第46話:隣国騎馬隊の再訪と、隊長の限界突破した勘違い
ドードードードーッ!!
それは、今や世界最強の聖域となった『アルカディア』ののどかな郊外に響く、お馴染みの頼もしい蹄の音だった。
白銀の甲冑をきらめかせた隣国の王家直属騎馬隊と、金髪縦ロールを上品に揺らしたエリザベス王女(十二歳)を乗せた豪華な馬車が、厳かに到着した。
「レント! ミルクの定期メンテナンスに……って、あら? 裏庭の方で、神獣様が普通にお留守番の魔獣たちとお水を掛け合って遊んでいらっしゃるのだけれど?」
馬車から降りた王女の横で、ポニーサイズの聖馬ミルクが「ヒヒ、ヒヒ〜ん!」とその神聖な気配に背筋を正して鼻を鳴らす。
ギルバート隊長にいたっては、裏庭の特製プールでチビ・グリフォンたちと和気あいあいに過ごしている人間の姿の神獣ルナ(フェンリル)を見た瞬間、白銀の兜を落としそうなほど目を見開いて硬直していた。
「れ、レント殿……っ! 世界を裏から支える伝説の神獣フェンリルが、なぜ給仕服を着て、ただのボロ宿の従業員(お世話係)のように完全に馴染んでいるのだ……っ!? 一国の防衛軍すら容易に壊滅させる神話の存在を、完全に手懐けて我が物と(身内化)するとは……っ!」
「ギルバート殿、エリザベス王女殿下。ようこそお越しくださいました。ルナ様は最近、宿のお手伝いがすっかりお気に入りになりまして。本日は馬たちも一緒に、裏庭のぬくぬく温泉でケアさせてくださいね」
俺がいつものエプロン姿のまま、のどかに微笑んで説明すると、ギルバート隊長は顎が外れそうなほど驚愕し、自分の髭をガタガシと激しく引っ張った。
「神獣を従業員にし、世界最強のセーフティエリアを構築したというのか……。やはりレント殿は、この世界の勢力図を裏から完全に掌握している真の絶対強者……!」
ギルバート隊長は、レントの純粋な「極上の癒やし技術」を武術的・戦略的な意味でさらに深く勘違いし、その底知れぬ達人っぷりに全身をガタガタと震わせながら、莫大な報酬の入った革袋をフィオへと手渡していた。エリザベス王女はのどかに微笑みながら、カルラが用意した湯上がりのハーブジュースを優しく口に運び、神獣の結界の中でのどかにお茶会を楽しんでいた。
◇
「よし、温泉と神獣様の聖魔力のおかげで、馬たちの毛並みが過去最高の美しさに仕上がったぞ!」
エリート軍馬たちを完璧に仕上げ、俺のトリマーとしてのアドレナリンは完全に限界を突破していた。ブラッシングの熱が冷めやらない俺のギラギラとしたプロの目が、門の影で神の結界とロイヤルな空気に当てられて放心状態になっていたシャロンとクゥマを正確にロックオンする。
「……ああっ! シャロンさんに、クゥマさん! 大変だ!」
「ひゃっ!? だ、だから急に大声出さないでってば!」
俺はギラギラとした純粋すぎる職人の目を輝かせ、特製クシを構え直して二人にじりじりと迫る。
「大変だ二人とも! シャロンさん、国家VIPと神獣様のおもてなし(極度の緊張)のせいで、肩の筋肉が昨日よりさらにガチガチになって、美しいポニーテールが悲鳴を上げている! クゥマさんも、驚きのあまり変な力が入って背中の剛毛の絡まりが限界突破しているよ! 職人として絶対に放っておけない、今すぐ俺のクシで、最高美に整えさせてくれ!」
「いやぁぁ! だから来ないでって言ってるでしょ! 隣国の王女殿下と神獣様が見守るこの大舞台で、あたしをそんな真剣な公開プロポーズみたいな熱い目で見つめられたら、あたしの野生の理性が……っ、仕来りが発動して本当に毎日お世話(嫁入り)になっちゃうじゃないのよぉぉ!」
シャロンは顔を耳まで真っ赤に染めて後ずさるが、レントの放つ圧倒的な職人オーラ(快感の予感)に身体がすくんで escape(逃げる)できない。
「ク、クシの誘惑が神話の結界の中でも容赦ないクマ……! だ、ダメクマ、ここでヘタレ込んで声を漏らしたら本当に連れて行かれちゃうクマ……うぅぅ❤」
クゥマもブラシで必死に防御の構えをとるが、本能はすでに快感の予感に震えていた。
「マスター, ストーーーーップですぅ!!」
ズサアアアアッ!
そこへ、驚異的な反応速度で割り込んできたメリンが、パレード終わりの聖馬ミルクたちをズラリと並べて物理的なウールの壁を作った。馬たちもレントに撫でられたいので大人しく壁になる。
「シャロンちゃん、クゥマちゃん! 国家VIPの前でうちのマスターに変な仕来りを押し付けないで、命が惜しければ早くお帰りくださいぃ!」
「そうです! 王女殿下の前での公開求婚は禁止です! マスター、あいつらは環境が神話級になっても相変わらず居座っている、ただの常習ツンデレです! ほら、大人しく私の尻尾をモフモフして目を覚ましてください!」
フィオが俺の右腕にガシッと抱きついて強力なブレーキをかけ、カルラが笑顔のまま「めっ、よ❤」とライバル二人を笑顔の圧力で押し戻していく。
「待ってくれみんな! 俺はただプロとして、彼女たちの毛並みを国宝級に磨き上げたいだけなんだ! 職人のこだわりを邪魔しないでくれー!」
「ダメなものはダメですぅー!」
結局、俺の職人魂の暴走は三人の完璧な連携によって阻止され、俺はズルズルと居間の奥へ引きずられていくのだった。
「ふむ……各国の精鋭すら恐れる戦士を、触れられる前に快感の恐怖で戦意喪失させ、さらに神の力すら完全に掌握している。やはりレント殿は、この世界をも揺るがす真のマスター……」
「ふふ、レントに撫でられたくてあんなに強がるなんて、獣人の娘たちも可愛いおねだりをするものね」
さらに勘違いを深めて畏怖を募らせるギルバート隊長と、仕来りを知っていて優雅にお茶を飲むエリザベス王女。
神獣が馴染み、世界最強の聖域となったペットホテル『アルカディア』には、今日も賑やかで温かい、可愛い修羅場の声がどこまでものどかに響き渡るのだった。
あとがき
お読みいただき、ありがとうございます!
隣国のお得意様である王女殿下とギルバート隊長が再訪し、なんと神獣ルナが給仕服でお手伝いしているボロ宿の凄まじい光景に大衝撃!
レントの規格外の環境と技術に、ギルバート隊長がさらなる武術的・戦略的な畏怖(良質な勘違い)を限界突破させる爽快な一話をお届けしました。
後半は、神聖な空気の中で職人魂が暴走したレントと、必死に抗うライバル、さらに王族の前でも超スピードで乱入するメイン3人のお約束コメディが再び炸裂!
次回、暑い夏の夜、涼むためにみんなで居間に集まって怪談(お化けの話)をすることに……!?
怖がったちび竜の赤ちゃんが、シクシク泣きながら口から可愛いもらい火(おねしょ火弾)を連発して宿の中が大パニック!
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