Ep.30 赤、朱となる
夜明けが来た。
「それじゃあ、行ってくる。小傘のことを頼んだ。」
「了解、任せとけ!
それよりもそっちも気を付けろよ。」
「ああ、任せとけ。」
この家のことは気と威勢のいい蓬莱人に任せて玄関を出る。
朝の空気は鼻を刺すような冷たさだった。そろそろ冬の訪れを感じさせる感触だ。
まずは上白沢さんの様子を見に行こう。名乗らなかった少女は大丈夫だとは言っていたが、それでも気がかりだった。
道筋をまだてっぺんしか顔を出していない朝陽が照らしている。まだ誰もいない通りにぽつんと俺の影だけが薄く延びる。
「・・・誰もいない。」
寺子屋の仕度部屋には隅の方に丸くなっている布団だけがあった。どこかへ出掛けたのだ。
居ないのは心配だが、俺は力がないし時間もないためあまり人里から離れられない。一旦戻ってあの少女に連絡だけしておこう。
そう思って寺子屋を離れた直後に、三度八雲藍と出会う。
やはり透き通るような瞳をしている。
「おはよう、ゆゆこちゃん。
こんな朝早くからどうしたのかい?」
彼女は真顔のまま、俺に面と向かう。
「私はたまたま早起きしたから、一番乗りを狙って登校しにきたのです。」
たまたま、ねぇ。
恐らくは嘘だな。でも、そのことを深く追及しても答えてはもらえない。またしても、そのような雰囲気だ。そうまでして、彼女は一体何をしたいのだろうか?
「それより、上白沢先生が人里をでて向こうの方へ行ったって、お母さんが言っていました。」
お母さんの下りはまた嘘だとして、その指を指す方角は正に昨日俺が示した紅魔館への道だった。
予想はしていたが、やはりか。
「ありがとう。
・・・ああ、そうだ、ゆゆこちゃん。」
「はい?」
「もしかしたら先生たちは用事で今日は授業出来ないかもしれないから、教室の黒板に゛今日は自習゛だって書いてくれないかな?」
「わかりました。それでは行ってらっしゃいです。」
「ああ、行ってくる。」
それから小傘の家に戻り、少女に上白沢さんは紅魔館に出かけたかもしれないと伝えて、いよいよ妖怪の山に向かう。
その山は方角的には紅魔館と近い。しかし、山自体が大きいので裾は人里の側まで掛かっている。人のはなしではたまに山から煙が出ているのが見えるそうだ。
そのため、俺が目的地に着くまではいくばくともかからなかった。
到着したころには既に3匹の女妖怪が待機していた。
白銀の狼を思わせる髪色と大きく猛々しい尻尾と武士を彷彿とさせるその姿は、誇り高き白狼天狗であった。
「間に合ったか?」
一人のリーダーの風体をした天狗が語る。
「結構。
逃げ出さないとは人間にしては勇気のある。」
それから彼女らは俺の前と両脇に侍するようにして、山を登っていく。
ぶっちゃけ端から見てVIP対応のような待遇だが、俺からしてみれば逮捕されて連行されているようにしか思えない。
しかもみんな終始仏頂面で無言だし。
これから何をされるのかわからないという不安があるからこそ、出来れば今はリラックスさせてほしいのだが。
「・・・なあ、そのすごく格好いい尻尾さわってもいい?」
無言のまま両脇にぎろりと睨まれる。
場を和ませようとしてつい思ったことを口にしてしまった。失敗、失敗。
しかし、これは仕方ないと思っていただきたい。本当にそれほどまで彼女たちの尻尾は格好よかったのだ。スパンコールが入っているのではないかと思う程に逞しく輝いていたし。
「面白い奴だ。
そのジョークに免じてここでなぶるのは勘弁してやる。」
「面白くないとなぶられるのか・・・。」
笑ったらアウトのルナティックバージョンみたいなやつか・・・。
恐ろしい。
「・・・あれ?ここで、ということは後でなぶられるのか?」
沈黙。
みんな黙っちゃったよ。
余計なこと言うんじゃなかった・・・。
それからは沈黙のまま、進んでいった。また余計なことを言って八方塞がりに自分の首を絞めたくはないからな。
「到着した。」
かなりの時間登ったと思う。道中同じ風景でつまらなくは感じたが、それよりも、肉体的疲労の方が重大だった。疲労困憊、俺はかなり汗だくになってしまった。
しかし、ようやく着いたのだ。
目の前には大きな門。そして、その向こうは和風建築で山のへりにへばりつくように建てられた家々があった。文のような天狗は飛び交い、白狼は要所要所の番をしている。
俺たちは進み続ける。道中行く先々で彼らは好奇の目で俺を見てきた。一昨々日のフランも恐らくはこんな感じで見られていたのだろう。あれで純粋にご機嫌に振る舞っていたのだから、社会慣れしてないせいで無神経で鈍いというのも案外羨ましく思えた。
そして、そこから少しばかし行ったとき右脇の天狗が、横からきた白髪の小柄な弱々しい老天狗とぶつかるというハプニングがあった。彼女は平気だったが、老人は転んでしまった。しかし、彼女たちはハプニングとすら思ってないように気にも止めず進んでいく。何事もなく。
「ちょ、ちょっと!ぶつかっておいて助けないのか!?」
事前に言っておくが、俺の中には不正を許せない心が確固としてあるわけではない。逆に普段は状況に応じてうやむやにしている。でも、道端の小石でも蹴飛ばすかのような彼女たちの行為には流石に俺の良心が揺さぶられた。
「別に私が一方的にぶつかったのではない。それにその老人は普段から何もせず、大半を怠惰に暮らす浮浪者だ。だから、助ける義務も義理もない。」
ぶつかった彼女は平然と答える。
「その言い方は・・・!!」
「どうした、文句でもあるのか?何なら命令無視をしてでもここでお前を叩き斬ってもいいのだぞ?」
「な!・・・この!」
俺が頭に血が上って反論しようとしたとき、老人が体をむくりと起こした。
「よろしいのでございます、青年。わたくしが悪うございました。
申し訳ございません、申し訳ございません。」
実に物ごいのような体をして謝る。
対して、彼女は何も思ってない目をしていた。
俺はその中の比較的大きい御殿に案内された。
内装も純和風で、見るからに高そうな掛け軸やつぼ、鴨居があちらこちらに施されている。
「ここで待機しろ。」
リーダー風の天狗は見張りを残りの二人に任せて去っていく。
俺が立たされたのは御殿を突き抜け、その先にある屋外の庭だった。
なんだかここまで見てきた秘境の地である天狗の里は、外の世界の風景と被ってしまった。もし外に帰れたとして、近い将来俺もこのような歯車の一部に加えられ、そして、俺自身歯車になりきってしまうのだろうかと、ふと思ってしまう。
時をほとんど待たずして、その天狗は戻ってきた。
「白美根権僧正様のお見えである。慎んで見奉るように。」
脇に侍していた白狼たちは跪き頭を垂らす。軍隊のように統率のとれた集団だ。
そして、彼女の言葉尻が終わるか終わらないかのうちに、ずかずかと足音をたてて、巨漢で鼻の長い初老風の男天狗がやってきた。如何にも自分が偉いと言わんばかりの風体である。なんだか仲良くなれそうにない雰囲気だ。向こうとしても仲良くするつもりはさらさらなさそうだった。
彼は上座の玉座にどかっと身を投げ出す。
「お前が噂の男か。思ったより弱い。」
どちらが礼儀知らずかわからない物言いだった。
「それよりもここに来たんだ。まずは小傘の傘を返してもらおうか?」
「ほう。思っていたより気丈のようだ。いや、こちらを見てそのような言葉がでるのは愚かしいと言える。」
くくく、と不敵な笑いをする。
「・・・まあ、あんなゴミには用なぞない。その男に渡してやれ。」
承知いたしましたと奥から出てきたのは、射名丸文だった。
「はい、これがあんたの友人の傘ですよ。」
片手に持っていた傘を俺の目の前に投げる。
その行動は言葉の丁寧さとは裏腹に荒々しかった。
小傘の人の方もかなりの重症だったが、こちらも傘としては役に立ちそうにないほどボロボロになっていた。
「射名丸文・・・だったか。
どうして彼女を襲った。」
手に持っていた扇の縁を口に当てて笑う。
「それは正直に話さないからですよ?だから゛後悔゛させてやったのです。
最もこのまま死んでしまえば後悔のこの字も味わえませんがね。」
ひとつ飛んで俺の前にでる。
「あなたも正直に話さないとあのボロ傘の二の前です。いえ、あなたのような人間なら、まあ死んでしまいますが。
だから、正直に話すことをおすすめしますよ。」
「あんた、清く正しい新聞記者なんだろう?何故こんなことをする!」
「清く正しいとは、妄想も甚だしいですね。
しかし、その冗談のような謳い文句も嫌いではありませんよ。」
話を反らした文に対して、権僧正は睨み付けるた。
「・・・失礼いたしました。」
彼女は一歩下がる。
「さて、本題に移らせてもおう。」
そこで、すかさず俺は言葉を出す。
「フランドールお嬢様の件なら簡単な話だ。
執事の俺を心配して勝手に外出して、それが原因でレミリアお嬢様と人里の中で騒動を起こした。
以上も以下もない、それだけだ。あんたの聞きたいことはそう言うことだろう?」
彼は瞳を閉じる。
大きく一呼吸をした。
「たわけがぁ!!誰もそんな下らないことなぞ聞いておらん!!!
こちらが知りたいのは、お前の主の八雲紫のことだ!!奴はどこだ、吐け!!」
突如激昂する。
俺は唖然とした。
「八雲・・・紫・・・?」
知識として彼女は何をしてどのように幻想郷と関わっているのかは知っている。だが、そもそも彼女と俺は、紅霧異変の前に一度顔見せした程度にすぎない。
だから、奴の言っている意味が理解できなかった。
「見え透いた嘘はよせ!
知っているのだぞ、そちらと八雲紫の関係は!
今教師の真似事をしているようだが、そこに八雲藍がいるのもそのためであろう!」
やはり、あの西行寺ゆゆこは八雲藍だったか。
しかし、八雲紫と俺との関係?そんなの赤の他人としか言いようがないだろう。
「あくまでも惚け通すようだな。あの女を見てもそう言えるか!」
彼が指差す方を見る。
そこには・・・―上白沢慧音さんがいた。
「上白沢さん、なんでここに?紅魔館に行っていたんじゃあ・・・。」
「・・・。」
意識はあるようだが、うつむいたまま話す気配がない。
よく見ると服は汚れ素肌には擦り傷が見受けられた。
「あんた、上白沢さんに何をした?」
「こちらは何もしてない。人里の外で見つけたときには、その状態だったらしい。」
「それは本当だな・・・?」
真剣な眼差しの俺を見て、彼は嘲笑った。
「バカな男だ。
そもそもお前が八雲紫の手下だという情報を教えたのは、あの女なのだぞ。」
「上白沢さんが・・・!?」
当の彼女はさらに黙している。
「彼女については、私、射名丸文から話しましょう。」
こつこつと一本下駄を鳴らして歩く。
「まず最初に彼女と接触したのは新聞のネタを探しにきたためです。
紅の館から移り住んだ男がどうやら教師になるらしい、と。そういう噂を風に聞きました。
そこで早速その夜中に上白沢さんを訪ねたのです。」
そうだったのか!
出勤初日に彼女が寝坊したのは怠惰のためでも体調不良のためでもなく、文と話をしていたからなのだった。
「まあ、その日にはあなたが八雲紫の手下かもしれないという情報はありませんでした。
しかし、その次の日のことです。突如として八雲藍があの寺子屋に現れました。しかも、教師に一番近しい生徒という形で。
人里の守護者である彼女は一目でその子どもが八雲の者だということはわかったそうですよ。だから、里の安全のためにも一応の協力の形として私と情報を共有してきました。」
まあ、その事ぐらいならわからなくもない。
「しかし、小傘のことは!?あんなことをする前に直接俺を襲えばよかったのではないか?」
「多々良小傘のことも・・・上白沢さんからの情報です。」
「あの能天気な妖怪が何を知っていたと―」
文は言葉を遮った。
「あの唐笠お化けは!寺子屋をやめさせられたのですよ。それも、上白沢慧音の判断で。」
小傘がかつてあの寺子屋に通っていたのは知っていたが、しかし、やめさせられた?何故だ?
「あれは人と共にあることで存在意義を高める妖怪です。
だから、毎日のように出会った人々に対して媚びて持ち主になるよう迫っていました。それは寺子屋でも変わることなく行われていたのです。
人里の守護者として、その行為はどう映ったのでしょうか?私なら万が一のことを考えて、排除する選択をしますね。まあ、彼女のことですから、実際はやんわりと交渉をしてやめさせたのでしょうが。
それ以降、小傘は寺子屋には訪れても上白沢さんとの接触は避けてきたのです。
しかし、あれはあなたを教師として紹介しました。」
あいつにそういう背景があったのか・・・。
「彼女についてはさらに問題がありました。それは人間だというあなたが、隣に越してきたのにそれでもなお所有者を見つけ続けているということです。」
「・・・それの何が問題なんだ?」
「話は変わりますが、あなたの自宅は立派ですよね。」
唐突に俺の家の話をしてきた。確かに俺の家はわりと立派だとは自分でも思っているが。
それがなんだ?
「でも、あれほどの家が安価で売られていて、さらに買い手がつかないのは不思議でありませんでしたか?」
それについては俺の知るところではなかった。あれはいつの間にかフランが買い占めていたのだから。
「小傘の鍛冶場の関係か?それとも、人里の端っこにあるからか?」
「どちらでもありません。
断言しましょう。あの家に人間が住むのは、多々良小傘に朝晩問わず付きまとわれることと等しいからです。」
最初、上白沢さんが俺に小傘が何か言っていなかったか、と問うた。
それは意図を解釈するなら、小傘に付きまとわれなかったか、ということだったのだ。
俺は迂闊に迂闊を知らず知らずと重ねていたのである。
「あなたは何事もなく過ごしてきた。それは以降隠れて観察してきた私が確かめました。そして、観察している間、あなたは何度か八雲と接触していました。
以上を鑑みて予想したことは、あなたは実は八雲紫か八雲藍の手下で、多々良小傘はあなたの手下だということです。」
そこで彼女は一旦足を止めて伸びをした。
「まあ・・・、でも、多々良小傘と寺子屋で話し、そして、呼び出してまで問い詰めましたが、どうやら彼女は八雲の手下ではなかったのはわかりました。」
だったら、傷つける必要性はなかったはずだ。
「そうですね。
しかし、あれがあなたの友人であることは話している間に分かりました。だから、あなたをここに連れてくる素材にしたのです。
さらにあの時に限って言えば、問われたことを話して、それがあなた経由で八雲紫に伝わることを恐れたのです。
結果、彼女をぶちのめしました。
それでは以上私の説明です。」
唇を噛み締める。
権僧正は俺を睨み付けた。
「どうだ。まだ隠すか?」
「・・・どうして八雲紫を探している?」
「それは奴が邪魔だからだ。」
幻想の管理者が邪魔?
確かに胡散臭くて面倒ごとを巻き起こす中心であるが、邪魔にはできない。そうしてしまうと、この世界が保てなくなってしまうだろう。
これは俺の知識ではあるが、この点だけに限れば八雲紫を知る人物ならみんな知っている筈だ。
「奴が幻想郷の管理者なのは知っているが、だから邪魔なのだ。
奴が外の技術や知識を塞き止め、この世界の成長を阻害している。だから、こちらが奴を殺し、奴の代わりに管理者となる。」
なんだそれは?誰が管理者になるのかというのは、俺にとってどうでもいいことだが。
でも・・・そんなことに―
「―そんなことに俺達を巻き込むな!八雲紫なんか知らない。
だから、さっさと俺達を解放しろ!」
ふう、と権僧正がため息をつく。
「俺達を・・・か。
正しくないな。この計画に賛同したのは、その上白沢という女も同じなのだ。だから、ここで捕らえられているのはお前だけだ。」
え?
上白沢さんも今回の共犯者、なのか・・・!?
その言葉に彼女は顔を上げる。
「違う!私は進んで彼らを襲う計画には協力していない!」
権僧正は座り直した。
「ああ、そうだったな。
こちらが、協力しなければ人里の人間を適当に食い殺す、と言ったからだったな。
それでも、協力したら以降天狗が里を警護してやる、と提案したのには心が揺れ動いただろう?昔の生徒とと教師を売りたくなったのだろう?」
上白沢さんはすすり泣き始めた。
「しかし、そちらは気にすることはない。人里の守護者としては正しい判断だったのだ。
そして、そちらはちゃんと協力してくれた。だから、約束は慎んで守る。
後はこちらで処理するから帰るといい。」
彼女は動かず泣き続けた。
「・・・まあ、事の顛末を見ておきたいのなら、こちらとしては構わないが。」
さて、と彼は立ち上って手下の白狼天狗二人に指示をする。
「その男の両脇を固めろ。
しゃべるつもりがないようだから、拷問をする。」
くそう・・・。
最悪だ。こんな形に終息していくなんて。
俺はそばの彼女たちに身動きが取れないよう固められた。
「それでは犬走。
こやつを手打ちにしろ。手加減はいらん!」
文の隣のリーダー風の白狼が目の前にきた。
そうか・・・ここまでの護衛をひてくれた彼女が犬走椛か。やれやれ、メインキャラクターが勢揃いだな。
彼女は腕捲りをして、拳を固める。
上白沢さんは両手で顔を覆った。
いくら耐えられるだろうか?いっそのことこれまで隠してきたことをぶちまえけやろうか。
いや、気が狂ったと思われるのがオチだ。
それに、この状況でうまく話せそうもない。
彼女は大きく拳を振り上げた。
その瞬間、待ったとばかりに文が言葉で制止させた。
椛はその状態のまま顔を文に向ける。
「なんでしょうか、烏天狗。」
「・・・死なない程度に手加減しなさい。」
俺には以外だった。
ここまでずっと白美根権僧正という天狗の忠実な部下として行動してきたらしい彼女が、手加減をするように示唆した。
これには権僧正も驚いたふうだった。
しかし、それでも犬走椛は顔色ひとつも変えずに言い返す。
「・・・手加減なしでいかせていただきます。」
彼女は残酷だった。
その体勢から俺の鳩尾を抉る。
高速で飛んでくる鉄球を受けたような感覚だった。
えもいわれぬ激痛と共に喉の奥から込み上げるものがあった。
俺は一撃で胃の中のものを全て垂れ流す。
かなりの量が彼女の腕に付着したが、構わず幾度も殴り付けた。
合間に権僧正がささやく。
「言って楽になった方がいいぞ。」
「・・・知るか。」
「本当に気丈な男だ。
では、吐くまで続けろ。」
庭には肉が打ち付けられる音だけがなり続けた。
始まって1時間たっただろうか?いや、もしかしたら10分も経っていないかもしれない。
俺の体中の肉が裂けて血で染められた。口からは際限なく粘りけのある鮮血が流れでている。
痛覚が擦り切れて、自身の体だと認知できないほどに麻痺していた。
思考も欠落してくる。
それでも何も言わない俺に、権僧正は歯がゆそうであった。
「ここまで耐えるとは、人間にしては珍しい。
・・・ええい、構わん!腕を断ち、目を抉れ!!」
彼は文に取ってこさせた刀を椛に投げつける。
椛はすぐさま刀身を鞘から取りだし、俺の肩口に着ける。
「待てぃ!
その男を切る前に刀を地面で削れ!!」
彼女は指示通りにごりごりと刀身を地面で擦り減らしていく。その音はまるで地獄の臼引きの音のように思われた。
切れ味を落として腕を落とすつもりらしい。
しっかりと削って白刃を確認したあと、再び肩口に刃を着けた。
「―!!!」
彼女は一太刀ずつ丁寧にゆっくりと刀を引いていく。
鈍く断ち切られていく肉体とその光景に俺の脳は覚醒した。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!」
声にならない血痰混じりの叫び声が、山全体を揺るがした。
それでも、彼女はただ木材を切断しているかのように続けた。
10分後、左腕は俺の体から完全に切り離された。
そして、接合部だったところからは勢いよく地面に向かって血が吹き出していく。あまりの失血と激痛で目の前がだんだんとフェードアウトしていった。




