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第11話:不穏な足音と、ギルドの黒い影

「……はぁ。本当に、毎日毎日よく飽きずにやってくるわね、あの二人も」


 お昼休みの穏やかな時間、フィオが受付カウンターで帳簿をパチパチと叩きながら、呆れたようにため息をついていた。

 視線の先――ホテルの門の影からは、金と黒のメッシュが入ったポニーテールと、茶色い丸耳が、相変わらずひょこひょこと覗いている。シャロンとクゥマの『ツンデレ監視』は、今やアルカディアの完全な日常風景と化していた。


「いいじゃない、フィオちゃん。お友達が増えるのはとっても楽しいことですぅ。ほら、カルラさん特製のハーブクッキーも焼き上がりましたよぉ」


 メリンがふかふかのウールを揺らしながら、お茶の準備を整えていく。

 貴族社会での大ブーム以降も、俺たちのペットホテル『アルカディア』は変わらず大繁盛を続けていた。一泊五百リンという良心価格のまま、お留守番の魔獣たちを最高のゴッドハンドで癒やす。そんな俺たちのスローライフは、どこまでも順調そのものだった。


 だが、そんな平和な日々に、少しずつ不穏な影が忍び寄ろうとしていたんだ。


 ◇


 王都の一等地。高級ペットスパ『ラグジュアリー』を運営する、大手商業ギルド『ゴルドア商会』の本部ビル。

 その最上階にある豪華な執務室で、一人の太った男が不機嫌そうに葉巻の煙を燻らせていた。


「……シャロンの奴、何をモタモタしていやがる。あんな郊外のボロ宿一つ、さっさと潰して土地を買い戻してくると息巻いていたはずだが?」


 男の名はバルトス。シャロンたちの上司であり、王都のペットビジネスを裏で牛耳る悪徳商業ギルドの上層部の一員だ。

 彼の前に置かれた書類には、ラグジュアリーの今月の売上報告書――無惨なほどに右肩下がりの数字が並んでいた。貴族たちの顧客が、こぞって郊外のアルカディアへと流れてしまっているのだから当然だった。


「あの土地は、我が商会が『最高級ペットリゾート』を建てて、貴族どもからさらに莫大な金を吸い上げるための超一等地になるはずだったのだ……。それを、しがない元冒険者のガキが先取りし、あろうことかウチの商売を邪魔しおって……」


 バルトスはぎりぎりと歯を軋ませ、葉巻を灰皿に叩きつけた。


「シャロンとクゥマでは話にならん。あのボロ宿、少々強硬な手段を使ってでも、早急に叩き潰さねばならんな……」


 男の濁った瞳に、ドス黒い悪巧みの光が宿る。シャロンたちが純粋に技術で負けて悶絶していることなど露ほども知らないギルド上層部が、ついにその汚い手を伸ばし始めようとしていた。


 ◇


「ふぅ、カルラのクッキーは今日もサクサクで最高だな」


 ホテルの庭のベンチで、俺は焼き立てのクッキーを頬張りながら、満足げに特製クシを磨いていた。

 午後からのお客さんを迎える準備は万端だ。そんな俺のプロの眼が、今日も門の影でウズウズとこちらを見つめていた、シャロンとクゥマの姿を正確に捉えた。


「……あ、シャロンさんに、クゥマさん! 今日も遠くから見てないで、こっちでお茶でもどうだい?」


「ひゃっ!? だ、誰がアンタとお茶なんて飲むもんですか!」


 俺はギラギラとした純粋すぎる職人の目を輝かせ、クシを構え直して二人にじりじりと迫る。


「大変だ二人とも! シャロンさん、ギルドのストレスのせいか、肩の筋肉が昨日よりさらにガチガチになって、美しいポニーテールが悲鳴を上げている! クゥマさんも、心配事のせいで背中の剛毛の絡まりが過去最高にひどいよ! 職人として絶対に放っておけない! 今すぐ俺のクシで最高美に整えさせてくれ!」


「いやぁぁ! 来ないで! 今のアンタにそんな職人の目で見つめられたら、あたしの野生の理性が……っ、仕来りが発動して本当に嫁入りになっちゃうじゃないのよぉぉ!」


 シャロンは顔を真っ赤に染めて後ずさるが、レントの放つ圧倒的なプロのオーラに身体がすくんで escape(逃げる)できない。


「ク、クシの輝きが反則クマ……! だ、ダメクマ、ここでヘタレ込んだら本当に連れて行かれちゃうクマ……うぅぅ❤」


 クゥマも腕で防御の構えをとるが、本能はすでに快感の予感に震えていた。


「マスター、ストーーーーップですぅ!!」


 ズサアアアアッ!

 そこへ、驚異的な反応速度で割り込んできたメリンが、新しく洗濯したばかりの巨大なふかふかシーツを俺との間にバッと広げて物理的なウールの壁を作った。


「シャロンちゃん、クゥマちゃん! うちのマスターに変な仕来りを押し付けないで、命が惜しければ早くお帰りくださいぃ!」


「そうです! マスター、あいつらはただの常連不審者です! ほら、大人しく私の尻尾をモフモフして目を覚ましてください!」


 フィオが俺の右腕にガシッと抱きついて強力なブレーキをかけ、厨房から出てきたカルラが笑顔のまま「めっ、よ❤」とライバル二人を笑顔の圧力で押し戻していく。


「待ってくれみんな! 俺はただプロとして、彼女たちの毛並みを国宝級に磨き上げたいだけなんだ! 職人のこだわりを邪魔しないでくれー!」


「ダメなものはダメですぅー!」


 結局、俺の職人魂の暴走は三人の完璧な連携によって阻止され、俺はズルズルと居間へ引きずられていくのだった。

 平和で賑やかな、いつもの可愛い修羅場。

 しかし、その賑やかな声の裏で、ボロ宿を脅かす商業ギルドの黒い陰謀が、着実に足音を立てて近づいていた――。


第11話をお読みいただき、ありがとうございます!

ボロ宿ペットホテル『アルカディア』が大繁盛を続ける裏で、ついに高級スパを運営する悪徳商業ギルドの上層部バルトスが不穏な動きを見せ始めました。

シャロンとクゥマのツンデレ日常を楽しみつつも、物語は少しずつ次の大きな事件へと向かっていきます。


次回、悪徳ギルドがボロ宿を潰すために、とんでもない「嫌がらせ」を仕掛けてくる……!?

レントの職人魂と、背後にいる強力なお得意様たちがどう動くのか、お楽しみに!


続きを楽しみにしていただける方は、ぜひブックマークや評価での応援をよろしくお願いいたします!


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