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第15話:空を覆う巨大な影と、破壊神のブラッシング

 バリバリバリバリッ――!!


 それは、空間そのものが引き裂かれるかのような、凄まじい大気の震えだった。

 のどかだった王都ルミナスの郊外が一瞬にして夜のように暗くなり、巨大な漆黒の雲を突き抜けて、伝説の『古代竜(竜王)』がその巨体を現した。雲を切り裂く翼、山並みほどもある巨躯。世界を滅ぼす破壊神とも称されるその圧倒的なプレッシャーに、王都の防衛隊は恐慌状態に陥っていた。


「な、なにあれ……!? 世界の終わりクマ……!」

「嘘でしょ……なんでこんな郊外に古代竜が降りてくるのよぉぉ!」


 ボロ宿の門の前で、シャロンとクゥマが完全に腰を抜かして震えていた。

 だが、巨大な親竜は周囲のパニックなど目もくれず、我が子の気配を察知して、一直線に俺たちのボロ宿へと舞い降りてきた。巨体が庭に着地した衝撃で、ドスンと激しい地響きが走る。


「ぷきゅー!」


 その瞬間、メリンのウールベッドから緋色のちび竜が飛び出し、お母さんを見つけて大喜びでトタトタと駆け寄っていった。

 親竜は我が子の無事を確認して安堵の息を漏らしたものの、次の瞬間、ちび竜を囲んでいた俺たち人間に向かって、怒りと警戒の混ざった凄まじい咆哮を上げた。グオォォォンと轟く音圧だけで、並の冒険者なら気絶するレベルの威圧だ。


 メリンたちがちび竜を守ろうと身構え、周囲が恐怖に凍りつく中。

 しかし、俺の【神の眼】が捉えていたのは、怒れる破壊神の姿ではなかった。


「……なんて可哀想な毛並み(鱗並み)なんだ。長旅の火山灰で酷く汚れ、乾燥して剥がれかけている巨大な鱗(原石)……職人として、絶対に放っておけないな」


 俺は恐怖するどころか、プロのトリマーとしての血が激しく沸騰し、ウズウズする手を抑えきれなくなっていた。俺は庭に転がっていた大型の特製クシを両手で構え、ふらりと親竜の前へと歩み出た。


「ちょ、ちょっとアンタ正気なの!? 焼き尽くされて死にたいの!?」


 シャロンが悲鳴のような声を上げるが、俺の耳には届かない。

 親竜が怒りの火焔を吐き出そうと、その巨大な顎を持ち上げた。俺はその隙を狙い、巨体に怯むことなく一気に懐へと飛び込んだ。そして、親竜の顎の下、最も火山灰が詰まってガチガチに凝り固まっている『逆鱗のツボ』へ、全体重をかけてグッと指圧を施した。


「グルルル……!? グ、グオォォォン……❤」


 大爆発が起きるかと思いきや、親竜の巨体が一瞬でカチコチに硬直した。

 脳を揺さぶる極上の快感に襲われた破壊神は、だらしなく目を細めると、巨体をドスンと地面に横たえ、もっと撫でろと言わんばかりに俺の身体に巨大な頭をすり付け始めたのだ。


「よしよし、痛かったね。この巨大なクシで、一気に毛流れ(鱗流れ)を整えてあげるからね」


 俺は大型の特製クシを両手で扱い、火山灰を優しく払いながら、巨大な鱗を一枚ずつ丁寧に磨き上げていった。完璧な力加減の手技によって整えられた古代竜の鱗は、太陽の光を反射して、まるで最高級のルビーを敷き詰めたかのように神々しく輝き出した。

 シャロンやクゥマ、遠巻きに見ていた住民たちは、そのあり得ない光景に顎が外れるほど驚愕していた。


 ◇


「よし、これ以上ない最高の仕上がりだ!」


 世界最強の魔獣を完璧にケアし終え、俺の職人としてのアドレナリンは限界突破していた。ブラッシングの熱が冷めやらない俺のギラギラとしたプロの目が、竜の横で放心状態になっていたシャロンとクゥマをロックオンする。


「……ん? 大変だ二人とも! シャロンさん、さっきの竜の風圧のせいで、せっかくの美しいポニーテールが過去最高に乾燥して千切れかけている! クゥマさんも恐怖のせいで背中の剛毛の絡まりが……! 職人として放っておけない、今すぐ俺にブラッシングをさせてくれ!」


「いやぁぁ! だから来ないでって言ってるでしょ! 破壊神を蕩けさせたそのゴッドハンドで、あたしを触るんじゃないわよぉぉ!(仕来りで本気で嫁入りになっちゃうじゃないのよぉぉ!)」


 シャロンは顔を耳まで真っ赤に染めて後ずさるが、レントの圧倒的なプロのオーラに身体がすくんで逃げ出せない。


「ク、クシの輝きが今日も反則クマ……! だ、ダメクマ、ここでヘタレ込んだら本当に連れて行かれちゃうクマ……うぅぅ❤」


 クゥマも腕で防御の構えをとるが、本能はすでに快感の予感に震えていた。


「マスター、ストーーーーップですぅ!!」


 ズサアアアアッ!

 そこへ、驚異的な反応速度で割り込んできたメリンが、レントに従順になった巨大な親竜の身体を物理的なウールの壁としてズラリと並べた。親竜ももっと撫でられたいので大人しく壁になる。


「マスター、駄目ですぅ! 隣国の馬さんたちや竜さんたちだけで満足してください! そいつらはただのツンデレ不審者(偵察)です!」


「そうです! マスター、あいつらを撫でたら本当に奥さんになっちゃいます! ほら、大人しく私の尻尾をモフモフして目を覚ましてください!」


 フィオが俺の右腕にガシッと抱きついて強力なブレーキをかけ、厨房から出てきたカルラが笑顔のまま「めっ、よ❤」とライバル二人を笑顔の圧力で押し戻していく。


「待ってくれみんな! 俺はただプロとして、彼女たちの毛並みを国宝級に磨き上げたいだけなんだ! 職人のこだわりを邪魔しないでくれー!」


「ダメなものはダメですぅー!」


 結局、俺の職人魂の暴走は三人の完璧な連携によって阻止され、俺はズルズルと居間へ引きずられていくのだった。

 我が子がレントのポケットで気持ちよさそうに寝ているのを見た親竜は、「この店を我が竜族の指定宿とする!」と深く納得し、悪徳ギルドの流通妨害など1ミリも通用しない『最強の神獣の後ろ盾』が加わるのだった。


 国家VIP、そして世界の破壊神までもがお得意様となったペットホテル『アルカディア』。

 守られたボロ宿には、今日もモフモフの癒やしと、賑やかで可愛い修羅場の声がどこまでものどかに響き渡るのだった。


第15話をお読みいただき、ありがとうございます!

これにて第1章【ボロ小屋の神トリマーと3人の家族】が最高の形で堂々完結となりました!


世界の破壊神である古代竜(竜王)すら、レントのゴッドハンドにかかれば一瞬で「ただの甘えん坊トカゲ」として大陥落。

悪徳商業ギルドの流通妨害をものともしない、最強の神獣の後ろ盾を手に入れました。

後半は、お約束のメイン3人による高速阻止&抗うライバルたちのツンデレ劇をたっぷりお届けしました。


次回から、いよいよ第2章【ライバル襲来! 誇り高き獣人の仕来り】へ突入!

ボロ宿に顧客を奪われ続けたシャロンとクゥマが、ギルドの面目を保つため(本当はレントに会うため)、ついに公式なお世話勝負を仕掛けに怒鳴り込んできます!


続きを楽しみにしていただける方は、ぜひブックマークや評価での応援をよろしくお願いいたします!


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