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第9話:王都のお嬢様と、不機嫌な純白の猫

「……はあ。本当に、こんな貧相なボロ小屋で、わたくしの可愛いカノープスが癒やされるとでもおっしゃるの?」


 お高そうな馬車から降りてきたのは、目の眩むような豪華なドレスを纏った公爵家のお嬢様だった。

 その腕に抱かれているのは、絹のように美しい純白の長毛を持つ、二股尾の魔獣――『カノープス・キャット』。王都の大富豪や貴族たちの間でステータスとされる、非常に希少で高貴な猫だ。


 しかし、その純白の猫は、サファイア色の瞳を不機嫌そうに細め、威嚇するように低く「シャーッ」と鳴いていた。ストレスのせいか、せっかくの美しい毛並みもどこか元気がなく、パサついているように見える。


「いらっしゃいませ、公爵家のお嬢様。当ホテル『アルカディア』へようこそ」


 フィオが最高のビジネススマイルで深々と一礼し、カルラとメリンもお出迎えの姿勢をとる。


「街の冒険者や平民たちの間で、どんな気難しい魔獣も一瞬で懐くおかしな宿があると聞いて来てみたのだけれど……。わたくしのカノープスは、王都一等地の高級スパ『ラグジュアリー』で最新魔導マッサージ機を何台も使わせても、ずっと不機嫌なままなのよ? あんな高級店でもダメだったのに、一泊五百リンなんていうはした金を取るようなボロ宿で、何ができるというのかしら」


 お嬢様は扇子で口元を隠し、ツンと鼻を鳴らした。

 どうやら、お嬢様なりに溺愛する愛獣のストレスを本気で心配し、藁にもすがる思いでこの郊外までやってきたらしい。


「お任せください。俺がオーナーのレントです。……なるほど、最新の魔導機器、ですか」


 俺の目は、すでにその純白の猫の『身体』を完全に捉えていた。


 カノープス・キャットの繊細な皮膚。そこに、最新の魔導マッサージ機による「過剰な振動」と、強すぎる薬剤ソープのせいで、目に見えないほどの細かなストレスと乾燥のダメージが蓄積しているのがハッキリと見える。

 高価なケアが、むしろこの繊細な猫にとっては深刻なストレスになっていたんだ。職人として、こんな痛々しい毛並みを放っておけるわけがない。


「お嬢様、この子は病気ではありません。ただ、良かれと思って与えられた過剰な刺激に、身体が悲鳴を上げているだけです。少しの間、俺に預けさせてください」


「え? ええ……。まあ、怪我でもさせたら承知しないわよ?」


 俺の真剣な職人の目に気圧されたのか、お嬢様は少し頬を染めながらも、不機嫌な猫を俺の手に委ねた。


 ◇


「よしよし、怖かったね。あんな大きな音のする機械で、ゴロゴロされて嫌だったな」


 俺はカノープス・キャットを抱き上げると、まずはハーブと魔力水を特別に調合した『お肌に優しい泡立ちソープ』を使い、摩擦を一切起こさないようなフェザータッチで、優しく、優しく身体を洗ってあげた。

 風の精霊石を組み込んだ『ぬくぬくの送風団扇』で、静かに、温かい風を送って乾かしていく。


「にゃ、にゃ〜ん……?」


 最新機器の不快な音も振動もない、極上の手技に、不機嫌だった猫の瞳から警戒の色がみるみる消えていく。


「仕上げに、ここのツボをほぐしてあげるからね」


 俺は特製の木彫りクシを構え、二股の尻尾の付け根と、耳の裏のリンパを、絶妙な力加減でカリカリと刺激した。


「ゴロゴロ、ゴロゴロ……にゃ〜〜〜ん❤」


 純白の猫は、蕩けきった甘い声を上げると、完全に野生とプライドを忘れて俺の手のひらの上でお腹を見せ、激しく身悶えし始めた。完璧に整えられた純白の毛並みは、まるで朝日に輝く新雪のように、高級店のケアの時とは比較にならないほどの神々しい輝きを放ち出している。


「な、何が起きたの……!? わたくしにさえ一度もお腹を見せなかったカノープスが、あんなにハレンチな姿で甘えるなんて……!?」


 一部始終を見ていた公爵家のお嬢様が、信じられないものを見たというように絶句していた。


「お嬢様、お待たせしました。カルラ、特製のご飯をお願い」


「はいはい、お待たせ。お嬢様、この子には最新の高級キャットフードではなく、こちらの『特製ハーブミルクプリン』が一番お口に合いますよ」


 カルラが差し出したのは、牛族の自家製ミルクを使った濃厚なプリンだ。

 高級スパの高価な食事をずっと拒否して偏食を起こしていた純白の猫は、器が置かれた瞬間、目の色を変えて猛烈な勢いでプリンに飛びつき、夢中でペロペロと平らげ始めた。


「す、すごすぎるわ……! 毛並みも、ウチのお抱え職人が何人がかりで磨くよりフワフワだわ! この宿のマスター、一体何者なの!?」


「フフン、当然です! ウチのマスターのゴッドハンドは世界一なんですから!」


 フィオが待ってましたとばかりに自慢げに胸を張る。


「素晴らしいわ! 気に入ったわ、このホテルをわたくしのカノープスの『指定宿』に認定してあげる! 明日、王都の貴族のお友達全員に、ここを紹介してあげるわ!」


 お嬢様は大感激で何度も俺の手を握り締め(メイン3人が背後でピキピキと音を立てていたが)、莫大なチップを置いて嬉しそうに帰っていった。

 こうして、ボロ宿ペットホテル『アルカディア』の噂は、ついに平民の間を飛び出し、王都の貴族社会へと爆発的に広がっていくのだった。


第9話をお読みいただき、ありがとうございます!

高級スパでも手がつけられなかった公爵家のお嬢様の愛獣『カノープス・キャット』を、レントのゴッドハンドとカルラの特製プリンで一発陥落!

ボロ宿の評判は、ついに貴族階級にまで届き、高級スパにさらなる大打撃を与えることになります。


次回、貴族たちの間で「ボロ宿熱狂ブーム」が巻き起こり、ホテルはさらにとんでもない大繁盛へ……!?

そして、それを必死にツンデレ監視するシャロンたちの反応は?


続きを楽しみにしていただける方は、ぜひブックマークや評価での応援をよろしくお願いいたします!


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