普通の人間に見えますが・・・。
それに、事情ですか?どのようなものかお尋ねしたいですね!」
思いの外食い付きがよかった。いや、食い付きがよさすぎだ。俺としてはできれば聞いてほしくない。気分のいいものではないからな。
俺は、答えないでほしいという目線を上白沢さんに送る。
彼女は阿求にわからない程度に軽くうなづいてくれた。
「聞かないでくれないか?あまりいい話ではないのでな・・・。」
阿求は不満そうに眉を反り返らす。
「むー。私だけ仲間外れですか?ならいいです。そちらの冴月さんに教えていただきますから!」
彼女はこちらに向き直る。
異様な好奇心は子どもそのものだった。
「冴月さん、教えてくれますか?」
「初対面の相手に素っ気ない態度をするのは喜ばしいものではありませんが、申し訳ないですが、聞かないでください。」
「はぁ!?」
彼女はさらに不満になる。
「あまり気分のいいものではありませんね!」
そういって彼女は寺子屋の中にずかずかと入っていった。
「すまないな、彼女は頑固だから。」
「いや、別に謝ることでも・・・。」
阿求・・・とか言っていたな。
彼女は稗田阿求だろうか。風体は俺の知識のイメージ通りなのだが、何と言うか・・・性格的なものがだいぶん違う。人間なんだから偏見や視点はあるだろうけど、頑固と言うか、子どもっぽいと言うか、そんな性格が大々的に表に出されるようなイメージはなかった。
「そんなことより、もうすぐ授業です。俺たちも中に入りましょう。」
「ああ、そうだな。」
彼女の授業、題して「阿求ちゃんのよくわかる妖怪対策」。
必要とあらば里から出なければならない村人としては、妖怪と出会うということは命に直結する事態だ。事実年に数人は妖怪に食べれているらしい。弱い妖怪でも退ける力があるのであれば多少は安全かもしれないが、今の俺や普通の人間にはそんなことはできない。何の知識もなければただの餌が歩いているのと同義だ。
だからこそ、こういった教育の場で、寺子屋で授業をするのだろう。
「それじゃあみなさん、妖怪には会ったことはありますか?」
そんな話の切り出しかただった。
子どもたちは、「ないなー。」とか「みたことある!」といったざわめきで答える。
おいおい、小傘もれっきとした妖怪なのだが?彼らの目からしたら彼女も愛玩動物ごとく恐怖の対象としてみられていないのだろう。
哀れなり小傘・・・。
「そうですね。見たことがある人もない人もいますが、妖怪に会ったなら逃げるのが一番でしょう。
しかし、妖怪は恐ろしい上に人間よりも強いので、すぐに追い付かれてしまうかもしれません。そうなったときのために、これからどうすればいいかをお話しします。」
そして彼女は一枚の大きな紙を黒板に張り付ける。
そこにはマンガ風に描かれたルーミアがあった。画風が求聞史記ほぼそのままである。何だか有名な漫画家に出会ったような感動があった。
「まずは闇の妖怪ルーミアです。この妖怪はまれに人里に近づいてくることがありますね。」
子どもたちからは、見た見たと騒ぎ立てた。
「彼女は頭は悪いですが、凶悪です。しかし、安心してください。彼女の行動する時間帯はほぼ深夜で、しかも気を抜いていなければすぐわかります。なぜなら彼女は人を襲うとき大きな闇をまとっていますから、黒い塊が見えたならそうです。それに、その暗闇の状態では本人も相手が見えてないらしいですよ。
だから、見つけたら落ち着いて逃げましょう。」
子どもたちは元気よく、はーいと返事をする。
俺はこの部屋の中にいる人の中で一人だけ視線を落とした。昨日ルーミアと話したこともあって、阿求とはまた別の視点を持っているからだ。友達、親しいという言葉とは違うのだが、そんな彼女をただの人敵として捉えられているというのがなぜだか悲しかった。
人間のくせして妖怪に同情的になるのはおかしいのだろう。現にルーミアは人の恐怖の対象として生きることを望んでいた。そうならば、その同情的すらも彼女にとって迷惑かもしれない。それでも、それを考えても、俺は何だか悲しかった。
なぜだろう?なぜだろう・・・。
多分それは、怒りっぽくてわがままで、優しくて思いやりがあって、妖怪でありながらヒトとの関わりを望むフランドール・スカーレットという少女を思ってのことだろう。
この光景を見て俺は、ああ、きっとフランのこともこんな風に言われているのだろう、と思ってしまったからだ。俺がずっと嘘をつき続けてきたことで不仲になってしまったが、それでも俺はずっと彼女のことを気にかけている。咲夜さんは人と関わることを快くは思わないそうだが、しかし俺はあわよくばフランを人里に連れてこようとも思っている。
でも、こんな調子では前の二の舞になってしまうのだろうな・・・。
その後もこんな感じで授業は進んでいった。俺がまだ知らない妖怪とかの話もあって、まあ多少の参考にはなったのだが、どうもルーミアの話が頭から抜けなかった。
子どもたちは元気に方々へ散っていった。
「お疲れ様だな。」
上白沢さんはにこりと笑いかける。
「お疲れ様です・・・。」
俺もついで挨拶をした。
「まあ、いつも通りでしたね。こちらとしてもいい感じです。」
妙にスッキリした顔で阿求は話す。
「それでは私はこれで失礼します。」
彼女は帰ろうと踵を返す。
俺はそれに待ったと声をかける。
「はい、なんでしょう?」
「あの・・・紅魔館のフランドールお嬢様のことはご存知ですか?」
彼女は驚くこともなく、不適な笑みを浮かべた。
「ええ、もちろんです。」
「どう・・・思いますか?」
彼女は躊躇いもなく答える。
「キチガイですね。
噂では最近人里で暴れたようですが。正気の沙汰ではありません。困りますよねー、"わきまえて"ない妖怪がいるなんて。そんなバカな妖怪なんて、傘をなくして焼け死ねばいいのに。」
そしてわざとらしく、あら!と気づいたふりをする。
「そういえば、あなたは彼女の執事でしたね!あらあら、面と向かって"思った"ことを言ってしまってごめんなさい。
でもあなたも大変ですよね~。あんなボンクラな主に使えているなんて。何なら私の下ではたらきませんか?私の屋敷は少し男手が足りないので大歓迎なのですが。」
・・・。
「それは本気で言っているのですか?」
「ええ、もちろん。」
俺は無言で左拳をふりあげる。阿求はビックリして尻餅をつく。
それを見た上白沢さんは小さな体で必死に俺を羽交い締めにして止めた。
「落ち着け、冴月!暴力で解決する事態ではないぞ!
それに、阿求!何を言っているんだ、いつものお前らしくないぞ!?」
「知らないですよ、上白沢先生!」
暴れる俺を引きずられるような形で上白沢さんは止め続けている。
「とにかく、これはお前が招いたことだ!早く謝るんだ!」
阿求はしばしキョロキョロと目が泳いでいたが、最後には立ち上がってそのまま逃げるようにして帰っていった。
「・・・。」
窓から阿求が逃げていくのを見終えた俺が暴れるのを止めたとき、上白沢さんも止めるのを止めた。
「・・・あそこまでわざとらしく悪態をつく彼女が一番の問題だが、それでも、暴力をふるおうとする軽薄さは感心しないな。君らしくもない。」
「俺らしくない・・・。」
確かにそうだ。
いつもの俺なら納得するか、何かしらの言い分を見つけて反論していたはずだ。
俺は、今俺が何をしたのかわからなかった。
「お取り込み中だったようですね。」
阿求と入れ替わりにやってきたのは八雲藍だった。
「ああ、阿求とちょっとな・・・。」
俺は、はあとため息をつく。
「知っていますよ。こっそり見ていましたから。」
「そうか。」
彼女は少し俺を見て、何か悩んだ顔をする。
「どうしたんだ?」
「いえ、本当に何を考えているのやら、と思いまして。」
「どういうことだ?」
「特に意味はありません。そんなことより人が来ていますよ。」
「ああ。」
今までここの部分は語るのを控えていたのだが、今回は語ろうと思う。その理由については追々話そう。
「さて、ご相談ということですが、何かあったのですか?」
相手は俺より少し年上の男性である。上白沢さんの話によれば商店の若頭のような立場らしい。
「そうなんだよ、麟くん。何だか最近、商店に人里の外から買い物に来るヒトがいるんだ。」
「霊夢とかではなく?」
「ああ、あの巫女さんとかではないんだ。初めて見る顔だ。しかも金髪のえらくペッピンさんときた。」
「いいことじゃあないですか。」
彼は納得したような困ったようなどっち付かずの顔をする。
「それがな、どうも不気味なんだ。綺麗すぎると言うか、まるで動く人形のようで・・・。無愛想ってほどでもないんだが、ほとんど話さないんだ。商店どうしでも何だか変な女性だなぁという話になってね。
安心して接客をしたいからできれば彼女について調べてほしいんだ。」
何かしらのひっかかりはあるが、とりあえず相談役として確認するべきである。
「なるほど、わかりました。」
そういって連れてこられたのは商店大通である。上白沢さんは次の相談者のために寺子屋で待機している。
「いつ現れるんですか?」
俺と若頭さんはあたりを見渡す。
「大体この時間に彼女は現れるんだ。」
少しして彼が、あっと声をあげた。
「彼女だよ!彼女だ!」
指差したその先を見ると、金髪のショートウェーブでピンクのカチューシャをした女性が大通を歩いてきた。確かに人形のように綺麗だ。
それと、手提げの編みカバンには小さな人形が入っているのを俺は見逃さなかった。
「まあ、とりあえず話しかけてみましょうか。」
若頭は俺の腕をつかんだ。
「待ってくれ!」
「え!?なんでですか?」
「・・・もしかしたら悪い妖怪かもしれない。追及して正体を現さないとは限らないから、少し様子を見よう。
な?な?な?」
必死そうな顔をする若頭を見て、なるほど、そうかもしれないとも思った・・・訳はなかった。
寺子屋での相談を聞いて薄々は気づいていたのだが、姿を見て確信した。彼女は多分「魔法の森」に住んでいる魔法使い、アリス・マーガトロイドだ。例のごとく外の知識からのイメージとぴったしだったからな。
人形を引き連れた、そして自身も人形のような金髪の少女。確か彼女は危険度は低く、逆に人間友好度は高いはず・・・。だから、若頭の言うような危険はないはずだ。そもそもそれ以前に、不気味ではあるが悪さはしていないし、しかも彼女が来たことで商店が騒然としていないと言うのなら、何ら問題ないはずだ。
それなら何故若頭はこうも警戒するのだろうか?そもそも彼女に対して警戒しているのだろうか?
今度は彼の言動を咀嚼する。見た目浮わついたような感じではないが、彼女をベッピンさんだと誉めていた。大体現れる時間を把握していた。そして何より実力者の上白沢さんではなく、俺に相談を持ちかけてきた。
邪推ではあるがもしかして・・・。
「一目惚れですか?」
彼はこの冬の寒さに湯気がたちそうなほど顔を真っ赤にした。
「・・・ち、ちょっとな。」
「じゃあ、他でもない俺に話を持ちかけたのは―。」
「誰だって母親には最初は相談しにくいだろう?」
そういえば上白沢さんは純粋な人間ではなかった。純粋な人間ではないということは、寿命も人間のそれとは違う。彼女の昔語りを考慮するなら少なくとも百年は生きているはずだ。しかも人里唯一のよき教師であり、さらに、よき相談役である。それをずっと続けているようだ。
だがら、ここのヒトにとっては上白沢さんは母親に近しいものなのだろう。
「他の商店の者たちにだって話したくない。・・・恥ずかしいから。
それに多分、俺のことをよく知っている人ならすぐにでも"そのこと"に気づいているだろう。どうやら顔に出やすいタイプの人間みたいで。
そこで思い当たったのが麟くんだ。君は里の相談役や商店の買い物とかでけっこうな評判になっていたからね。直接すれ違うことはあっても、ほぼ互いに話したことはない。うってつけの立場だったんだ。
でも、まさかこうも早くバレるとは思わなかったよ。」
「・・・まあ。」
「騙して連れてきたのは謝る。でも、そこで改めてご相談させてくれ。
今度は、私と彼女との仲介をしてもらいたいのだ。よろしく頼む。」
素直で情熱的な人だなと思った。
恋愛相談も相談役としての役目なら、もちろん乗るべきところである。
しかし、その後の話によれば、俺に関してかなり勘違いをしたところもあった。
それは、俺が女性交友の多い(その女性というのもほぼ妖怪ではあるが)恋愛経験豊富な人間として語られていることである。思えば確かにフランとか小傘とか上白沢さんとかとの交友はあるから、あながち全てが間違いだと指摘することはできない。しかし、恋愛経験豊富な人間だという点については別だ。とは言っても恋愛未経験というわけではなく、外の世界では人並には付き合ったこともある。だからと言って、人に教訓が与えられるほど熟知しているのかと聞かれればそこまでではないのだ。
「大したアドバイスなんてできませんよ?それに、もしかしたら酷く失敗するかもしれません。」
彼は赤面のまま恥ずかしげではあるが、にっこりと笑う。
「もちろん。これから頼む時分、そんなことで君を責めたりはしない。
私が一番問題としているのは自ら止まることなんだ。誰しもいつかは一歩を踏み出さないといけない。さすがに今回私一人では心細いけれど、誰かと一緒ならそれもできる気がするんだ。
成功なんて二の次だ。先ずは私が行動しなければ・・・。」
なんだか身につまされるような話だった。自分のこととなると、肝心なところでいつも一歩を踏み出しかねている、要は、手をこまねいている俺をして、彼の言葉は何だか他人事と思えなかった。彼にはそのつもりはなかっただろうが、一つ教訓を教授された気分であった。
「わかりました。喜んで手伝います。」
若頭はパッと目を開いて嬉しそうにした。
「ありがとう、恩に着るよ!」
俺たちは遠くで買い物をしている金髪の少女の方に向き直る。
「尾行するとして、しかし、これからどうしますか?彼女、外に向かっているみたいですが。」
確かあちらは「魔法の森」だ。つまり彼女は買い物を済ませたから、帰宅しているということのようだ。
「さすがに俺は妖怪から身を守る手段を持っていないのですが?」
そこで若頭は小豆色の着物の懐から一枚のお札を取り出す。
「それは?」
「護身用のお札だ。私の家系に代々伝わる由緒あるお宝。その言い伝えでは、これはどんな災厄からも身を守ってくれるらしい。」
まるでどこかのセキュリティ会社みたいな言い文句だな。
それでもその朱のお札の仰々しさからして、確かに悪そうなものから守ってくれるような雰囲気は醸し出している。
とりあえずは俺は安心した。
「それでは安心して追っていきましょうか。」
「ああ、そうだな!」




