獣は獣道を行かん⑤
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「やーっ、はァーッ!」
「おい! 待てってレザ!」
雄叫びを上げるレザに呼応して彼の馬が速度を上げ、クロートは慌てて追いかけた。
晴れた空の下――草原の向こうに森が見え、おそらくあれが目的地だと確信した矢先のことである。
ふたりの乗る馬は特別な馬具――核を燃料として馬への負担を減らし、速度も上げる最新の道具だ――を装備しているので、風のように軽やかだった。
◇◇◇
『ふーん。【迷宮宝箱設置人】ねー。面白そうだ、へへ!』
……クロートの拙い説明を、レザは拍子抜けするほどあっさりと受け入れた。
レリルが『マナの生命体』だとしてなにが問題なの? と言わんばかりのレザだったが、彼がひとつだけ真剣な声で呟いたのをクロートはしっかりと覚えている。
『まあ、宝箱取りに行って死ぬのは勝手だよね。でも、世界と女の子を無理矢理天秤にかけるのは許せないなー。それを行うつもりなら、アルカって奴は俺の――――狩り対象だ』
クロートは驚くほど冷たく笑ったレザに息を詰まらせた。
誰かの命を奪うことにレザは本当になにも感じないのだろうかと真剣に考えたほど、氷のような表情だったのだ。
――それだけの仕打ちを受けたのは確かかもしれない。それでも――。
『レリルは――それを怒ると思うぞ、レザ』
応えたクロートに、レザはへらっと笑った。
『そうだろうね。嫌われちゃうかもしれないなー、俺』
――でも、それなら。俺はどうするんだろう。
クロートはそこで首を振って考えるのをやめる。
――アルカって奴のことは知らないけど、一体どんなつもりでレリルを連れ出したのか……自分の考えが外れていればいい。
◇◇◇
そうして森のすぐ手前までやってきたふたり。
レザは奥へと続く細い道を確認すると、そこには入らずに馬を御してあたりを歩かせた。
「どうしたレザ?」
「獣ってのは自分たちの道があるんだよー。特に森や山岳地帯ではね」
クロートは首を傾げ、アルカが狼々族だと思い当たる。
「――獣道ってことか?」
「そう。地図で見るとそこの細道は大きく迂回してるんだけど――もっと近道できるような気がしたんだよねー」
確かに、クランベルから出してもらった【ネスメイラ迷宮】までの地図には森をぐるりと回り込むようにして細い道が描かれていた。
クロートから見れば森は木や草が絡み合っており、とても道なんて見つけられそうにない。
しかしレザは狩りを生業とする組織『アルテミ』の一員である。
狩人は獣道を見分ける術を身につけていた。
「……ここだね」
「! 見つけたのか?」
軽やかに馬から降りたレザの金の髪が揺れる。
草と土の匂いが満ちた森のひときわ太い木のそばで、彼はにやりと笑った。
「……ほら、ここ」
クロートも慌てて馬から降り、レザの元へと小走りに駆け寄った。
そこでクロートは微かな草木の折れと足跡に気付く。
「こんなところから――」
「俺の予想だと、森に入ってからの時間を二日は短縮できるよ。――行こう、ただでさえ半日近い距離が開いてるから」
レザは馬を放つと、躊躇いなく森へと踏み込んだ。
クロートはレザが一緒でよかったと――口にはしないが――感心して、同じように馬を放つ。
「って、おい、待てよ!」
ほんの僅かな時間目を離しただけなのに、レザの姿は枝葉の向こうへと隠れてしまう。
慌てて森に踏み込むクロートに、レザは「はぐれても知らないよー」と声をかけた。
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穴を下りていくための螺旋階段は、馬車が二台すれ違えるのではないかというくらいに広かった。
ちゃんと柵も備えてあり、簡単に落下することはなさそうだ。
レリルはほっと息を吐き、まだはるか下に見えている――戦闘になるであろうはずの――魔物を窺った。
……どうやら魔物は迷宮の来訪者に気付いたようだ。鳴き声が甲高いものへと変わり、数も増えている。
「アルカ、あの鳥型の魔物は弓で狙える……?」
「おう。――あいつはヤールロックだ。岩将軍とか呼ばれる怪鳥さ。あれなら一撃だ。近付いてきた奴はレリルが相手できるんだろ?」
質問したレリルに、アルカは大きなふかふかの尻尾をぶんと振りまわす。
「えぇと……どう、かな。アルカの盾になるくらいは……」
弓を武器とする人と一緒に戦うのが初めてのレリルは、正直な気持ちを口にした。
アルカはその言葉に蒼い目を細め、ふっと鼻先で笑ってみせる。
「盾……ね。まぁ、もっと大きな役目があるんだけどな」
「え? 役目?」
「そら、来たぞ! お手並み拝見といこうかレリル!」
瞬間、下から大きな怪鳥――ヤールロックが三体、矢のような速さで舞い上がってきた。
『ケェェーーン!』
レリルたちの頭上でバサァッと翼を広げた怪鳥の胴体は茶色い羽毛に覆われ、脚には鋭いかぎ爪が見える。
腹から尾にかけては緑色に艶めいており、広げた翼は片翼だけでレリルやアルカをすっぽりと覆うことができる大きさだ。
「っし、肩慣らしだ!」
アルカは背中の弓をさっと構えると矢筒から矢を三本引き抜き、流れるような動作でベルトの小瓶に矢尻を突っ込んだ。
レリルは盾を構え、いつでもアルカの前に飛び出せるように腰を落とす。
するとアルカは瞬時に膝を突き、ものすごい勢いで矢を連射した。
「は!」
ビュッ……!
放たれた矢は空気を斬り裂き、次々と頭上を飛ぶヤールロックの胴体を射貫く。
怪鳥はそれぞれ苦痛の声を上げると、羽を撒き散らしながら落下して螺旋階段上で跳ねた。
決して致命傷ではない……そう思ったレリルは、バタバタと暴れる怪鳥が痙攣しながら息絶え――核となったことに息を呑む。
「え……!」
そこで、アルカが犬歯を見せてにやりと笑った。
「……な? 一撃だろ?」
――アルカのベルトにたくさんついている小瓶って……もしかして全部、毒……⁉
「そら、走るぞレリル! まだまだ先は長いからな」
あれだけ大きな魔物を一撃で仕留める毒となれば、相当強いものなのだろう。
――とにかく、いまは早く最深部まで行かなくちゃ。
レリルはぞっとしたが、アルカが次のヤールロックを射貫くのを見て意識を切り替え、階段の縁を蹴った。
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