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迷宮宝箱設置人 ~マナを循環させし者~  作者:


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それは絶対の覇者たるか⑩

 ルクスの光が彼らの影を躍らせる。


 クロートとレザが下がるのを確認したアルは、剣を前に突き出し『イミティオ』を指した。


「触手に気を付けろ! ふたりで一組になれ、行け! クロート、レリル! レザを見ておけ!」


「おぉっ!」


 クロートとレザと入れ違いになるように『アルテミ』の面々が攻撃を開始する。


 レリルはクロートとレザと合流すると、レザの額にぱこんと盾を打ち付けた。


「あいたっ」


「レザ。アルさんたちに心配かけて! あんな戦い方するなんて……もっと自分を大事にしなくちゃ駄目だよ!」


「心配……? アルたちが?」


「……まさか気付いてないなんて言わないよね?」


「え、えぇとー」


 クロートはふたりの会話に苦笑すると『イミティオ』に目を向ける。


『アルテミ』たちの縦横無尽の攻撃は、確かに黒い宝箱を追い詰めていた。


 ――大丈夫、勝てる……。


『アルテミ』たちとクロートたちの中間に立つアルは、戦闘の最中でもあたりに気を配っているようだ。


 確かに、ここでほかの魔物に襲われるのはよくない状況だろう。


 ……しかし『アルテミ』の面々の一撃が宝箱を貫き、黒くて丸い――禍々しい核となった瞬間、クロートはびくっと身をすくめた。


 ――臭い。


「もう、レザ、聞いて……んっ!」


「しっ! ……女の子、少し待って」


 レザがレリルの口を腕で――手のひらは剣で塞がっているからだろう――塞ぐ。


 クロートは己の鼻を信じたくなかった。


『イミティオ』を倒したというのに、甘ったるい臭いは濃くなるばかり。


 レリルがその様子に気付いて、すぐにあたりを見回す。


「……なんか嫌だ、嫌な感じ……アル!」


「アル! 駄目だ、いったん離れよう! 臭いんだ、甘ったるい臭いは消えてない!」


 レザとクロートの声がかぶり、アルが眉根を寄せて訝しげな顔をする。


「さっきも言っていたが、クロート……その臭いというのは……」


「……収束ッ!」


 アルの言葉を遮ったのはレリルだった。


 彼女の剣と盾は消え、左手の中、淡い緑色の光が形を描いて弓の形を取る。


 ……レリルが弓を収束させたことに驚く暇は『アルテミ』の誰にもない。


 彼女は左手のあたりから右手をするすると顔の横へと引いていき、光を纏う矢を紡ぎ出した。


 見回しても暗くてわからないのなら照らせばいいと、レリルは考えたのだ。


「……はっ!」


 ひゅうん!


 放たれた矢は、彼らの頭上へと光の線を描く。


 そして、天井の穴のほうをちらりと照らし――。


「……う、あ」


 クロートが、呻いた。


 ……闇が――渦巻いていた。


 周囲から黒いなにかが集まって、どんどん形を成していく。


 その大きさは信じられないほどに巨大であり、それを目の当たりにしたアルがその双眸を大きく見開いた。


「……ッ! 下がれ! 走れェッ!」


 彼は即座に、ありったけの声で叫ぶ。


 その最中、『アルテミ』のひとりが『イミティオ』の核を掴んでアルへと放った。


 アルはそれをしっかり掴むと、剣を収め右手を大きく振る。


「早くッ! 急げ、走れ、お前らッ!」


 ……しかし。


 ぶおん、と。


 低く、風を切る音がして。


「……ッ、なんでだ……なんで『リスポーン』する! やめろオォッ!」


 絶叫するアルの前――『アルテミ』の面々の上に、漆黒の影が『落ちて』きた。


 その強靱で巨大な足に踏み潰され、声を上げる間もなく命を刈り取られる『アルテミ』の面々の姿が――アルを、レザを、クロートを、レリルを恐怖に叩き落とす。


 さらに、運よく足を回避できた者たちを、長い首の先――大きく開かれた顎がうねりを上げて根こそぎ喰いちぎる。


 彼らが装備していたルクスがことごとく光を失い、『そいつ』は完全に闇と同化したかに見えた。


『グアアアァァァオッ!』


 翼を大きく広げ――『黒龍』は、生まれ落ちた『歓喜』の雄叫びを上げる。


 その轟音でびりびりと鼓膜が震え、空気が波となって体に吹き付ける。


 ――まだ……まだ、誰か生きているかもしれない!


 そう思い踏み出しかけたレリルの腕を、クロートが掴んだ。


 泣きそうな顔をしたレリルに、彼はぎゅっと唇を噛み締めて首を振る。


「――レリル」


「……はい……」


 レリルはクロートに引かれるがまま後方へと駆け出す。


「アル!」


「行けレザ! お前の仕事はクロートとレリルの補助だ!」


 レザの呼び声に、アルはすぐさま応えると酷く顔を歪ませ、身を翻す。


 レザはそれを確認してからクロートとレリルを追った。


 黒龍は逃げる獲物をその眼に映し、ばさりと翼を震わせる。


「飛び込め! 早く!」


 クロートはレリルを通路に押し込むと、レザとアルが後ろから駆けてくるのを確認し、自分も飛び込んだ。


 レザは通路に入ってクロートたちのすぐ傍まで駆け寄ると、身を捻り、膝を突いて双剣を構える。


「レザ! 受け取れ……ッ」


 そこに、アルが黒い核を投げ付ける。


 彼は通路の入口……その目前まで来ていた。


 しかし、その後ろ……巨大な闇が、真っ赤な口を開いて――。


「アル、早……」


「――レザを頼む」


 ドッ――


「…………え」


 そこにいたはずの、アルを。


「あ、る……?」


 黒い巨体が連れ去って――そして――。


「アル……アルッ……!」


「駄目だレザッ!」


 走り出そうとするレザを咄嗟にクロートが掴む。


 瞬間、獲物を掻き出せると考えたのか、黒龍の前足……その黒光りする爪が通路に突き込まれた。


 ガリガリガリッ


 爪の先が岩を掻く。


「放せよッ、アル、アル――!」


 クロートを斬り付ける勢いで暴れるレザを、クロートは殴られながら必死に押さえ込んだ。


 クロートとて息の仕方を忘れたかのように苦しく、視界が――なぜかとても歪んでいて、よく見えないのに。


 ――アルが、頼むって……そう言ったから。俺は……。


「なあ! 放せッ、どけ、触るなッ!」


 激しく暴れるレザ。それでもクロートは離さなかった。


 黒龍は前足を押し込んでくるが、クロートたちには届かない。


 やがて黒龍の足が引き抜かれ、鼻先が突き込まれた。


 生臭い息がぶおぉっと吹きかけられ、彼らは呻く。


 そして、今度は金色の眼がギョロリと通路を覗き込んだ。


「……ッ、狩ってやる、お前なんか、お前なんか――ッ!」 


 なおも駆け出そうとするレザを引き倒し、クロートはとうとう怒鳴った。


「ふざけるな! アルがなんて言ったか、お前聞いてたんだろ! レザ!」


「……ぐうっ!」


 押さえつけていたレザの右頬にクロートの拳が叩き込まれ、レザが呻く。


「あんたが――俺の邪魔、するなら――敵だ」


 彼はクロートの眼によく似た翠色の双眸を、氷のように冷たく光らせた。


 しかし。


「……レザ…………アルが……言ったんだよ。た、頼む、って……俺に」


「――――ッ」


 クロートは堪えきれなくなり、ぼたぼたと……雫をこぼす。


 温かな雫がレザの頬でいくつも跳ね、彼の目が見開かれる。


「レザ……駄目だよ」


 そのときレリルが、レザが振り上げようとしていた拳――剣は床に置かれていた――を、そっと握る。 


「とにかく、離れよう。ここは、迷宮で……私たち、戻らなくちゃ……このままじゃ、アルさんが、皆が……」


 その目が涙で濡れているのを、その唇が震えているのを、レザははっきりと見た。


 ……黒龍は獲物が届かない位置にいると理解したのか、すっと通路の入口から離れる。


 なにも見えないが、通路を出たが最期――待ち構える顎が襲い掛かってくるに違いない。


「…………わかったよ……『レリル』。『クロート』も……俺……」


 レザの声が震え、その瞳に涙が盛り上がった。


 それはあっという間にあふれだし、レザのこめかみへと流れ、柔らかな金色の髪の間に吸い込まれていく。


「絶対、狩りに……狩りに、来る……強くなって……俺は、『アルテミ』だから――」


 それは、【ダルアークの迷宮】の絶対の覇者などではない。


 レザは嗚咽を漏らし、クロートとレリルと身を寄せ合って――泣いた。



 ……その日。


 世界マナリムは、牙を剥いた。




おはようございます。

本日分となります。


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