2-40.神の雷来たりて
二人の顔を見るなり、アレッシアは駆け寄った。
「ふたりとも、なんで……」
「テミスが、君が私たちを探していたと……」
悩んでいたアレッシアを慮るテミスの計らいだろう。彼の気遣いにすぐさま心の内で感謝し、疑問をぶつけようとしたが、一瞬口を噤んだ。純粋に彼女を心配している様子の二人と、まるで相容れない風習が重ならないのだ。だが黙っていても状況は変わらないし、と顔を上げる。
「ねえ、お墓に奴隷の人達を埋めること、あなた達はどう思ってる……?」
おそるおそるとなった問いかけに、ニキフォロスとリンヴェは顔を見合わせた。
「どう、と言われても……」
「ニキフォロス。アレッシア様はなにをおっしゃりたいのでしょう。埋めるというのは、天への旅路について……?」
「だと思う、けれど……」
アレッシアがショックを受けたのは、埋めると具体的な単語まで出たのに、二人がまるで罪悪感を抱いていないことだ。それどころかニキフォロスはアレッシアを心配するばかりで、それ以外の感情を見せていない。
「もしかしてタダムの風習でもテミスから聞いたのかな? もし同行者達のことを話しているのなら、王族と共に埋めるのは、彼らを天に導くための儀式だよ」
「そうです。天の国は飢えや老いといった、生きる上においてあらゆる苦しみが取り除かれると言われています」
「彼らは徳を積まないとたどり着けない場所だけど……」
「王族は国の導きを務めた役目から、死後、天の国に行けるのが決まっているのです。ですから一人で逝く魂を慰めるという公徳を積む代わりに、彼らをよりよい世界に連れて行くのです」
彼らの言葉は真剣で、心からそう信じているからこその真摯さがある。だからアレッシアは彼女なりに、彼らの理屈を理解しようと努めたが、やはりそれでもわからない。
これほどまでに相互理解が困難だと感じたことはない。いてもたってもいられない心地で両手をぐっと握りしめながら、胸の前に持ち上げた。
「なんで王族なら、天の国が決まってるの?」
「さっきも言った通り、国を……」
「王様が全部正しいわけじゃない。直接じゃなくても、人に命令して命を奪ってるし、苦しんでる人はたくさんいるはずだよ」
「それはわかっているとも。だけど、命を選択するのも王の務めで……」
アレッシアは絶望に浸ってしまいそうだ。どうして奴隷だった頃から兄テミスを想えたニキフォロスが、自らも悲惨な目に遭い、奴隷に命を助けてもらったリンヴェが、ただ「儀式」と言うだけで、残虐な行為に無頓着でいられるのだろう。
だって生き埋めだ。
拷問と変わらない行いは、選ばれてしまった人達にどれほどの恐怖をもたらすか。深い穴に捨て置かれ、上からじわじわと土を被せられ、足掻いてもどうしようもなく、息苦しさに顔を歪ませながら息絶える。
そんな想像するだに恐ろしい所業を、目の前の人間達は平然と話している。どれだけの尊い命が、蟻のように扱われているのに。
彼らとはわかりあえると思っていただけに、このショックは大きい。
「ねえニキフォロス。テミスのお母さんが理不尽に命を奪われたと思わないの?」
「ああ、彼の母上はテミスを生んだ恩赦で……」
皆までは聞けなかった。
なぜならその瞬間、大地をも揺らしそうな地響きと、耳を壊してしまいそうなほどの轟音が、アレッシアのいる建物ごと揺らしたからだ。
それこそ鼓膜が破れてしまったと錯覚するほどの爆音だ。これが雷だと気付いたのは数秒経ってからだが、疑問の前に、目の前の凄まじい光が迸る。
今度もまた、ごぉん、という全身を震わせる大音だ。アレッシアは両耳をふさいで歯を食いしばっていたが、二度目で再びぎゅっと目を閉じる。
誰かが抱き寄せるようにアレッシアの頭を覆う。いまだ頭の中で反響する音に目を白黒させつつ、頭に置かれた腕の主を見ると、それは怖い顔で外を見ているカリトンだ。
しかも窓枠に手をかけ外を見ているのはルドだ。
これまで姿を消していた人狼が、このときは自身を惜しむことなく姿を晒しており、問うよりも早く彼は呟いた。
「火の手が上がった」
晴れ渡っていたはずの青空が、いつの間にかどんよりと暗い雲に覆われている。ぽつ、と降り出した雨の中、カリトンがアレッシアの目を覆うのと、三度目の轟音は同時だった。
今度は瓦礫が崩れるような音も付随した。しばらくしてカリトンの手をどけると、アレッシア自身が窓枠に手を置き、外の状況を確認する。気絶したリンヴェを支えるニキフォロスを助ける余裕もなかった。
「なに、これ」
そう言ってしまったのも無理はない。
なぜなら王城に直撃したのは雷だ。それは石造りの堅牢な王城を崩し、無残な残骸をあちこちに散らしている。飛び散った石の直撃を受けた人が頭や下半身を、或いは腕を潰される様が目に飛び込む。あちこちで悲鳴が飛び交い、城内から黒い煙が上がっていた。
一体なにが起こっているのか。
アレッシアにはまるで理解が追いつかない。もちろん魔法という概念は知っているから、人智ならざる力が働いたのはわかるが、第三層世界からは神の力が取り払われている。
しかし、いまになって肌を刺すようなぴりぴりとした、それでいてどこか懐かしい香りのする風は、間違いなく神世に居たときのものだ。肌や香りで感じたのは初めてだったが、アレッシアの全身は間違いなく、これが『魔力』というものだと認識した。
ただ、どうして突然ここに魔力が満ちたのかは不明だ。原因は雷にあるのだろうが、次の行動を迷っているうちに、カリトンがアレッシアの手を引く。
「カリトン!?」
「行くぞ」
「行くってどこに。待って、まだニキフォロス達が……」
「お前を生かし、この身に帯びた使命を果たすためには会っておかねばならないんだ。かつて読んだ記録が確かなら、事が起こる前に話を通さねばならない」
「記録? 話?」
「ルド、先導しろ。お前ならば彼の方の気配を知っているはずだ」
有無を言わさぬ力で引っ張るから、アレッシアに敵うはずがない。ルドもカリトンに言われるまま進んでしまうし、いくら説明を求めても止まってくれないのだ。
「ニキフォロス、リンヴェ!」
アレッシアが気になるも、リンヴェを置いて行くことができない少年と目が合った。
さっきまで裏切られたような気持ちになっていたのに、いざ引き剥がされるとどうだ。困惑と置いて行かれる孤独をない交ぜにした表情が、目に焼き付いて離れない。
「二人とも、離れると危ないから、早くこっちに来て!!」
カリトンは王子達の同行を許さないから、こう叫ぶしかない。
人々は混乱に入り乱れ、兵はあちこち行き交っている。どうやら向かっているのは王の間らしいのだが、彼らの行く手を阻もうとした者は、ルドやカリトンが腕を払うだけで投げ飛ばされる。
その間にも、幾度か落雷で城が破壊されている。ある一瞬など、人に光が直撃した瞬間も目撃して、これにあちこちから悲鳴が上がっていた。
「カリトン様!」
思わず昔のように叫ぶアレッシアが連れて行かれたのは、想像通り王の間だ。
ただしそこで見た光景は、彼女の思考の斜め上。
身長が高く体格のいい大人が、少年と見紛う若者に首を掴まれ、持ち上げられている様だ。
掴まれているのは国王で、少年が指に力を込めると、めき、と音がして、近くで腰を抜かしている王妃が口を半開きにする。
国王を掴んでいた少年は、一目でこの国の人間ではないと知れた。鍛え上げられた四肢に纏う衣装は、第三層で目撃したどんな人々の装いとも違う。それはむしろ、こちらに降り立つ前に見ていた衣類だ。
人の王を殺した神は乱入者を見た。
それはかつて前の自分を殺したものより、少しだけ冷淡でぞくりとする恐怖だ。
「おかしな気配がすると思ったら、誰だ?」
戦神ロアが人の世に降臨していた。




