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赤執事 ~Scarlet's Butler~  作者: 鬼姫
【朱執事】近朱必赤編
32/65

Ep.32 フラン、語る

 私、フランドール・スカーレットはその日起こったことを忘れない。




 それが起こったことを知るきっかけは、私が部屋で漫画を読んでいたときだった。

 前ぶりもなく、鉄の扉を開く音がする。こんな遅くの朝一の時間帯に無礼なのは誰なのかと少々イラついたのは正直な気持ちだった。


 そもそもこの部屋にくる人物は給仕の時に顔をのぞかせる咲夜かメイド妖精か、たまに読書をしようと呼ぶパチュリ―ぐらいである。


 予想外にもそこに立っていたのは私の姉であるところの、レミリア・スカーレットだった。

 さて。お姉様とはここ数日険悪だった。それは、執事がこの館からいなくなって私が寂しくなってしまい、無断で会いに行ったことが原因だ。だが、そのことについては過ぎたことである。時間が経てばなし崩し的にうやむやになるだろうと思って、いつものようにお姉様と適当に距離をとっていた。


 しかし、今回は全くあり得ないことに、逆にお姉様からアプローチをしてきた。険悪さが抜けきれないこの時期に。


「フラン、応接室まで来てちょうだい。」

「また説教かしら?お姉様も懲りないわね。」

「違うわ、ただの緊急事態よ。あなたが必要なの。来てもらえるかしら?」


 頼んでいる風をして、口調はいつものように高飛車だ。そこが私は気にくわない。

 だから、こう言うとき私たちの間ではお決まりの文句があるのだ。


「頼みごとなら土下座をして懇願しなさい。それ以外では受け付けないわ。」


 こういう台詞は相手が応じなくとも気持ちがいいものだ。もちろんお姉様に対してだけど。

 それで、いつもはこの後にお姉様が「何故、夜の王たる私が妹相手でも土下座という卑しい行為をしなければならないのかしら。そちらこそ伏して頼まれなさいよ。」と言い返す場面である。このやり取りは何百年と続けられてきた持ちネタのようなものだった。

 私はそれに対して今回はどのような返しをしようかと、今か今かと待ち望んでいたのだが、それは叶えられることはなかった。


 あの高飛車で自分の都合しか受け付けない小さなお姉様は地に跪いて、土下座をしたのだ。

 そして、懇願の言葉を出そうとしていた。


 驚くしかない。

 何が起こったのか。その時には察することすら出来なかったけれど、何かが起こったことを私は理解した。

 だから、私はお姉様の言葉を止めた。


「一体何があったの?」


 お姉様は立ち上がる。


「・・・あんたの執事がらみのことらしいわ。」

「私の・・・執事が!?」



 私は部屋を出て、早足で応接室まで進んでいく彼女の後を無言のまま追った。



「入って。」


 そうして中に入ると、銀色の長い髪をした青い服の女性がソファーに座っている。確か人里で先生をしている上白沢慧音とかいう女性であることは、私も覚えていた。

 それから、私、お姉様と上白沢慧音という形で対面して座る。

 テーブルには既に3つの紅茶の入ったコップが用意されていたが、先にいたはずの彼女は全く口をつけなかったようだった。


「・・・彼が殺される。」


 彼女の第一声はそれだった。


 それから、あなたも知っての通りのことを私にも話してくれたわ。あなたや小傘お姉様が八雲紫という人物の手下ではないかと疑われて、彼女が天狗にあなたたちを売ったことを。


 私は彼女が話終わると同時に殴り飛ばした。

 手加減はしたけどそれでもそれなりに力いっぱい殴り付けたから、体はソファーを倒して床を滑って行き壁に激突したところでようやく止まったわ。そのせいで擦り傷だらけになったけれど、彼女は甘んじて受けきった。


「・・・多分フランがいなければ、私があなたを殴っていたでしょうね。

 よかったわね、フランに殴られて。私ならそんな手加減なしで、ぐうの音もなく潰していたわよ。」


 そのお姉様の言葉に対して彼女は何も言えなかった。

 お姉様は腕組みをして続ける。


「・・・話はわかったわ。

 こちらとしてもあの不甲斐ない執事を失うつもりはない。だから、何らかの手は打たせてもらう。

 では、あなたはおうちに帰ってなさいな。」


 彼女は何かを言いたげに立ち上がった。それでも、言おうとして言えずに少しばかり立ち尽くしていた。

 それを見て、お姉様は組んだうでを人差し指でとんとん叩きはじめた。


「何も言わないなら帰ってちょうだい。今の私はあなたの気配すら感じると不愉快になる。」


 彼女は顔を伏してふらふらと覚束ない足取りで、紅魔館をはなれていった。



 その姿を軽く見送った私はお姉様と話す。


「お姉様・・・。

 私の執事が・・・、執事が・・・!」

「わかっているわ、フラン。

 彼は紅魔館の執事でもあるのよ。だから、私も何とかしないといけないと思っている。スカーレット家の家訓は家族の絆を重んじることこそよ。それが例えば、拾われもので行き付けの浮浪者だった執事でもね。

 しかし・・・うーむ。」


 お姉様は何かを悩んでいた。この時の真の心中は今でも謎ではあるけれど、彼女が自身であなたを助けに行くのには相応しくないと思っていたことは何となく理解できたわ。これでも姉妹だから。

 でもすぐに、そうだと言わんばかりに手を打つ。


 そして、彼女は思いがけない行動に出た。

 組んでいた両手で両目を抉りだしたのだった。眼窩からは涙のように血が流れて頬を伝う。


「お姉様!?」

「あら、手が滑って目を抉ってしまったようね。迂闊だったわ、何も見えない。」


 取り出した眼球を握りつぶして、わざとらしく話を続ける。


「これだと妹が執事を助けるために外出したとしても、わからないわね。困ったわ困ったわ・・・。」


 困ったようで一縷も困った様子はない。

 しかし、これは私に対する合図なのだと理解するには十分すぎた。お姉様は普段表には出さないけれど、そんなことを平然とやってみせる、実は優しいお姉様だった。


 私は拳をぎゅっと握りしめる。


「お姉様、もし執事がいつかまた紅魔館に帰ってきたら、久しぶりに一緒にパーティーでもいたしましょう。」

「さて、それは約束できないわね。あなたは面倒くさいから、除け者にしてパーティーをしてしまうかもしれないわ・・・。」


 そして、私は傘を取りにいき、そのままできる限りの速さで゛妖怪の山゛というところを目指した。



 紅魔館とその山は遠くはなかったけれど、そこから天狗の里を見つけるのは一苦労だったわ。何せどんなに回っても直ぐには見つからなくて。つまりは、見つからないよう結界が張ってあったみたい。


 どうやって見つけたか?なんて聞きたそうね。

 これについては以前あなたとの話が役に立ったわ。

 何の話かって言うのは、私の能力のことよ。私の「破壊する程度の能力」は概念的なものまで及ぶのかって話。覚えているかしら?

 とにかく、さすがに何週もして見つけられないのは不自然だと思って、今度は能力を使って゛概念的に゛天狗の里を探すことにしたわ。


 実際やったことは、2つよ。

 まず第一段階として、沢山ある木々の゛目゛を空から全て測っていく。そうすることで、偽物の、つまりは、結界で幻影として見えていた木々を見つける。何せ物質的に存在しない木々には、同時に本物にあるのと同種の゛目゛は存在しないから。

 そして第二段階として、結界を破壊する。ここであなたと話を思い出した。

 さて、ここで結界とは何かということを説明しておくわ。

 結界というのは物質的、概念的のどちらとも取れるけれど、その性質からして法則に近いのよ。つまりは、結界それ自体の破壊は物理的破壊とは異なる。物理的術者や装置があればそれにダメージを与えて結界を解くという行為はできるけれど、今回は結界の根本が全くどこにあるかわからない状態だったから、物理的な攻撃は無意味だった。

 そこで私は結界にギリギリ近づいて、その性質を解析した。


 あなたは忘れているかも知れないけれど、これでも私は読書家よ。それに魔法だって一通りこなせるわ。パチュリー大先生の直伝だから、その分野にはかなりの自身があるの。彼女には及ばないけれどね。


 さて、それで解析し終わった私はいつもの要領でその゛目゛を握りつぶした。

 きゅっとして、どかんって具合に。


 お姉様との喧嘩をのぞけば久しぶりの感覚だった。・・・いえ、このように他人のために力を使うという点からすれば、初めてだったの。

 緊急事態だったけれど、誰かのためにこの忌まわしき能力が役に立つのだということを知って、顔がほころんだのを覚えているわ。



 こうしてあなたの元へと進んだ。

 このあとだけれど、さすがの私も天狗の里を堂々と駆け抜けるほど愚かではないから、物陰に隠れながらしらみ潰しに家を探っていった。

 あまりの家屋の多さに目が回りそうだったけれど、それでも必死で探したの。

 すると、その途中でとおじい様が倒れているのを見つけたわ。見た目は小柄で弱々しい天狗だった。回りには沢山の天狗たちが往来していたけれど、ぽつんと一人だけ取り残されるように行き倒れていた。

 この状況で別に放置してもよかったけれど、何だかその光景が気持ち悪くなっちゃって助けたの。それが最後の結論につながる伏線となるわ。


 さて、そのおじい様を助けたことであるアドバンテージを得ることができた。それは、人間の青年が大きめのお屋敷に連れていかれたと言うことだった。それをあなただと断言できる物的確証はなかったけれど、私としては、やっと会える、やっと助けられると確信した。



 ちょうどその時、あなたの叫びが轟いた。

 屋敷に突入して見た光景から、何が行われていたかは明らかだった。私の執事があろうことか、私の知らないところで知らない奴らに拷問されていたのだった。


「あんたたち、私の執事に何をしてるのよ!!!」


 その場の全員がこちらを振り向く。

 そして、そこにいた嫌みで偉そうな天狗が立ち上がる。


「そちらは何者だ!

 いや、わかるぞ。紅の館の者だな!その男を取り返しに来たのだろう。」

「そうよ!分かっているなら即刻返してちょうだい!!」

「それは成らぬ!」

「ならば奪うまでよ!」


 私はレーヴァテインを召喚して、あなたを取り巻いている犬らを凪ぎ飛ばした。

 支えを失って足が砕けるあなたを両腕で抱き抱えた。

 あなたを引き留めた私は戦慄する。

 血だらけのその体と切り落とされた左腕に。


「左腕が・・・左腕がぁ・・・。」


 その私の呻き声に対して奴は悪びれることなくいいはなつ。


「その男が白状しないから悪いのだ。

 それに、そちらの執事だといっていたが、騙されておる。

 そやつは八雲紫の手先だぞ?きっと紅の館に忍び込んでいるのも、何かの策略があってのことに違いない。悪いことは言わん。こちらに返してもらおう。

 ・・・何ならこちらで代わりにその男より有能な執事を派遣してやらんこともない。」


 恥ずかしい話だけれど私はこういう性格だから、実はあなたが初めての執事であり、館の外の友達なの。

 だから、代わりなんて考えられないし、考えたくもなかった。


「ふざけないで!

 私の執事が誰の手先だって構わない!でも彼が執事でなければ、私にそれ以外の執事なんていらない!」


 憤怒する私の気迫に押されてか、その天狗は一歩引き下がる。


「よくもひどい目に会わしたわね!!

 お前たちを皆殺しにしてやる!皆殺しにしてやる!殺してやる!殺してやる!!」


 私はその場にいる全員の゛目゛をかき集める。

 そして、憎しみに任せて潰そうとした。


 その時、ほとんど死んでいたあなたが私の差し出した腕を掴んだ。それについては覚えているかしら?


 ・・・そう。やっぱり覚えていないのね。

 掴んだものの直ぐに手が離れて、今の今まで動かなくなっちゃったもんね。多分、あれはあなたが私に゛殺さないで゛って言ってくれてたんだよね?

 少なくとも私はそう思い踏みとどまって、それでがくりと腕を落とした。


 それを見て、あいつは勘違いをした。殺気に怯えていた目が、嘲笑うかのような形に変わる。


「そうだ、それでいい。

 抵抗しなければこちらも何もしはしない。

 まずは、その八雲紫の手下を―」

「あらあら、私のことをお呼びしましたかしら?」


 天狗は固まる。

 後ろの空間が裂けて、中からその声の主らしい女の人が現れた。

 黄金の綺麗な長い髪で常に笑みを浮かべている、変わった雰囲気の女の人・・・―唐突に現れた彼女こそ、八雲紫さんだった。


 天狗の赤ら顔は一気に青ざめて、遠く離れたこちらからでも分かるほどにガチガチと歯をならしていた。


「や、八雲紫・・・なんでここに!?

 来られないように結界を張ったはず。そのために手下の犬どもを二十匹ほど消費したのだぞ・・・!」


 紫さんはどこから取り出したのかもわからない扇子を私に向けて差す。


「それは、彼女が壊してくれました。

 まあ、私でも壊せなくもありません。しかし、強力な失念の術(存在を気づかせなくする術)が張ってありましたので不可能でした。だから、彼女がそれとは無関係にここを探し当ててくれなければ、こうして参上いたすことは不可能でしたわね。」


 どうやら私は知らない内に彼女の手助けをしてしまったようだった。


「ぬぬぬ・・・!!!

 ええい、文、犬走ども!こやつを殺せい!そして、その男を人質にしろ!!」


 その言葉で、半数の天狗たちが私を取り囲む。

 残りの半数は紫さんと対峙する。


「下衆どもが身の程をわきまえた方がよろしくてよ?

 それに、私の可愛い可愛い彼をこんな風にしていまうなんて・・・」


 彼女から身の毛もよだつような気を感じた。

 悪魔の王である私でもその恐ろしさは芯に染みるほどである。


「魂すら存在できないよう美しく消滅しろ。」


 先ほどまで偉そうぶっていた天狗が、空間の裂け目から伸びる黒い手たちに掴まれて暗闇へと消えていった。

 暗闇からは悲鳴が虚しくこだました。



「これで根元はいなくなりましたが、さて、射名丸文、犬走椛を始めとする天狗どもはどうしましょうか?」


 にやりと笑う。

 先ほどまで鉄仮面だった犬走椛という狼の妖怪も、扇で口元を隠していた射名丸文も顔色がみるみる内に悪くなる。


「・・・どう思いますか、天魔様?」


 その言葉と共に庭の外側からとぼとぼと、小柄で弱々しいが至極清廉で豪勢な紋付き袴を着たおじい様がやってきたわ。

 彼はまず私の方に近寄ってきたの。


「そちらのお嬢さんはちゃんと彼のところにたどり着けたようでございますね。」

「あの時のおじい様?」

「そうでございます。

 あの時は急ぎでしたのに、わたくしを助けていただいたことを深く感謝いたします。」


 そして、彼は今度、天狗たちの方を見て回った。

 一人一人顔やその人となりを見透かすように。

 その内の一匹の狼は耐えられずおじい様の目の前で戻していた。


「・・・なるほど。

 確かに天狗社会の基本は縦割りの身分社会ではございます。しかし、そうと申してましても、わたくしとしてはそれよりも八徳を重んじて頂きたかった。その心を理解して頂けますね?

 そして、今回あなた方に不足していたのは、仁義の心でございます。

 元の意とは異なりますが、不正を嫌い他人を愛することは種族や年齢、敵味方も関係ないことだと、わたくしとしては存じております。

 彼が八雲紫の手下だと疑うことはともかく、指示されるままに酷い拷問を続けたことは許されることではございません。

 よって・・・―」


 おじい様は小さく一呼吸据える。


「一同彼とお嬢さんの定める処遇に従いなさい。

 それが何であれ、きちんと型をつけるのでございます。」


 天狗たちに大きな衝撃が走る。

 その時はそれがどういうことを示しているのか理解できなかったけれど。後でおじい様が、天狗社会では最高の処罰に値するのだと言っていたわ。


 そして、おじい様は八雲紫の方に向き直った。


「さて、これでよろしいですかな?」


 彼女は満足げに口角を上げる。


「ええ、さすがですわ。

 こちらの上白沢慧音も同じように致しましょう。」




 こうして一連の事件は終わったの。


 そうそう、あなたが取り返してくれた傘は、ちゃんと小傘お姉様のところに返したわ。それでもずっとぐったりしてたから、3日間ここであなたと一緒に治療されていたの。

 大丈夫。彼女は今は元気よ。

 数日前から人里へ戻っているわ。


 重要なことはあなたのほうよ。

 あなたは天魔おじい様直々に治療してもらい、一命をとりとめることはできたわ。

 でも残念なことだけれど、その左腕は戻らないんだって。話では、ただ切られたならくっつける秘薬はあるのだそうよ。けれど、どうやらあの天狗は毒を付与した刀で切ったらしく、傷が壊死して左腕はボロボロになっていて・・・。

 もう一生そのままだって・・・。



 私がもっと早く来れたら良かったのに・・・。ごめんなさい。

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