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第31話:隣国の王宮厩舎と、高貴なわがまま馬たち

「……素晴らしい。さすがは一国の威信をかけた王宮厩舎だな」


 ガタゴトと長い旅路を終えた俺たちの馬車は、隣国の広大な王宮の敷地へと滑り込んでいた。

 出迎えてくれたギルバート隊長に案内された王宮厩舎は、大理石の床に金細工の格子が施された、まるで宮殿そのもののような豪華さだった。そこには、親善パレードを翌日に控え、各国の貴族や王族から集められた血統書付きの名馬や、普段は一般の人間を寄せ付けない気高い魔獣たちがずらりと並んでいる。


「レント殿、よくぞ来てくれた。明日のパレードを前に、長旅や慣れない環境のせいで、各国の高貴な馬たちが極度にナーバスになって暴れておるのだ。我が隊の技術では、機嫌を損ねた彼らを傷つけずに整えるのは不可能。ぜひ君の神技を借りたい」


 ギルバート隊長が白銀の甲冑を鳴らし、深く頭を下げて俺の手を握った。


「お任せください、ギルバート殿。……なるほど、これは磨き甲斐のある最高の原石たちが揃っていますね」


 俺の目は、すでに厩舎で耳を伏せて威嚇している名馬たちの『身体』をプロの目で捉えていた。

 高価な調度品に囲まれてはいるが、パレードのプレッシャーと大勢の視線のせいで、どの子も皮膚がガチガチに引きつっている。職人として、これほど苦しんでいる毛流れ(たてがみ)を放っておくことなど絶対にできない。


 ◇


「よしよし、怖くないよ。こんな慣れない場所に連れてこられて、緊張しちゃったんだね」


 俺は特製の木彫りクシを構え、一番奥の檻で前足を激しく打ち鳴らしていた他国の傲慢な貴族の愛馬――純黒の『シャドウ・ランナー(影を駆ける名馬)』の前へとふらりと歩み出た。


「おい、平民のトリマー風情が我が家の名馬に触るな! そいつは王宮のチーフトリマーが十人がかりで抑えても暴れて手を付けられなかった狂暴な……」


 豪華な衣装を着た他国の貴族が野次馬の中から怒鳴り散らすが、俺の耳には届かない。

 俺は名馬の放つ強烈な威圧を紙一重でかわすと、その純黒の美しいたてがみの隙間にそっと指先を滑り込ませた。力を一切使わない、骨格に合わせた極上のフェザータッチだ。


「ヒヒ、ヒヒ〜〜〜ん……❤」


 次の瞬間、広大な王宮厩舎に響き渡るような、とろけきった甘い鳴き声が響いた。

 どんなエリートトリマーも寄せ付けなかった純黒の名馬が、嘘のようにしんなりと耳を寝かせ、だらしなく目をハートにして俺の胸元に頭をぐいぐいと擦り付け、もっと撫でろとばかりに尻尾を千切れんばかりに振り始めたのだ。


「な、何が起きたのだ……!? 我が家の誇り高き名馬が、一瞬でただの甘えん坊なポニーに……!?」


 傲慢だった貴族が目を見開いて絶句し、周囲の王宮関係者たちも顎が外れそうなほど驚愕していた。

 俺が特製の木彫りクシでたてがみを整えていくと、名馬の漆黒の毛並みは、まるで極上の黒真珠を敷き詰めたかのように、まばゆい神秘的な輝きを放ち出した。


「フフン、当然です! ウチのマスターのゴッドハンドは、国家の壁なんて一瞬で飛び越えちゃうんですから!」


 フィオが受付カウンター代わりに設置されたロイヤルデスクで、待ってましたとばかりに誇らしげに胸を張る。カルラ特製のハーブ水を飲んだ馬たちも次々と蕩け去り、厩舎は一瞬にして「極上のモフモフ天国」へと変貌を遂げたのだった。


 ◇


「ふぅ、さすがは王室の名馬たち、磨けば磨くほど輝く最高の素材だったな」


 大絶賛の中、俺は満足げにクシを拭いていたが、トリマーとしてのアドレナリンは完全に限界を突破していた。俺のギラギラとした純粋すぎるプロの目が、厩舎の隅で馬たちの激変っぷりに放心状態になっていたシャロンとクゥマをロックオンする。


「……ん? 大変だ二人とも! 隣国の王宮の圧倒的なプレッシャー(緊張)のせいで、シャロンさんの美しいポニーテールが過去最高に乾燥して悲鳴を上げている! クゥマさんも、驚きのあまり変な力が入って背中の剛毛の絡まりが限界突破しているよ! 職人として絶対に放っておけない、今すぐ俺にブラッシングをさせてくれ!」


「いやぁぁ! だから来ないでって言ってるでしょ! 隣国の王宮のど真ん中で、そんな真剣なロイヤルプロポーズみたいな目で見つめられたら、あたしの野生の理性が……っ、仕来りが発動して本当に毎日お世話になっちゃうじゃないのよぉぉ!」


 シャロンは顔を耳まで真っ赤に染めて後ずさるが、レントの放つ圧倒的なプロのオーラに身体がすくんで escape(逃げる)できない。


「ク、クシの誘惑が王宮の中でも容赦ないクマ……! だ、ダメクマ、ここで声を漏らしたら本当に嫁入りになっちゃうクマ……うぅぅ❤」


 クゥマもブラシで必死に防御の構えをとるが、本能はすでに快感の予感に震えていた。


「マスター、ストーーーーップですぅ!!」


 ズサアアアアッ!

 そこへ、驚異的な反応速度で王宮の廊下を滑り込んできたメリンが、馬たちのケア用に用意されていた巨大な最高級シルクシーツを俺との間にバッと広げて物理的なウールの壁を作った。


「シャロンちゃん、クゥマちゃん! 他国の王宮の真ん中でうちのマスターに変な仕来りを押し付けないで、命が惜しければ早くお帰りくださいぃ!」


「そうです! ロイヤル遠征先での公開求婚は絶対に禁止です! マスター、あいつらは環境が変わっても相変わらず居座っている、ただの常習ツンデレです! ほら、大人しく私の尻尾をモフモフして目を覚ましてください!」


 フィオが俺の右腕にガシッと抱きついて強力なブレーキをかけ、カルラが笑顔のまま「王宮でもめっ、よ❤」とライバル二人を笑顔の圧力で押し戻していく。


「待ってくれみんな! 俺はただプロとして、彼女たちの毛並みを国宝級に磨き上げたいだけなんだ! 職人のこだわりを邪魔しないでくれー!」


「ダメなものはダメですぅー!」


 結局、俺の職人魂の暴走は三人の完璧な連携によって阻止され、俺はズルズルと厩舎の奥へ引きずられていくのだった。


「ふむ……各国の精鋭戦士すら恐れる豹族や熊族を、触れられる前に快感の恐怖で戦意喪失させるとは。やはりレント殿は、この隣国をも一瞬で支配できるほどの達人……」


「ふふ、レントに撫でられたくてあんなに強がるなんて、獣人の娘たちも可愛いおねだりをするものね」


 さらに勘違いを深めて武術的に感心するギルバート隊長と、仕来りを知っていて優雅にお茶を飲むエリザベス王女。

 他国の王宮をも可愛い修羅場で染め上げるペットホテル『アルカディア』の出張お世話は、パレード本番に向けて、どこまでものどかに、そして賑やかに続いていくのだった。


お読みいただき、ありがとうございます!

隣国の王宮厩舎に到着し、各国の王族や貴族たちが手を焼いていた傲慢な名馬『シャドウ・ランナー』を、レントのゴッドハンドが一発で甘えん坊ポニーへと大陥落させました!

他国の目の肥えた権力者たちの前で圧倒的な職人チート(爽快感)を描きつつ、後半は王宮の真ん中でシャロンたちを巻き込み、お約束の高速阻止&抗うツンデレ劇をたっぷりお届けしました。


次回、いよいよロイヤルパレード当日、本番が開幕!

最高美に磨き上げられた馬たちが王都の街道を華麗に練り歩く中、レントの技術の評判を聞きつけた「さらにとんでもない大物」が、パレードの最中に姿を現す……!?


続きを楽しみにしていただける方は、ぜひブックマークや評価での応援をよろしくお願いいたします!


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