2-27.お姫様救出作戦
アレッシアにとって、闇に乗じての森の移動は苦にならなかった。
なぜなら難しくなかったせいだ。
まず砦まで先導を行うルドの導きは的確だ。タダムの兵と出くわすことはないから呑気でいられたし、足手まといを皆が知っているから騎獣を優先的に回してくれる。そのため彼女の移動は、荷物と一緒に揺られながらの騎乗がほとんどだ。
夜の森の風や、その不気味さに目を向ける余裕があったくらいだが、月明かりだけを頼りに進む森はひどく暗い。
わずかに湿った土の匂いは未だに慣れない。さわさわと葉が擦れる音は絶えず耳を襲って、いまは楽しむ余裕があるほどだが、最初期に森で迷った身としては、きっと一人だったら泣き出してしまうほど怖いはずだ。見渡す限りの木々の隙間を埋める闇はまるで強大な口で、出口のない迷路を想像させる。
「ねえ、いまさらなんだけどさ」
「なんだ」
アレッシアは呑気な質問を傍らのルドに投げる。
近くではテミス達が黙々と歩いていたが、誰も声を発さない。アレッシア以外が騎乗していないのは、先ほどまで森を走らせていたためで、またいつでも走れる状態に戻すためだ。
皆が二人の会話に耳立てているだろうが、それももはや慣れっこだった。
「砦って、戦争をやるときに必要な拠点なんだよね」
「ああ。役割としては外敵から戦略地点を守る為に築かれている」
「私、一応あの砦があった場所を覚えてるんだけど、窪地に砦って必要なものなの?」
思い返すと、タヴェル国の砦は切り立った深い崖沿いの道を降り立った最下層に存在している。崖を背にした天然要塞とは名は良いが、場所的には上から丸見えで、大勢に押し寄せられては逃げられない。まるで攻めて下さいと言わんばかりの造りに疑問を覚えたアレッシアに、ルドは感心したように息を吐いた。
「存外しっかりと考えていたのだな」
「一言余計だってば。で、ルドならなにかわからないの?」
「わかる、というよりはわかるはず、と言うべきか……」
「勿体ぶらないで教えてよぅ」
救出作戦を前に呑気なものだが、アレッシアの呑気さに周囲は苛立つというよりは同じ疑問を覚えるか、ケルテラのように口角をつり上げるかのどちらかだ。アレッシアは普通なら緊張に張り詰めた空気のせいで叱られるところを、ルドの堅実な道案内のおかげで余裕が生まれていることに気付いていない。
急かされたルドはその歩調とは正反対に、ゆっくりと口を開く。
「俺が見たところ森の奥地に位置するあの砦は、戦において要所になるというわけでもない」
「あ、やっぱり。ってことは……元々は目的が違うとか?」
「察しがいいな。この予想が合っているかはわからないが、あの立地からすると、牢獄代わりか、あるいは要人を閉じ込めておくための場所だったのではないか」
「……正解です、ルド様」
答えは意外な人物からもたらされた。
テミスだ。少年はうっすら微笑みながら、アレッシアの知りたかった答えを教えてくれる。
「あの砦、昔はタヴェルの王族の別荘地だったんだよ。経緯はわからないけど、その王族専用の牢獄になって、建築を重ねて砦になったのさ」
「へー……そんな経緯があったんだ。テミスってば、ニキフォロスからそんなことまで聞いて来たの?」
「……まぁね。色々教えてもらってるから」
なぜだろう。少年が返事までに要したわずかな間や苦笑に違和感を感じたが、それを追及するのは憚られるような雰囲気がある。アレッシア自身もどう言っていいかわからず、疑問を逸らすように明るく振る舞った。
「でもたしかにあれなら、逃げにくいかも。たとえ脱出できても簡単に見つかっちゃうもんね……」
「そのせいで俺達も侵入に苦労することになるんだけどね。砦までの道は一本しかないし、その道もすべて砦側から見えてしまうから」
一本道と言われ気付いた。大事なことを見落としていたのだ。
「…………そうだった。テミス、あれをどうやって越えて行くつもりなの?」
一度でも砦の実物を見た者として、いくら夜に紛れようとも見つからずに砦に侵入するのは困難ではないだろうか。首を捻るアレッシアに、テミスは悪戯っ子のような笑いを浮かべる。
「いま考えてるところさ」
明け方まで歩き続け、いよいよ砦が近くなると、テミスは仲間を二手に分けた。
テミス自ら率いるオミロスやレア達は救出組。もう片方は騎獣と共に残る待機組だ。
二手に分けたのは、テミス達が姫を連れて戻ってきた際の支援組として動く手筈となっている。
アレッシアは当然救出組として付いて行くが、困ったのはその方法だ。
テミスは昼頃どこかに出かけて行くと夕方あたりに戻ってきたのだが、彼らが持っていたのは見慣れぬ鎧だ。
「え、テミス、それって……」
「うん、タダムの兵から失敬してきた」
鎧の持ち主の行く末は聞くべきではないだろうか。他にも革の腰巻きや剣といった一式に付着した血の跡に、アレッシアは見ぬ振りをして目をそらす。タダムの兵士はちょうど顔を隠せるようになっているから、着替えてしまえばぱっと見では見分けがつかないのだが……。
着替えた仲間達に、アレッシアは腕組みをして首を傾げる。
「オミロスはすっごくそれらしいし、テミスも新卒だって言われたらまあ納得できるけど……ケルテラとレアは難しくない?」
「あんですって」
「レアは怒んないでよぅ」
腕を振りかぶるレアから逃げようとするアレッシアだが、彼女の言葉を受け、テミスも考えを改めたようだ。
「…………いや、でもタダムの兵は女と言えど屈強な人ばかりだし、アレッシアの言う通りかな。君はどうしようか」
「テミスまでそんなこと言う!?」
ミノアニアと違い、タダムの兵は男女関係ないので格好は問題ないが、タダムの急所だけを隠すだけの鎧では、レアの貧相な手足はかえって目立つ。ケルテラはまだ着替えてすらいないが、彼女は変装しなくとも、アレッシアには手に取るようにわかる。彼女は肌が綺麗すぎて兵士役など無理だ。
それに、とアレッシアは自分を指差す。
「私はどーするの? その胸当てひとつだってまともに着られないよ」
「ああ、君とケルテラは捕虜役だからいらないよ」
「へ」
「本当はルド様と一緒に先に行っててもらおうと思ったけど、ちょうどいいのが鹵獲できたから……」
そうして見せられたのは確保してきたと思しき荷馬車と、その上に鎮座する木の格子状の箱……すなわち牢である。
獣を入れる牢にしては……牢から繋がっている鎖や枷は、やたら細く、ちょうどヒト科に向いているように思われる。
「……テミス」
「なに?」
「もしかしなくても、あれ、私が入るの?」
「そのつもりだけど一人にはしないさ。ケルテラも一緒に入ってもらうよ」
「ケルテラは?」
「妾は構いませぬ。血生臭い鎧など趣味ではありませぬし、なによりルド様が同伴できぬとなれば、貴女様を傍でお守りする者が必要ですからな」
眉を八の字に作ったアレッシアは、牢屋とケルテラを綺麗に二度見する。さらに高さを確認すると大人三人も入れなさそうな広さや、到底立っていられなさそうな高さに、ますます顔を渋くするのだ。
「……俺を見るな」
次に彼女は従者を見たが、彼はテミスの策に従うと決めただけに口出しできないらしい。
「テミス、俺は先に砦に行っていればいいか?」
「はい。ルド様は一足先に砦側からこちらを見ておいてください。こちらを疑りそうな奴がいたら、始末してくださると嬉しいのですが……」
「それでは騒ぎが大きくなる。できれば失敗しないでもらいたい」
「では、なにか小火でもひとつ」
なかなか物騒な会話をしているが、しきりに首を捻るアレッシアには届かない。
彼女はしばらく呻りながら考えた後、結論を出した。
「ま、いっかぁ」
お話にお付き合いくださりありがとうございます。
別連載ですが「"悪女"の妹が、前世なんて呪いを抱えてた」が書籍化します。
早川書房より2025年1月末に発売です。よろしくお願いします。




