2-42.珍種は大事に
「にえのひとりが、ぼうげんを、はいた……?」
ロアの言葉を反芻するのは、言葉の意味を理解できないからではない。
むしろ意味を正しく捉えているからこその戸惑いだ。
「え? え? それって、悪口を言った人が悪いのであって、この国の人は関係なくない……?」
贄と聞いて浮かんだのは、昨日見たばかりの件の墓だ。
だから国王が大元と言えば当たっているが、この場合はなにかと変だ。
同意を求めてルドやカリトンを見る。しかし彼らは「当然」とでも言いたげな顔をしていて、アレッシアは自分の頭がおかしくなったのかと思った。
「なんでみんな何も言わないの? だって、ねえ、おかしいよね」
「アレッシア」
「ルド。その顔はおかしいって思ってるよね!」
「それ以上は、何も言ってはならない」
「なんで!」
「戦神ロアが主神のご意思を運んできた。この世において、その口から語られた御言葉のみが正しく、神の前で人間の理を持ち出すなど不敬極まりないことなのだ」
そう言いながらも、ルドの言葉は教科書に載っている文章をそのまま読んでいるような単調さだ。
しかしだからこそ、彼も正しいと思っていないことが丸わかりで、アレッシアも反発する。
「ここに来るまでの間だけで、お城が酷いことになったのを見てきたじゃない。たしかに王様は無実とはいかないかもしれないけど、だからって関係ない人まで巻き込む必要ある!?」
アレッシアの言っていることは神の理に反しているが、それでも間違っていることを言っているつもりはない。腕を組み「ほお?」と呟くロアは得体がしれないが、黙っていることはもっとできない。
「テミス、ニキフォロス。死にたくないよね!? こんなのおかしいって思うよね」
彼らだって変だと思っているはずだ。
アレッシアの問いに……ニキフォロスは転がっている父母の亡骸をちらりと見た。
黙って俯いてしまう姿にアレッシアは困惑し、次はテミスに助けを求める。彼は口を利こうとしたはずだが、ロアが指を鳴らした瞬間、喉を押さえ、声が出ないと言いたげなジェスチャーを行う。
これに、ロアが虫を見るような目でテミスを見ていた。
「俺は認められた人間以外が喋っていいなんていってないからな」
後ろにいたケルテラが必死にテミスを制止するのもあり、諦めるほかなくなったのだからどうしようもない。
ルドはアレッシアに言いきかせる。
「これ以上何も言うな。俺がそういう理由は……賢いお前ならわかるだろう」
「わかんない! そういうの……そういう言い方はずるい!!」
何故なら、この言葉を許してしまったら、アレッシアはテミス達やニキフォロスが死ぬのを認めてしまうことになる。あの時、トリュファイナの時だって、彼女の死を受け入れなかったからこそ今があるというのに、そんなことを受け入れるわけにはいかない。
また死ぬ。また殺される。
前の自分だってそうだったし、トリュファイナが死んだ時だってそうだ。
アレッシアは嫌だ。たとえこれからずっと一緒にいられる人達でなかったとしても、優しくしてくれた彼らに死んでほしくない。
なのに異を唱えているのは自分一人だけ。まるで異端者みたいな扱いに、わけもなく胸が切なく、目頭が熱い。
「ルドだって、この世界で、この国の人達と一緒に過ごしてきたんじゃないの! なんで聞き分けがいいふりしてるの!」
「アレ……」
「ほんとはヤなくせに! 主神の言ってること、どう考えてもおかしいじゃない!!」
「アレッシア!!」
ルドの一喝にアレッシアは一瞬目を見張る。
だが、すぐにキッと彼を睨んだ。
「反省なんてしてあげない。主神の言ってることは、どう考えたってばかげてるんだから」
「ば……っ!」
今度こそルドは動揺した。
アレッシアとて、主神マグナリスを悪く言えば命がないことはわかっているが、怒りの前にはそんなの無意味だ。聞き分けの良い大人の記憶は残っている……ような気はしているが、そんな真似をして、テミス達が殺されるのを見過ごしたら、死ぬまで後悔は続く。
それまで静観していたカリトンが、声を振り絞るように警告する。
「アレッシア、訂正しろ。主神を侮辱するのは許されない」
「やだ! 大体これのどこが侮辱なのか、わたしには全然わかんないもの。ばかをばかっていって、悪いなんて全然思わないから!!」
怒りに飲まれるなんて最悪だ、とも、自分の冷静な一部は思う。
もしかしたらまた殺されるかもしれない。
それでも、こればっかりは人として、許容してはいけないものなのだ……と心のどこかが訴えているから、アレッシアはその思いに従う。
カリトンがルドに目配せを行う。
きっと無理にでも拘束するつもりなのだ……とアレッシアは身構えるのだが、ルドが動きを見せる気配はない。
焦るカリトンに、ルドは諦めるように言った。
「……主がここまで言うなら仕方ない。処分なら如何様にも受けよう」
「愚か者が――主人を窘めるのも従者の務めだろうが」
これこそ意外だったのはアレッシアだ。
彼は自分を大事にしてくれる――とは感じていたが、アレッシアに従うよう命令したのは女神だ。つまり彼は神の命令を守っているだけで、彼が重きを置くのは神々の方である。しかし、ルドは言った。
「時折……アレッシアは我々の常識外の言葉を口にするが、これが馬鹿ではないことだけは知っているつもりだ」
これにカリトンは、毛を逆立てる勢いで怒った。
「訂正しろ。お前まで主神を侮辱してどうする!」
「……だって馬鹿じゃない、あの主神」
「アレッシア!!」
ぽつっと口を挟めば、カリトンの怒りが爆発する。もはや一触即発状態で、下手を打てばルドとカリトンの争いが起きるだろう。アレッシアも、テミス達を避難させるにはどうしたら良いのか……考えながら、手をぎゅっと握りしめる。
――これ、間違ったら女神候補もクビになるかも。
迷いが一瞬頭をかすめたが、これは一時の感情ではない。
自分が間違っているとは思わない。
アレッシアはテミス達に命を助けてもらった。この世界について教えてくれた。彼らも生きているのだと実感させてくれた。
彼らもまたひとつの命なのだと知った以上は、もはや見過ごすことはできない。
ここは覚悟の決めどころだ――と腹を括ろうとしたとき、堪えきれないと言わんばかりの笑い声が響いた。
「はははははは」
アレッシアは固まってしまったし、ルドも、カリトンも場違いな笑い声に手を止める。
ロアが腹を抱えて笑っている。
ひぃひぃと呼吸困難に陥っている戦神は、本当に心から笑っているようで、とうとう我慢しきれなくなった様相だ。
ひとしきり笑うと落ち着きを見せたが、彼はアレッシアをみて、またぶはっと吹き出す。
「おま……父上を馬鹿って……やっべー……」
笑うツボがまったく理解できない。
最初は呆気にとられていたアレッシアだが、あまりにもロアが笑い続けるから、次第に腹が立ってきた。
「人が真面目に言ってるのに……」
「ああ、うるせぇうるせぇ」
ロアは涙を拭きながらアレッシアの言葉を遮る。だがかつて殺された恨みか「うるせぇ」で腹立たしさも倍増だ。衿を掴むべく詰め寄ろうとしたのだが、その額をロアの手が押しやり、そのせいでぎりぎり手が届かないアレッシアががむしゃらに腕を動かす。
「このっ……! その手をどけろぉ!」
「やべえ……このガキ、本当にあの女のところのガキなの? めちゃくちゃアホじゃん……!」
「人のことをアホって言うな!」
「ほんとにやべえ!!」
今度は何故か喜ぶ始末。きぃ、と高い声をあげたアレッシアだが、瞬きの間には、体勢が変わっている。いつの間にかロアに背中を密着される状態で首に腕を回されているのだ。 いつ首を折られてもおかしくない体勢と気付いたが、アレッシアは諦めず、戦神の腕に爪を立てた。
「離して!」
「わかってないな。俺、お前の首くらいぽっきり折れるんだぜ?」
「うっさい、このばか!」
彼は背が高いので、つま先立ちしないと首が絞まってしまう。頭のすぐ上から振ってくる声は遊んでいるような趣もあるから、これがまたアレッシアの怒りに火を点けた。
傍ではカリトンが青い顔をして、ルドがいつ天に召されても仕方がない……といった諦めの境地にあった。
意気を衰えさせないアレッシアに対し、戦神は機嫌が良い。
「罵倒の種類が少ないな。そこはやっぱり世間知らずって感じか」
「勝手に人を知ったように語らないでくれる? すっごい気分悪いんですけど!」
「まあまあ、ちょっとは話を聞いたらどうだ」
「話も何も――」
「お、いいのか。せっかくこの国を助けてやろうって気になったのに」




