それは絶対の覇者たるか③
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翌日の午前中、クロートとレリルはハイアルムの書庫へと向かった。
場所は『ノーティティア』本部の地下。
ハイアルムから聞いたとおりの場所で小さな扉を開けると、細い階段が下へと続いていた。
じぐざぐと何度も折れる階段には核で灯されたランプがぽつぽつと並び、その終着地点にはハイアルムの部屋と同じ、向かい合う龍が描かれた両開きの扉があった。
見上げるほど巨大な白い扉の龍の眼にはなにかの核が填め込まれていて、ぼんやりとした灯りのなか、クロートはごくりと息を呑む。
たぶんこの龍にも、建物内に設置された翼のある女性像と同様の役目があるのだ。
つまりクロートやレリルが歓迎できない客人であると判断した場合、牙を剥き、襲い掛かってくるのだろう。
「うわぁ……迷宮みたいだね」
すっかり元気になったレリル――少なくともクロートにはそう思えた――は、きらきらと目を輝かせて扉を見上げる。
「確かに。こんなところがあったなんて知らなかったよ」
「実は私もなんだよね……扉があるのはわかってたけど、まさかそこに地下への階段があるなんて思わなかったし」
「……そうだな。じゃあ開けるぞ」
クロートはレリルの言葉に応えると、そっと扉に手を触れた。
瞬間に龍の眼が瞬いて、扉は勝手に内側へと開いていく。
……はたして、その向こうに広がっていたのは巨大な部屋だったのだが……。
「なんだこれ……空っぽじゃんか……!」
クロートは驚愕に目を見開いた。
彼の目に映るのは、心なしかひんやりした空気が満ちる巨大な部屋だ。
扉の正面……数歩進んだ先には、タイルの隙間から細い木が生えている。
木はクロートの胸の高さで枝分かれし、その間に丸い水晶のようなものがすっぽりと収まっていた。
天井からは大量のランプ――階段と同じく、核で灯されたものだ――が吊されており、部屋の中は明るい。
そして肝心の本は……というと。
左右の壁に沿って、確かにたくさん……本当にたくさんの『本棚』が並んでいた。
勿論、奥の壁も、壁に面していない空間にも、ずらりだ。
けれど、そのどれもが『空っぽ』であり、見える範囲には一冊の本もありはしなかったのである。
「…………」
レリルは無言で部屋に滑り込むと、首から提げていたペンダント――昨晩、クロートが渡したものだ――の白薔薇を、そっとなぞった。
「どういうことだよ……」
クロートがぼやくと、彼女はちらりと視線をクロートに向け、するりと水晶に手を伸ばす。
「大丈夫。たぶん……」
「うん?」
「――収束」
クロートはその瞬間、目を瞠った。
水晶に近いほうから順番に、マナのぼんやりとした光が広がっていく。
同時に、その光が通り過ぎた本棚には数々の本が出現したのである……!
「……っ」
ところが、それが部屋の奥まで達すると、レリルがふらっと蹌踉めいた。
「レリル!?」
咄嗟に駆け寄るクロートを、彼女は左手で制して首を振る。
「平気。……こんなに一気に収束させたから……だと思う。マナを操るのって、すごく疲れるし……。クロートも――というか【迷宮宝箱設置人】も、宝箱は一日一個しか設置できないって言われてるでしょう?」
「え、それが理由だったのか?」
「そうだよ。クロート、もしかして知らなかった?」
「一日一個ってのは聞いてたけど……父さんは理由を教えてくれなかったし……。そっか、もしかしたら書庫の解禁が六級なのって、それくらいは強くないと本を収束する体力がもたないからなのか?」
「あー、確かにそれは一理あるかもしれないね」
レリルはうんうんと頷くと、ゆっくりと歩き出す。
ところが、本棚はかなりの場所が『歯抜け』になっており、彼女は眉をひそめる。
背表紙を見ると、どうやら【迷宮宝箱設置人】ごと、かつ等級順に並んでいるようだ。
しかし、ことごとく六級までの本しかないことにレリルはすぐに気が付いた。
「もしかして、クロートの等級までの本しか出てこない――?」
「へー、どうやってんだろうな。【監視人】にも俺の等級が反映されるのかな――あれ? そうなると【監視人】と一緒に来ないと、俺本読めないってことか?」
クロートはレリルの隣で、自分の背よりも高い本棚をぐるりと見渡す。
「……うーん、そうなっちゃうね」
レリルは言いながら、手近な本を手に取った。
ずっしりと重く、細かな型押しが施された革張りの本で、四隅が金属で補強されている。
「……」
自分の本よりもかなり凝っているのがわかるので、レリルは思わず渋い顔をした。
「ははっ、変な顔してる! まあでも、ちょっとわかるよ。自分のより格好いいとか、そんなだろ?」
クロートは歯を見せて笑うと、レリルの肩をぽんぽんと叩いた。
「――クロートに見透かされるのはちょっと悔しい」
レリルは渋い顔をしたまま本を戻すと、唇を尖らせてつんとそっぽを向く。
「とにかく、ガルムさんの本を探さなくちゃ」
「ん⁉ モウリスのだろ?」
「順番に並んでるみたい。か行は……」
「聞けよ……。まぁいいや、アーケイン……で探せばいいんだよな」
クロートは肩を竦めると、あ行を探して歩き出す。
とはいえ、古くから続く『ノーティティア』だ。
その物語の数たるや、凄まじい。
「……これ、見つけられるのか……?」
クロートはため息とともに、嘆きの言葉を吐き出した。
土曜ですが更新ですッ
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