民間伝承の嘘と本当、あるいは始まり
よく仲間内から広まる噂話に、変わったアルバイトの話を聞いたことはないだろうか。
「死体洗いのバイト」
「試験薬の人体実験」
そんな類の噂話だ。
私が聞いたのはいつだったか……中学生くらいの頃に聞いたのは憶えている。
「死体洗いのバイトがあって、ホルマリンのプールに浮いてくる死体を棒で突いて、沈めるんだって」
その頃の私は、ろくに自分で考えることをしない、いわゆる頭がパ──な中学生だったので、その話を「そんなものもあるのか──」と受け止めていたが、考えてみるとおかしな話だ。
そんな大量のホルマリンを入れているプールがあるというのもおかしいし(無駄が多すぎる)、何より、人間の死体を扱うアルバイトって……専門的な知識や倫理観を持った人間がする仕事ではないだろうか(というか、死体を棒で突くな)。
少なくともいまどきの、バイトテロをしそうな浮ついた若者に任せる案件ではない。
試験薬の人体実験。これは実際にある。「治験」という臨床試験のことだ。
ちゃんとした製薬会社が責任を持って行う正式な製品実験なら(たぶん)安心だろう。間違ってもおかしな、信用のない──怪しい会社がやっているものは受けない方が身のためだ。
携帯電話で手軽にネットに繋ぎ、あらゆる情報に触れられる現代では、むしろ危険なバイトは増えたようだが(特殊詐欺の手伝いとか、絶対に止めておくべきだ。クソみたいな連中が私腹を肥やすために、「手軽なバイト」などと言っているそれは、かなりの高確率で警察に捕まるのだ。──惨めな思いをするのは、そんなことに手を貸した自分だけになるぞ)。
要するに、あれだ。
「これは友だちの兄貴の、その友人の彼女が──」みたいな話は、はっきり言って「信憑性が無い」と言っているのと同じだ。
さて、ここからお話しするのは、そのネットで広まるある噂についてなんだが……そう、信憑性の無さでは、先ほどの民間伝承的な、周り回ってやって来た人づてのお話──と、なんら変わらない。
だから話半分で聞いてほしい。
ある小説投稿サイトに投稿された、ほんの数千字程度の投稿作品に──あるサイトへと繋がる情報が密かに隠されていて、いくつかのキーワードをそのサイトに入れると、次のサイトへと誘導され……みたいな、謎解きのようなことを繰り返した先に──
いや、どこかの国の情報機関(CIAと言われている)が頭脳明晰な人材を集めるために行ったという話ではない。
そんな大仰なものではなく……
なんでも、そのサイトをたどった先に、お宝がある──という噂話だ。
お宝とは仮想通貨のことだという話だが……まあ、たぶん噂にすぎないのだろう。
中には、そのサイトには、いまでは手に入らない、○○画像が大量に保管されているのだ。とかいう内容の話もあったが……どちらにしても、根も葉も無い噂話というわけだ。
こういった話題というのは結局のところ、人間が集まると、そういった話がどこからともなく現れて、人々の間に広まっていく──奇妙な心理的連鎖で作られる、幻想の一種なのだと考えられる。
「私はこういうものが見たい」「……が、あったらいいな」「~~を期待している」
そういった想いが、人々の間で形をなしていく。
だからこそ幻想には夢と同じ価値があるのかもしれない。
──だが、投稿された物の中には、予想もつかない内容のものがある場合もある。
読んだ者を一種の催眠状態に導いて、徐々に無気力な状態へと誘い、自殺へと追いやる。そんな投稿小説があるという噂が、ネットが普及されはじめたばかりの頃にあった。──何? 聞いたことが無い?
それはそうだろう。
なぜならその小説というのは、読んだ者の無意識に影響し、読者の意識や記憶すらも変質させてしまうのだから。
あなたが読んでいる物は、おそらくは大丈夫。
なぜかって?
その小説とは、非常に難解な論法を言葉の裏側で展開する、超・複雑怪奇な文法で記された、読んでいるだけで大抵の人は眠くなる──そんな小説だから。