狩人たちはかくありき④
重厚な造りの金属の宝箱は、見事な銀細工があしらわれた素晴らしいものだった。
磨き上げられた美しい外観は、どこに置いても一番に目を引くだろう。
蔦を這わせたような細い線がいくつも交わり、丸みを帯びた蓋の中心にはクロートの目と同じ翠色をした宝石が填め込まれている。
この宝箱がもし売れるのであれば――開ければ消えてしまうので無理なのだが――かなりの金額になるだろうことは想像に難くない。
それだけ、優れた逸品であった。
しかしクロートはそれを見詰めたまま、動かない。
その表情は、笑っているような、泣きそうなような、複雑な心境を物語っている。
クロートの一歩後ろからひょこりと顔を覗かせていたレリルは首を傾げた。
「クロート?」
「……」
クロートはレリルのほうを振り返ると、ちょっとだけ微笑んでみせる。
彼はそのまま視線をハイアルムへと移して、小さく言った。
「――ハイアルム。この宝箱……父さんが『創造』したのか?」
「む、なぜそう思ったのかの?」
本当に意外だったのだろう。ハイアルムの表情が、驚きに変わる。
その反応がほぼ答えのように感じたが、クロートは肩をすくめて応えた。
「最初、宝箱を設置する人なんているわけないって思ってたんだ。そのとき、父さんが一度だけ見せてくれてさ。……あ、勿論すぐに消したからな? で、そのときのやつは、もう少し簡易的な感じだったけど――似てるんだ、この宝箱」
――格好いいと思ったんだ。父さんが創造した宝箱が。自分の創造した宝箱のみすぼらしさに、悔しくなるくらいに、さ。
クロートはその気持ちを思い出して、両手をぎゅっと握った。
たぶん、これは別行動をとるガルムからの不器用な謝罪と激励なのだろう。
「――なるほどの」
クロートの様子を窺っていたハイアルムは、金の双眸を閉じてひとこと、そうこぼした。
レリルはなんだか嬉しそうな顔をして、銀の宝箱を眺めている。
「よもやこんな簡単に気付かれるとは、ガルムも残念な男よ。このために、朝早く妾を叩き起こしに来たのだぞ? ――まったく、あとで文句でも言ってやらねばなるまいな。……さあ、開けてやれ」
ハイアルムは唇に不敵な笑みを浮かべ――本当にころころと表情が変わる――片目を開けて言った。
「ああ」
クロートはそっと宝箱の蓋に手を掛け、心を静めるように深く息を吸ってから腕に力を込めた。
ゆっくり、ゆっくり。
逸る気持ちをねじ伏せ、蓋を持ち上げていく。
淡い光が宝箱の内部から漏れ出でて、白い部屋の磨かれた床に映り込んだ。
知らず心臓が早鐘のように脈打って、クロートの腕を急かそうとする。
けれど、クロートは細く息を吐き出しながら、血液が駆け巡る体を押さえた。
現れたのは――美しい剣。
磨き上げられた刀身には、覗き込むクロートの姿がはっきりと映し出されている。
クロートの愛用している長剣の形が踏襲されているように思うが、ガード部分には繊細な細工――薔薇のようだ――が施されており、全体がうっすらと蒼白い光を纏っていた。
その隣に並べられた鞘はクロートの髪に似た濡羽色で、ガード部分と同じく銀の薔薇が咲き誇る。
「……は」
ため息がこぼれるほど、素晴らしい剣だった。
そっと柄に手を伸ばせば、まるで吸い付くかのようにクロートの手にぴったりと収まる。
持ち上げてみれば羽のように軽く、自分の腕の延長のよう。
魅入られたようにぼうっと眺めていたクロートに、レリルが目を細め、温かい声音で言った。
「――クロートのための『魔装具』なんだね」
「うむ。妾から見てもかなりの業物だの。――ガルムめ、やりおるな。宝箱は設置人によってその趣向も変わるからの、精進するがよいぞ」
ソファーの背もたれから覗き込んでいたハイアルムもどこか嬉しそうにそう言って、絹のような髪をさらりと払うと、ぽんと手を打って続けた。
「では、続きといこうかの?」
……こうしてクロートは『魔装具』を手に入れ、かつ、六級を授かった。
宝箱は消えてしまったが、蓋の中央に填め込まれていた翠色の宝石はコロンと床に落ちたので、クロートは大切に袋にしまう。
解禁される書庫へは、ガルムとの稽古のあとで訪れると決め、クロートとレリルはハイアルムの部屋をあとにする。
――『魔装具』を早く試してみたいな。
クロートは鞘に収めた剣を撫でながら、口元を緩めていた。
******
「いいか。連携ってのは、互いの情報を常に交換しながら協力することだ。敵の数、位置、周りの状況――必要な情報は多い」
ガルムはそう言いながら、模擬戦用の木刀をびゅん、と振り抜いて感触を確かめる。
残念なことに、使用するのは模擬戦用の武器だとガルムは言い切った。
考えれば当然ではあるが、クロートはがっくりと肩を落としている。
レリルも苦笑いするしかない。
そんなわけで、ふたりは仕方なく己の武器に近い形の模造品を手にしているのだが、やや……いや、かなり気まずそうに顔を見合わせたのは、まったく別の理由からであった。
昼過ぎに戻ってきたガルムがふたりを鍛えると言ってやってきたのは『ノーティティア』本部の屋上で、その三分の一は部屋になっている。
そして部屋の壁はほとんどが窓で構成されており、中にいる人々が外にいるクロートたちをちらちらと窺っているのがわかるのだ。
ちなみに、屋上は『ノーティティア』に所属する者なら誰でも使用できる休憩所で、飲食物の持ち込みが可能だ。
町で好きな食べ物を購入してここで食べる人が多いことを、クロートはレリルから聞いていた。
「なぁ、父さん――ほかの場所、ないの?」
「ここまで集中しにくい場所はほかにねぇな」
「はあ?」
「だから鍛錬に持ってこいなんだよ、行くぞ!」
「げ――うわあっ!」
クロートは繰り出されたガルムの剣を、咄嗟に受け止める。
ガルムは普段、無骨な大剣を振り回しているため、木刀にもかかわらずあり得ないほど強力な一撃である。
クロートの手はそれだけでじんと痺れてしまった。
「受け流せるときは受け流せ! ひとりで相手できねぇなら連携してみせろ!」
「くそ……!」
クロートは腰を落として、ガルムとその剣に集中した。
本日分です。
明日はやーっはぁー!
よろしくお願いしますー!




