マナリムは牙を剥かん⑦
金色の双眸は窺うようにクロートとレリルを見据え、冴えた月の色をした絹のような髪が肩から滑り――たっぷりと間を開けて、ハイアルムは再び口を開く。
「――魔物だ。マナの生命体が、非マナ生命体……生物を喰らうこと。それが生物を短時間でマナに還す方法となる」
「生物を、喰らう……」
レリルが確かめるように反芻する。
クロートは嫌な予感がして、肺がぎゅっと掴まれたような息苦しさを感じた。
「【迷宮宝箱設置人】は宝箱を設置し、魔物のもとへと生物を誘う。悪く言えば、生物をおびき寄せるための餌を置くわけだの。お主たち人には飽くなき欲があろう? それを叶えるか、魔物に喰われるかは己次第――というわけだの」
ハイアルムはなんでもないことのように言い切る。
けれど己次第と言いつつも――宝箱を設置することが、生物を……人を迷宮に誘い込み、魔物に喰わせるためだと言わんばかりで。
クロートは小さく首を振った。
「――餌って……でも……俺、そんなつもりは……」
「人の欲は深い。宝箱を設置せずとも、放っておけば迷宮には挑むであろう。生活には核が必要で、なくすことはできなかろう? マナレイドが繰り返され、魔物が溢れ、危険な世界になったとしても――それは変わらぬよ」
ハイアルムは彼の言葉にすっと目を細めると、なんの慰めにもならない事実を紡ぐ。
「……でも、宝箱があるから、もっとたくさんの人が迷宮に行く。そこに冨と名声がある……だから」
クロートは項垂れて、呟いた。
「そうだ。迷宮に――宝箱に夢を求める者が必ず現れよう。しかしそれは必要なこと。【迷宮宝箱設置人】は、マナを循環させるためにいる。世界が溶けて消えてしまわぬよう――な」
「……」
ハイアルムの話は、クロートにもなんとなくわかった。
それでも彼は、納得できずに身動ぐ。
――人は迷宮に挑む。魔物の核を求め、宝を求め、夢を求めて。それが悪いことだとは思わない……思えない。
けれどクロートにとって、マナを循環させること――つまり自分が設置した宝箱を求めた冒険者が、夢叶わずに命を落とすこと――それこそが自分の使命だと聞いて、いままでどおり冒険者の背中を押せるか押せないかと言われると苦しい。
結果として繁栄を遂げた生物に世界が牙を剥くとは、なんの皮肉だろうか。
かといって世界が溶けて消えてしまったら――それこそ、すべてが無に帰すことになる。
「……ハイアルム様」
そのとき、黙ってしまったクロートの代わりにレリルがそっと声を上げた。
「話してみよ」
ハイアルムが頷くと、レリルは胸元の白薔薇のペンダントを指先でなぞりながら言葉を並べ始める。
「……【迷宮宝箱設置人】は、いままでずっとマナを循環させるために活動していたんですよね? でも、世界は牙を剥いてしまいました……それでも、まだやる意味はあるのですか?」
「ふむ。よい質問だの。……むしろ、これからが本当に恐ろしい事態となろう。我ら『ノーティティア』は先陣を切って情報を集めなければならん。迷宮に人を呼び込み、放出されたマナと、それにより『リスポーン』した魔物を世界に還さねばならぬのだ。最終的にはマナの消費を抑えるか……より多くのマナを還すために動かねばはらぬ……それができぬなら――すべてが終わる」
レリルはぎゅっと唇を噛み、辛そうな顔をした。
彼女は人の命が失われることを決してよしとしない。それなのに、自らが餌を撒く……そんなことを許せるはずもなかった。
――でも、そうしなければ世界が失われてしまう――。
そう思う彼女の胸のなか、葛藤はいかほどのものだろうか。
「――先人たちは……これを聞いて、それでも辞めなかった……ってこと、ですよね?」
「その通りであり、その通りでないとも言えよう。ここで辞める者は多い――それは確かだからの。それぞれ思惑はあろう――それを知るための情報は、すでに開示されておるよ」
レリルははっとして、新芽のような黄みがかった翠色の目を大きく見開いた。
「ほかの人がどこにどんな宝箱を設置したのか……と、ほかの人の、物語……?」
ハイアルムはなにも言わず、満足げに頷いてみせる。
レリルは少しだけ考えるように目を伏せ、すぐに前を向いた。
「ハイアルム様……世界を救うために、人を……生物を犠牲にしない方法はあるのですか?」
ハイアルムはその問いに淡々と答えた。
「マナの生命体が死に絶えればよい」
「え……」
「核など存在しなければよい。どうだ?」
「…………」
レリルはどう応えていいかわからず、言葉を失った。
マナの生命体――レリルの思うそれは『魔物』だ。
けれど、それが死に絶え核がなくなる――言葉で聞いただけなのに、なぜかとても恐ろしいことのように感じる。
――ハイアルム様はどうして『マナの生命体』と呼ぶのだろう。なぜ『魔物』と言わないの?
知らず体が震え、レリルは瞬きを繰り返した。
「あの……マナの生命体とは……魔物のことじゃないのですか……?」
「さあ、どうであろうな? その情報はまだ早かろう」
「……」
レリルはそれ以上、なにかを紡ぐことができなかった。
――もし、だけど。世界を救う方法だけを聞いていたらハイアルム様はどう答えたんだろう。
レリルが聞いたのは『生物を犠牲にしない方法』だ。
けれど『逆もまたありうる』のではないだろうか……彼女はその考えに至った。
即ち、生物がいなくなればいい――マナの消費を抑えるとは、そういうことなのではないか? という考えに。
――でも私たちは存在する。魔物もまた『リスポーン』する。
それを根底からなかったことになど、できるはずがない。
――なら、どうすればいいの。
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