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迷宮宝箱設置人 ~マナを循環させし者~  作者:


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暗き地よりいたれりは⑥

******


【メルゴモル迷宮 二階】


 三人は再びルクスを灯すと、突き当たりで右に折れた廊下をさらに進んだ。


 いまは次の角より手前――建物は中庭を囲むように口の字に造られているのだ――の階段を上がってきたところである。


 ファンブリールが立てる鉄球の音はもう聞こえず、出会でくわさないように慎重にいかねばならない。


 ――本当なら、あの魔物も倒しておく必要があるんだろうけど……。


 クロートはそう思いながらも、レリルの様子を見ることを優先させた。


 レザはいまにも斬り込んでいきそうだったが、同じことを思ったのか黙って警戒に当たってくれている。


「これ、罠だったみたいだよ……というか、ひどいねー」


 レザが足下で千切れている紐を蹴飛ばして、ぐるりと視線を巡らせる。


 ……階段の上も一階とそっくりの廊下だったはずなのだが、二階はめちゃくちゃに破壊されていた。


 おそらくファンブリールが罠など意にも介さずに歩き回り、罠の音で鉄球を振るった結果だろう。


 壁はひび割れて窪み、足下には破片が散らばっている。


「……」


 そこでふんふんと空気の臭いを確かめるクロートに、レリルが不安そうな瞳を向けた。


「んー……臭いはしてない気がするな」


「じゃあ、マナレイドは落ち着いたの……かな」


「どうだろうな。ファンブリールはレイドボスだと思うけど、あいつ自体が甘ったるい臭いなのかは窓越しだからわからないし――どうしたレザ?」


 レリルに応えながら、クロートは身構えたレザに倣って剣を構えた。


「……あっち、なんかいる気がする」


「ホブゴブリンか?」


「地図では大きな部屋があったから食堂とかかもしれない――ホブゴブリンの拠点って可能性もあるねー」


「……レリル、いけるか?」


 レザの返答にクロートが聞くと、レリルは唇をぎゅっと引き結んで頷いた。


「よし、行こう」


 クロートたちは右回りに廊下を進み、突き当たりで右に折れる。


 レザは扉の前に音もなく体を寄せると、頷いた。


 中からはこそりとも音がせず、ファンブリールを警戒しているのかもしれないと考えながら、クロートはそっと扉を押す。


 はたして、広い部屋にはかつて長テーブルだったのであろうなにかが転がり、不自然に立てられた木の板――床や壁の一部だろうか――がいくつか見て取れた。


 中庭に面した窓のカーテンはズタズタで、薄暗い光が差し込んでおり、ざあざあと雨の音が聞こえる。


 しかし、ほかに音はない。


 満ちていたのはどこか獣臭い空気で、ここになにかいるのだと思わせるには十分だった。


「……」


 クロートは剣を構え、そっと中に入る。


 ところが、レザが動くほうが速かった。


「あ、おい!」


 レザが制止など聞くはずもない。


 身を屈めて部屋に飛び込んだ彼は、足下に張られた紐のようなものを駆け抜け様に切り払っていく。


 ビュン、と空気を裂いて矢が放たれた頃には次の罠を無力化し、レザはぎらぎらと目を光らせながら部屋を縦断した。


 その途中、不自然に立てられた板の向こうでなにかが動く。


「レザ!」


 レリルが声を上げるのとクロートが踏み出すのは同時だった。


 すぐに追随したレリルとともに、見え隠れする枯草色の肌に一気に詰め寄ったクロート――だったが。


「きゃっ!」


「っ!」


「女の子!」


 クロートとレザが、レリルの悲鳴に弾かれたように振り返ると、そこには……。


『…………』


 レリルの左手を引く、小さな――中庭にいた奴よりもさらに、である――ホブゴブリンがいた。


 近くで見ると丸いルビーのような眼をしていて、耳は幅広い葉っぱのような形だとわかる。


 レリルはそのホブゴブリンが首を振るのを見て言葉に詰まった。


 ――やめてって……言っているの?


 そのとき、衝立のような板の後ろから次々とホブゴブリンたちが顔を出して騒ぎ始めた。


『ギャ!』


『ギャギャ!』


 武器を構え声を押し殺しながら鳴き交わす姿に、クロートとレザは慎重に距離を取る。


 ――なんだ? なにが起こってるんだ……?


 どういうわけかクロートには、魔物たちに困惑が広がっているように見えた。


 レリルの手を握るホブゴブリンは武器を持っていないようだが、油断はできない。


 そんななかレリルは自分を見上げる小さなホブゴブリンをぼうっと見ていたが、やがて握っていた剣をマナに還してしまった。


「レリル……!」

「女の子……!」


 クロートとレザの声が重なる。


 しかし彼女の新芽に似た黄みがかった翠色の瞳は落ち着いていた。


『……ギャ』


「大丈夫」


 レリルはゆっくりとホブゴブリンの前にしゃがみ込み、視線を合わせる。


「なにもしない」


 ホブゴブリンはその動作に目を細めると、キャキャッと笑い声のようなものを立ててレリルの手を引く。


 どうやら、板の後ろへと誘っているようだ。


『キャキャッ』

『キャ――』


 すると、ほかのホブゴブリンたちも鳴き交わして各々が武器を下ろしてしまった。


 見えるだけで八体――中庭にいたのと同じくらいの大きさのものもいる――全員がレリルを見て喜んでいるような気がして、クロートは頬を引き攣らせる。


「レザ……どういうことだよ⁉」


「わ、わかんないよ俺だって……ホブゴブリンが人になれなれしくするとか聞いたことないしさー」


 とりあえず剣を下ろしたクロートだったが、さすがに鞘に収める気にはならなかった。


 レザも落としていた腰を上げて腕は下ろしたが、双剣は握ったままである。


 当のレリルはどう見ても子供にしか見えないホブゴブリンを見つめ、呟いた。


「……ねぇ、魔物って繁殖するの……?」



本日分です。

これで80話!

いつもありがとうございます。

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