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赤執事 ~Scarlet's Butler~  作者: 鬼姫
【朱執事】近朱必赤編
37/65

Ep.37 レッスン「認識」

「簡単な話は紫様ご本人から直接うかがっていますよね?」

「ああ。

 自身ではなく、他人の認識をまるまる変化させてしまう、のだったかな?」

「そうです。間違いではありません。

 さて、それではこれからする話はとりあえず紫様からのマニュアル通りに進めていこうと思います。」


 うん?変わった物言いだ。

 修行をする立場なのに、マニュアル通りに進めていくという宣言はわざわざ必要だろうか?まるで自分は理解できていないけれど、とりあえず上司に言われたからそのまましていのだと言った風である。


「ええ、その通りです。

 なぜならあなたの能力は誰にも理解されない、理解できない能力だからです。」

「だとすると、それこそおかしな話ですね。理解できないはずの能力を、なぜ八雲紫さんは理解しているのでしょう?」


 彼女は懐から取り出していた紙束から一旦目を上げる。


「それは、わたくしには分かりません。

 しかし、話によるとこの能力を理解することだけは、実は誰にでもできるらしいのです。」

「誰にでも・・・?」

「理解されない、理解できていないという状況を作り出している理由は能力の本質にあるそうです。

 "観測不能を操る程度の能力"。

 要はそれについて観測してしまえば良いのです。観測してしまえばそんな能力があるのだということは理解できるそうです。もちろんあなたが力を使って知られたくないと強く思ってしまえば話は別ですが。」

「当たり前のような話ですね。知りたいと思えば知ることができるし、知りたくなければ知らないままなんて・・・。」


 彼女は首を横にふる。


「それは違います。

 この能力の本当に恐ろしいところは、他人から伝えられた知識として能力を理解しようとすると記憶にフェードがかかって阻害されるということです。今の私がまさにその状態です。

 だから、知りたいと思うだけでは不十分で、知ろうという意思で自らあなたを観察しなければいけないのです。」


 だとすると、八雲紫のストーカーじみた観察もただの好奇心だけではないのかもしれないのだな。


「それでは、話を進めていきましょう。まずはあなたの能力についてです。」


 彼女はばさりと紙を教卓に広げる。


「確かにあなたの能力は他人の認識を変化させることができます。

 しかしながら、それは狭義の能力を解釈したにすぎません。実際には、その能力の応用性は非常に広いのです。」

「というと?」

「マニュアルによると・・・細かいところだと先程から述べている認識の変化。そこから、実物を文字どおり変化させることができるようになり、果ては法則にもその力が及ぶ、と・・・。」

「すごく中二病くさいマニュアルですね。」


 藍は首をかしげる。


「中・・・二病?」


 どういうことだろうと言っている顔である。

 ああ、彼女はそういう類いの俗語には疎いのか。


「痛々しい設定が書かれたマニュアルですね、ということです。」

「ああ、そういうことですか。

 まあ、能力自体はチート的であると何となくは思いますよ。しかしながら、それは磨いていかないといけません。

 実際のところ、能力の文字面は重要ではないのです。」

「能力を高めることが大切だ、そういうことですか。」

「はい。能力というのは言うならば一つの種に過ぎません。個個人で成長させなければ宝の持ち腐れです。」


 だとすると、どこぞの巫女さんは正に持ち腐れだな。

 あれこそ解釈次第、鍛練次第でどこまでも強くなりそうだ。


「・・・それについてはわたくしも思いますね。

 しかし、能力の種なんていうのは、ただの発端に過ぎません。努力によれば早かれ遅かれ、他の優秀そうな能力に勝るということは多々あることです。」


 確かにそうだ。

 例えば、紅霧異変前に出会ったチルノ。

 彼女の能力は"冷気を操る程度の能力"だ。ありがちな能力ではあるが、しかしその影響力はどの妖精よりも強い。他にも太陽、月、星などの能力を持っている妖精たちはいるが、彼女は妖精の中では桁外れだ。


「今の俺の能力は弱いのだな。」

「そういうことですね。

 認識を変化させることはできているみたいですが、確かに自在には扱えていないそうですから。能力が弱いというよりも、能力に振り回されているのでしょう。」


 能力が特殊なだけにその問題は重大だ。

 自分、もしくは、狭い範囲内での他者に及ぶだけならばさほど問題ないのだが、他をまるごと変化させてしまうならば話は別だ。


「自由自在に操るためにはどうしたらいいですか?」


 彼女は広げた資料から一枚手に取りさらりと黙読する。


「それについても書かれていますね。

 ・・・ふむ、どうやらそれは達成されているそうです。」

「達成されているとは?」

「紫様と数日前にお話になられたでしょう?あの時に達成されたのです。

 あなたが能力を使いこなすための第一条件は、それについて知ること。

 本来は誰にも理解されない能力ですから自身で把握する必要があると思いますが、この手続きは紫様が省略したようですね。

 そして第二条件は、把握した後に一度でも自分の意思で能力を使用すること。」


 第二条件、それもあの時に終えた記憶がある。

 それは俺の名前をフランに明かしたことだ。あれ以前には隠されていた名前を自身の能力で明かしたのだ。


「前段としては直接紫様が導いてくれたため、わたくしがすることはここからです。

 全体の概要として、まずは他人の認識を変化させる練習をしていただきます。それに慣れたら次は対物の練習を。最終的には法則を変化させていただきます。」


 人里にいるのはあと数日だ。その短期間でそれほどの容量をこなしていくのは、中々ハードスケジュールだな。


「いえ、もちろん人里にいるときにはここを使わせていただこうとは考えています。しかし、あなたが紅魔館にお帰りになってもこちらからレクチャーしに伺わせていただくつもりです。」

「え・・・?大丈夫なのですか。八雲と紅魔館の連中とは折り合いが悪いのでは?」


 彼女は薄硝子の木窓から太陽がさんさんと照る大通りを眺める。


「折り合いが悪いことと、訪ねることができないということは別物です。こちらには切れる手札はいくつか持ち合わせています。それで交渉してみます。」

「ダメだったら?」


 こちらを向き直って、黄金色の瞳を固くして俺を見つめる。


「ありえません、八雲の名を持つ者がこの程度の交渉に失敗することは。」

「優秀なネゴシエーターですね。外の世界にいたら引き手余多だ。」

「交渉術に関してはその自負はあります。」


 顔は変えないが自信満々である。


「さて、概要を説明したところで本日の修行にのぞむことにいたしましょう。」



 こうして、2時間ほどにわたり八雲藍の英才教育を受ける。その詳細については、別段筆述するほどもないほどかなり地味であったため、省略して概略のみを述べさせていただく。

 その内容についてだが、初回だからだろうか、修行という修行ではなくさほど苦しくはなかった。ただのオリエンテーションみたいなものだった。

 その冒頭の話によると、能力が無意識に発動しなくなった現在、意図的に他人の認識を変化させるには、強く"願う"ことが大切らしい。

 まず言っておきたいことがあるが、無意識にできていたらしい頃とは違って、そうすぐには達成できたかった。まあ、簡単に願えば物事がかなうなら運任せも神頼みもする人などはいない。だから、強く"願う"というのは、自分が思いうかべる"それ"を、当たり前のことだと強く認識する必要があるらしいのだ。

 実にこれは人間あらざる考え方だ。なぜならば人間のモノの見方というものは、目の前の物事に対しては五感に寄ってしかありえないからだ。ありもしないことを「"そう"であることが当たり前だ」という認識にするには、五感に依るものではなく、言うならば、第六感に依らなければならない。空想、妄想、理想、つまりは根も葉もない出来事を当たり前だと振る舞うことに対しては、人間の無意識下の理性が否定的に働いてしまうので難しいのだ。

 もちろん、人間についてよく把握している彼女は、その壁にぶつかってしまうことを予測していた。特に外の世界の人間には、幻想郷の存在すら非現実的である。その意見は今でも俺の心のなかに変わらずあった。もしかしたらこれも夢うつつなのかもしれない、とも思っている。

 そこでその問題に対して提案されたのは、幻想郷の能力者たちに出会うことだった。



「つまり、これから沢山の人々に会え、ということですね。」


 藍はうむと首を縦にふる。


「非現実を受け入れるためには、非現実に慣れるのが手っ取り早いのです。あなたの場合は、外の世界に帰りたいという願望があるので、完全に非常識と手を繋ぐことはできないのでしょうが・・・。」


 外の世界に帰りたい、ね・・・。

 あと数ヵ月、とりあえずは俺の帰還を優先するとしても、八雲紫のお願いをするとしても、どちらでも融通が利くように修行してもらっているのはこの通りだ。

 しかし、肝心の決断はまだまだできていない。


「・・・まあ、でも人と会うことは経験としては悪くない話です。」


 決断はできていないが、人と会うことで新たな道が開けるかもしれないしな。


 八雲藍は前向きに考えている俺を見て、安堵した。


「では、今回は終わりだ。」


 今日はおしまいだ。

 外ではもう、空が群青色に染まっていっている。




「八雲がここまで他人に関わるなんて、天変地異でも起こりそうだな。」


 授業を終えた八雲藍が帰っていくのを見送り終えようとしたとき、上白沢さんはそう呟く。


「天変地異、ですか・・・。」


 彼女の定型文句に対して、俺は含蓄のある言い方をした。

 それに気づいた彼女は、不思議そうにする。


「どうかしたのか?」


 俺は視線を落とした。


 どうかしないこともない。もしくは、どうしようもないと言うべきだろうか。

 八雲紫からは特に話すなと言われていないので、胸の内を明かしてもいいのだろう。むしろ人里の守護者としては、知っておくべきなのかもしれない。


「上白沢さん、落ち着いて聞いてください。」

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