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「――――!!!」
驚きのあまり悲鳴が出そうでしたが、後ろから伸びてきた手に口を塞がれて声が出ませんでした。
「ギャーッ!」や「ひぃっ!」ならともかく、「ぴゃっ!」なんて声だったら、ババアのくせにカマトトぶってると言われるところでした。
花も恥じらう乙女心なら「ギャーッ!」はアウトですが、ババアで「ぴゃっ!」はアウトどころか痛すぎて引いてしまう言動です。
聖女召喚して「ぴゃっ!」と言ってる美しい女性がいたとして、アラサー(十代の子どもがいる歳)だとわかった瞬間にそれまでチヤホヤしていた男性陣から「ないわ~」と、そっぽを向かれます。いくら可愛くても、大きな子どものいる人妻 (の年齢の女性)は独身の自己申告をしても、自称独身 (実際は既婚者)だと思われるのです。
乙女心が枯れ果てて、老婆心が目覚めた今は歳相応の悲鳴を上げなければ社会的に死ぬことのほうが気になります。
いや、見苦しい姿を晒す危険より、誰かに捕まっているこの状況のほうが危険度は上でしたね。
「私が許可するまで声を出してはいけません。もし出したのなら、頭と身体が離れ離れになりますよ」
少し掠れた高い男性の声が耳元でしました。
これは・・・! 大御所と呼ばれるベテラン声優さんの声!! まさか、この世界でも同じ声で再生されるとは!!!
声を大にして言おう。
異世界転生して良かったーーー!
この世界のイケメンが平凡顔でカンストしていても、BLへの偏見がきつくても、大御所声優の声をこんな間近で聞けるなら良い!
日常的に聞けるなら、こんな世界でも許せる!!
さっき有能執事と浮気してやると言ったチーレム嫁、わかる!
だが、やらん!! ベル様は私のものだ!!
告げられた内容が物騒であるにも拘らず、私のテンションは最高潮になりました。
確かにこのアニメ、チーレム小説なのでヒロイン全員の声優は新人ばかりですが、何故か有能執事だけは大御所声優を使うという、非常に贅沢な作りでした。
そういえば、ヒロインと言えば女房役だから退場していくチーレム嫁ではなく、有能執事が真のヒロインだと噂もありました。チーレム小説なのに・・・。
「わかったのなら、頷きなさい」
コクコクコクコク。ベル様の命令に赤べこのように忙しなく何度も頷きます。
「頷くのは一回でいいです」
そう言いながら、ベル様の手が私の口から外されました。
ベル様in有能執事を見ようとしたら、口から離された手が後ろから私の首を掴みました。
捕まれた痛みより、息がしづらくて苦しい。
テンションは命の危険を前に平常値まで下がりました。
「妙な真似はしないでください。そのままでいなさい」
コクコクコクコク。
頷いたら、首への圧迫がなくなりました。
スーハ―スーハ―。
空気が美味しい。
「貴方の目的は旦那様でしょうか?」
「・・・」
チーレム野郎のことはまーーーったくどうでもいいので、首を横に振ります。チーレム野郎のせいで首チョンパは嫌です。
「では、何です?」
え"?!
この状態でどうやって頷くと首を振るだけで説明しろと?! 声出したら首チョンパなんですけど?!
「セバスちゃんたら~。可愛い子ちゃん、イジメちゃダメよ~♥」
オネエ口調のこの野太い声はもしかして、この人もアニメの声優さんと同じ?!!
テンション上がりまくりです。
記憶取り戻すまで普通に話していましたけど、声を聞くまで忘れていました。
廊下の壁に寄りかかってバチンと音がするようなウィンクをしてくれたのは、筋肉隆々な身体を窮屈そうに騎士の隊服に包んでいる赤毛の大男――アリスン様でした。




