第4話:抗う野生、崩壊するプライド
「ガルルルルル……!」
ボロ宿の庭に、地を這うような低い威嚇音が響き渡る。
シャロンたちが連れてこさせたのは、大柄な『アイアン・ボア(鉄の剛毛を持つ猪魔獣)』だった。全身の毛が針のように硬く尖っており、ストレスのせいか目を血走らせて暴れている。周囲には、その迫力に足を止めた街の住民たちが野次馬として集まり始めていた。
「フン、ウチの商業ギルドでも手を焼いている気難しい魔獣よ。最新の魔導バイブレーション機を使っても暴れて手がつけられないんだから。アンタみたいな素人が触ろうとしたら、一瞬で突き飛ばされて終わりね!」
シャロンが勝ち誇ったように、高級な魔導機器を構えて見せた。
「そうだクマ! この猪の毛並みを整えるには、オレみたいに力づくでねじ伏せて、専用の鉄クシでガシガシ洗うしかないんだクマ!」
クゥマも自信たっぷりに腕をまくる。
二人はさっそく最新機器をボアに向けたが、その機械の不快な振動音と力任せの威圧に、ボアはますます激昂して暴れ回り、とてもお世話どころではない。
「危ないから、二人は下がっていて」
俺はため息をひとつつくと、特製の木彫りクシを片手に、丸腰のままボアの前へとふらりと歩み出した。
「ちょ、ちょっとアンタ馬鹿なの!? 死にたいの!?」
「危ないクマ! 戻るクマ!」
シャロンとクゥマが悲鳴のような声を上げる。だが、後ろで見守るメリンたちは「いつものこと」とのんびりお茶をすする準備をしていた。
「よしよし、怖くないよ。最新の機械で大きな音を立てられて、怖かったね。それに……ここが、ずっと痛かったんだろ?」
俺はボアの突進を紙一重でかわすと、その硬い鉄の毛の隙間にそっと指先を滑り込ませた。
俺の指先が捉えたのは、ボアの首の後ろ、剛毛が最も密集している部分にできた巨大な『コリの塊』だ。長年のストレスと、間違った力任せのブラッシングのせいで、皮膚が完全に引きつっている。
俺は親指の腹を使い、ボアの骨格に合わせて、優しく、しかし確実な力加減でそのツボをグッと指圧した。
「ブ、ブモッ……!? ぶ、ぶももももぉぉん……❤」
次の瞬間、ボアの全身から一気に力が抜けた。
針のように逆立っていた鉄の毛が、嘘のようにしんなりと寝ていく。ボアはうっとりと目を細めると、巨体をドスンと地面に横たえ、俺の足に鼻先をすり寄せて甘え始めたのだ。
「な、何が起きたの……!? あの凶暴な魔獣が、一瞬で骨抜きに……!?」
シャロンが目を見開いて絶句する。
「ありえないクマ……! 力を使ってないのに、魔獣が自分からお腹を見せてるクマ……!」
クゥマも顎が外れそうなほど驚愕していた。
俺はそのまま、特製の木彫りクシでボアの毛並みを優しく梳かしていく。職人技によって整えられた鉄の毛は、朝日に反射してまるで磨き上げられたプラチナのように美しく輝き出した。野次馬の住民たちから、割れんばかりの大歓声と拍手が巻き起こる。
「勝負は、ウチのマスターの完全勝利ですね!」
フィオが勝ち誇ったように胸を張る。
「そ、そんなの認めないわよ! 何か怪しい魔法でも使ったに決まってるわ!」
悔し涙を浮かべながら、シャロンが俺の胸元に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってきた。
「魔法なんて使ってないよ。それよりシャロンさん……さっきも言ったけど、本当に肩が凝っているね。ほら、ここ」
「へ? ひゃ、あぁあんっ!?❤」
俺は職人の本能のまま、彼女の肩を後ろから優しく揉みほぐし、そのまま耳の後ろにある『豹族の秘孔』を完璧なタッチでカリカリと愛撫した。
シャロンは顔を真っ赤にして情けない悲鳴を上げると、腰の力が完全に抜けたようにその場にヘタレ込んでしまった。
「シャロンに何をするクマ! オレが相手になるク……ッ!?」
「クゥマさんも、ほら。手首に力が入りすぎだよ。ここをこうして、優しくね」
怒って掴みかかってきたクゥマの手首を俺がそっと握り、毛流れに沿ってフェザータッチのマッサージを施す。
「うぅ、嘘だクマ……力が、抜けるクマ……身体が熱いク、マ……❤」
クゥマの巨体もドスンと地面に座り込み、その丸い熊耳はふにゃふにゃに垂れ下がり、目は完全にハートマークになっていた。
「あ、アンタ、あたしに何をしたのよぉ……! 認めない、絶対に認めないんだからぁぁ!」
「覚えてろクマぁぁ……!」
二人は顔を耳まで真っ赤に染め、身体をパタパタと蕩けさせながら、這うコケのようにボロ宿から逃げ帰っていった。
「ふぅ、職人として放っておけなかったけど……喜んでもらえてよかったな」
俺が満足げにクシを拭いていると、背後から冷たい気配が漂ってきた。
振り返ると、フィオたちが信じられないほど青ざめた顔で、俺をじっと見つめていた。
第4話をお読みいただき、ありがとうございます!
レントの圧倒的なゴッドハンドにより、お世話勝負はボロ宿の完全勝利!
しかし、とばっちりでツボを突かれたシャロンとクゥマは、とんでもない声を上げて陥落してしまいました。
次回、逃げ帰ったライバルたちのその後と、フィオたちが青ざめていた理由――獣人部族に伝わる「恐怖の絶対ルール」が明らかになります!
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