暗き地よりいたれりは⑤
中庭は外と同様、草や蔦、低木が好き放題に伸びて荒れ果てていた。
ざあざあと雨が降りしきる中、ホブゴブリンたちは身振り手振りを交えながらわめいている。
当然ながら彼らの言葉は『わめき声』以外のなんでもなく、そもそも聴き取れたとしても意味はわからなかっただろうなとクロートは気が付いた。
(ねぇクロート……ホブゴブリンの足下……なにかない?)
そこでレリルが声をかけてくる。
クロートは彼女が目を凝らしているのを見て、レザと視線を合わせ、再びホブゴブリンたちを見遣った。
……言われてみれば彼らの足下に一抱えほどの石が積まれているような気がして、クロートは首を捻る。
(なんだ、あれ?)
(うーん。罠でもなさそうだねー)
レザはそう言うと、はっと顔を上げた。
クロートもぴくりと反応し、咄嗟にレリルを後ろに庇う。
ズーッ……と。
なにかを引きずるような音がしたのだ。
(! ホブゴブリンたちが……)
レリルが小さく声を上げた瞬間、クロートはホブゴブリンたちがさっと背中合わせになってきょろきょろとあたりを見回すのを見た。
ズズーッ……
再び、不穏な音――なにか重いものを床に擦るような――がする。
(上からだよ……なんか、嫌な感じがする)
レザが低く唸るように口にして、双剣を握り直す。
(――ホブゴブリン以外の魔物の情報はなかったよな? ……とすると……)
(レイドボス――なのかな)
クロートの言葉を、レリルが引き継ぐ。
その音はクロートたちのいる部屋からの上、さらに廊下のほうから聞こえてきた。
ズーッ……
それが頭上へと移動し、ホブゴブリンたちがこちらを向いてぎゃあぎゃあとがなり立てる。
(上の魔物に気付いたみたいだね)
レザはクロートに似た翠色の目を細め、口元に笑みを浮かべた。
――こんなときにそんな顔ができるのは、やっぱりどこかが欠けてるから……なのか?
クロートにはわからなかったが、レザは窓際にぴったりと体を寄せ、事の成り行きを見届けるつもりらしい。
雨が激しくなり、曇ったガラスに叩きつけては勢いよく流れていく。
クロートは窓際に身を隠したまま目を凝らし――。
ズンッ! ズンッ……!
(――ッ!)
窓の向こう……降ってきた『それ』に、息を呑んだ。
「……っ、……」
声を上げそうになったレリルが自分の口元を両手で被う。
レザは目を見開いてから、獲物を狙うかのように体を低く保ち、舌舐めずりをしてみせた。
『それ』は、巨大な黒いなにか。
人型……というにはあまりにも歪で、獣……というにはあまりにも異形。
クロートが見上げるほどの胴体は丸々としていてゴム玉のよう。その上に頭らしきものが載っているようだ。
体に毛は一切なく、つるりとした体表で雨が弾けて流れていく。
胴体からは短くて太い足と異様に長く伸びた腕が二本ずつ生えていた。
なにより目に付くのは、腕の先端が鉄球のようになっていることだ。
そいつが歩くと、その鉄球がズーッと引きずられた。
(あの音だったんだな)
クロートが呟くと、レザが頷いて応えた。
(――あいつ、たぶんファンブリールだ。目がないから、音で判断して動く魔物で…………始まるよ)
ホブゴブリンの一体が、ギャーと甲高い声を上げる。
その瞬間。
ファンブリールというらしい魔物が、肩――といっていいのかはわからないが――を後ろから前へぐわりと波打たせ、ゴムのようにしなる腕に合わせて、先端の鉄球が左右から前方へと跳ねた。
引きずられていたはずの鉄球は一気にホブゴブリンへと到達し、そのうち一体を挟み凄まじい勢いで押し潰す。
(……っ、う……)
それは、信じられないほどにおぞましい瞬間だった。
ガゴオッと鈍く重い音が響き、レリルが口元を両手で抑えたまま目を見開いて首を振る。
……弾けた仲間を見て、ホブゴブリンたちはなにを思ったのだろうか。
転げるようにして逃げ出した残りの四体のうち、出遅れた一体が次の餌食となって鉄球に弾き飛ばされた。
(同じ……魔物なのに……どうして)
レリルが震える声でそう呟いて、何度も首を振る。
……魔物同士で共食いをすることはあるが、これは違う。明らかに、ファンブリールは無差別に攻撃を仕掛けていた。
レザの話が正しければ、目がないため周りが見えていないのだ。
……クロートは震えるレリルの様子を確認して、レザに囁いた。
(レザ、とにかく移動しよう。できれば、あいつとは戦いたくない)
(じゃあ、上の階を調べちゃおうかー。ファンブリールは移動にめちゃくちゃ時間がかかるから、上ならすぐには追い付けないと思うよ)
レザはすらすらと応えると、そっと窓から離れ廊下に向かって歩き出す。
窓の向こうでは、ファンブリールが次のホブゴブリンへ向けて腕をしならせたところであった。
17日分です。
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