十五話
翌日、やちよは青慈と一緒に青午の元に行った。青午と向かい合って座る青慈の肩は、わずかに震えている。
「それで青慈、話とは何だ?」
「子のことで少々」
「何だ、言ってみなさい」
青慈は深呼吸し、吸い込んだ空気で胸を膨らませた。それを吐ききって、声を出した。
「我らには面をつけるしきたりがありますが、生まれてくる子には面をつけさせたくない、と考えています。たとえ我らと同じ、青い瞳をしていても」
「馬鹿者!」
青午の怒声が室内の空気を震わせた。耳元で叫ばれたみたいに、やちよの鼓膜は震える。
「秘め事を口にするな!」
「やちよは我らの秘密を知っています」
「見せたのか?」
「俺の不注意で見せてしまいました」
「面だけは死守しろ、と言ったではないか! まぬけが!」
青午は振り上げた手を、青慈の頭めがけて下ろした。鈍い音と同時に、青慈の面がぽろりと外れ、畳の上に落ちた。痛かったであろうに、青慈は声一つ出さず、青午の平手打ちを耐えた。
青慈は顔を上げた。紺碧の瞳は青午を真っ直ぐに見つめている。
「やちよはこの瞳を見た上で、我らのことを鬼ではなく、人間であると言ってくれました」
父親に訴える青慈の声は、震えていながらも力強かった。
「俺は妻を娶っても子をもうけずに、一族を終わらせるつもりでした。それに、こんなところに嫁いできて不自由をさせているやちよに、鬼を産ませたくもありませんでした。けれどやちよは秘密を知って、子を生みたいと言ってくれました。もし青い瞳で生まれてきても人間だ、と。だから、子に鬼の面などつけさせる必要はないと思います」
「それ……」
「父上」
青慈は青午の言葉を遮った。
「やちよの言う通り、我らは青い瞳をしていても鬼ではなく、人間なのではないでしょうか?」
青慈の声から震えが消えた。一本しっかりと芯が通った声を青午に向ける。
青午は何も言わないまま、膝の上に置いていた手を動かした。手を顔にもっていって、面をゆっくりと外した。あらわになった顔は、青慈と瓜二つだった。似ている中、違っているのは瞳だった。彼の瞳は聞いていたとおり碧色だった。その色は、今まで見たどの空よりも青く澄んでいた。
「こんな瞳をしていても、やちよさんは我らのことを、人間だと言ってくれるのかい?」
「はい。百目鬼の皆さんは鬼なんかじゃないです。人間です。青午様の瞳、私はとても美しいと思います」
青い瞳を持って生まれたが故に、鬼と称して生きている百目鬼の者たち。村民は、彼らが自分と違う青い瞳をしていると知ったら、「鬼だ」と言うに違いない。でも自分だけでは、彼らのことを人間だと言ってあげたい。やちよはそう思った。
青午は瞬きをしながら、ふーっ、と口から息を吐いた。
「青慈」
「はい」
「お前はやちよさんのような優しい人が妻で幸せ者だな」
「俺もそう思います」
やちよは青慈を見た。頬をわずかに紅潮させている彼も、こちらをちらりと見て微笑んだ。やちよは頬が熱くなるのを感じた。
「子の面については好きにしろ」
「ありがとうございます」
青慈が礼を言うと、青午は大広間から出ていった。襖がぴしゃりと閉まると青慈は姿勢を崩し、天井を見上げた。
「恐ろしかった……」
緊張の糸が切れたのだろう。つぶやいた声は、さきほどまで父親に意見を述べていたとは思えないほどまぬけだった。
「お疲れ様でした」
「そなたもお疲れであった。激高した父上、恐ろしかったであろう?」
「かなり」
「あの怒声と平手は、今までで一番だった」
「ぶたれたとき、痛くありませんでしたか?」
「痛かった。頭が割れたかと思った」
青慈は平手打ちされたところをさすった。もうこぶになっておる、と渋面を浮べた。凛としていることが多い彼も、こんな顔をするんだ、とやちよはつい見つめてしまう。
青慈はこぶから手をどかすと、表情を改めた。そして照れくさそうに笑った。
「やちよ、一緒に来てくれてありがとう。そなたのおかげで、俺は父上に立ち向かうことができた。そなたが妻でよかった、と心の底から思う」
青慈から直接言われ、炎の中にいるみたいに体が熱くなる。やちよは耳の先まで真っ赤になった。
「……そう言ってもらえて嬉しいです」
やちよの熱が伝わったみたいに、青慈の顔も赤くなった。青慈は赤くなった顔を見られたくないのか、面をつけた。
「姉上の部屋まで送ろう」
「はい」
二人はゆるりと立ち上がり、大広間をあとにした。
キヨノの部屋に行くと、青慈がさきほどのことを話した。怒鳴られ、頭に平手打ちをくらったところから始めた。
「おお……、恐ろしい」
激高した父親を想像してみたのだろう。キヨノは身を震わせた。青午はやちよには親切にしてくれるが、実の子に対しては相当厳しいようだ。
「子には面をつけさせないでいい、と許しをもらった」
「この家は変わろうとしているのか」
キヨノはしみじみと言った。
「そうだ。姉上。俺たちの代で完全に変えようではないか」
「お前もすっかり変わったな」
「ああ。やちよのおかげで変わろうと思えたのだ」
「惚気おって」
キヨノは笑いながら、青慈の太ももを叩いた。
夕餉の時間になり、全員が大広間に揃った。
青午は無言のまま、面に手を伸ばした。面を外し、素顔をさらす。
「兄上! いったい何を考えているんですか⁉」
ヤスが声を荒げる。金切り声が、槍のようにやちよの耳を突いた。
青午はあらわにした碧色の瞳で皆を見回した。その顔は穏やかだった。
「こんな瞳をしていても、やちよさんは我らのことを人間であると言ってくれた」
青午、青慈、キヨノ以外の五人の顔が、やちよに向く。彼らがどんな表情をしてこちらを見ているのか、全く見当がつかない。
「村人に見られる心配のない食事時くらい、面を外そうではないか」
叔父、叔母が躊躇している中、青慈が面を外した。やちよは真向かいの青慈と目が合った。彼は無表情に見えたが、口元がかすかに笑っていた。
一人が外せば連鎖する。青麻が面を外した。少し垂れた目と、右の目尻のほくろが色っぽい。
「面つけてると、食べにくかったんだよね」
「それは同意だ」
青宗も言いながら面を外した。青慈、青午と瓜二つ、とまではいかないが似ていた。
シズも面を外した。シズの目尻は、青麻よりも下を向いていた。おっとりとした彼女の人柄に合っている。
青達とヤスも素顔を見せる。青達は強面で、ヤスは気難しそうな顔立ちだった。
やちよはキヨノを見る。彼女はまだ素顔をさらしていなかった。
「キヨノはそのまま食べるのか?」
キヨノの手が面に伸びる。ようやく見せた素顔は、目が大きく、可愛らしかった。母親似なのだろうか。この場にいる誰とも似ていない。
やちよの視線に気がついたのだろう。キヨノがこちらを向いて、目が合った。青慈と同じ、紺碧の瞳が左右に揺れる。
「じっと見られるのは恥ずかしいです……」
「キヨノさん、可愛らしいお方だったんですね」
「そんなことないですよ」
キヨノは俯いて首を横に振った。恥ずかしくてやちよを見られないのか、キヨノは正面を向いた。可愛らしいと言われたからだろう。その横顔は嬉しそうだった。
やちよも前を向く。青慈をとらえた視界の隅に、青午が映った。青午は目を細めて笑っていた。やちよは視線を青午に滑らせる。目が合った。すると青午は笑顔を消し、皆を束ねる当主らしい威厳のある顔つきになった。
「皆、面を外したし、そろそろいただこうではないか」
と、青午は夕餉に箸を伸ばした。
瞳を隠すためにしていた無機質な鬼の面を外し、素顔をさらした彼らと食べる夕餉は、いつもよりおいしく感じた。




