狩人たちはかくありき③
翌日、朝。
日が上り始め町が活気に満ち始めた頃、クロートとレリルはハイアルムの待つ部屋へと赴いた。
朝食は『ノーティティア』本部内にある食堂――日中は冒険者向けの洒落た喫茶店となる――で済ませていたが、ガルムはまだ暗いうちにどこかに出掛けたので別行動である。
部屋の前にはすでに順番待ちの列ができていたが、昨日ほどではない。
レリル曰く、ハイアルムに謁見できる時間まではあと三十分ほどあるという。
ところが、ふたりが列に並んだ途端に向かい合った二頭の龍が彫り込まれた美しくも神秘的な白い扉が音もなく開いた。
『――【迷宮宝箱設置人】クロートと、その【監視人】レリルよ。入るがよい』
中から――クロートからは薄らと靄がかかっていて姿が見えないが――ハイアルムの声がする。
――どうやったら、俺たちが来たってわかるんだろ。
クロートは一瞬だけそう思ったが、ハイアルムのことだ。それくらいはなんでもないことなのだろう。
勝手に結論付けると、彼は先に並ぶ人々の好奇の目を堂々と――内心では緊張しつつ――受け止めながら扉をくぐった。
レリルは微笑すら浮かべていたが、同じく緊張しているのか動きが硬い。
それでもふたりが進んでいくと、後方で扉が閉まり、ちくちくと感じていた視線を遮断してくれた。
……真っ白な部屋には今日も澄んだ空気が満ちている。
靄の奥では、ゆったりとソファーに体を預けるハイアルムが、金色の目をじっとこちらに向けていた。
彼女は血色のよい小振りの唇を真っ直ぐに引き結んでおり、いつもと違う――心の奥の不安を掻き立てるような――雰囲気を纏って見える。
見た目こそ幼い少女だが、その雰囲気は彼女が得体の知れぬ高次元の存在であることを否が応でも思い起こさせ……クロートは思わず身構えた。
そして、ゆっくりとハイアルムの唇が開かれ……
「妾は人気者なのでな! 優先で呼ばれたとあっては、さぞや注目を集めたことだろうの? いまごろ、外であいつは誰だと話題になっておるぞ」
開口一番、いきなりころころと笑い出して彼女はそんなことを言う。
クロートは顔をしかめた。身構えていたのが馬鹿馬鹿しくなる。
「わかってたなら、もっとやり方があるだろ……」
俺の緊張を返せと思ったが、癪なので彼は黙っておくことにした。
ハイアルムはなおも笑いながら、そんなクロートに言葉を重ねる。
「ふは、まあそう怒るな。朝からご苦労であった。早速報告を聞いてしまおうかの。話はそれからしよう、クロートよ」
呆れつつも、クロートはレリルと目を合わせて頷く。
レリルはハイアルムの前に歩み寄ると、いつものように古めかしい本を出現させ、膝を突いて恭しく掲げた。
ハイアルムがその本にそっと右手を添えると、淡い緑色をしたマナの光がぽうっと灯る。
レリルの蜂蜜色の髪が照らされてきらきらと光り、クロートは星の川みたいで綺麗だなと、本人でなくとも聞けば盛大に顔を赤らめそうな感想を抱く。
どうやら、他意はないようだが。
「――うむ。ガルムからも聞いていたが、やはり【シュテルンホルン迷宮】では苦労したようだの」
やがてハイアルムはそう言って、白い右手を下ろした。
同時にマナの光はゆるりと溶けてなくなり、一瞬の静寂が訪れる。
窓はないのに、なぜか明るい殺風景な部屋。
つるりと鏡のように磨かれた壁に映し出された空間が、遠く……どこまでも部屋が続いているような錯覚を引き起こす。
「それからアーケイン……モウリスと名乗っておるのか。やはり、前回の【アルフレイムの迷宮】で出会ったのはあやつであったようだな。ガルムへの書状にも懸念として書いてはおいたが、よもや再び出会って行動をともにするとは――お主たちも縁があるのであろう」
ハイアルムの言葉に、クロートは意識を引き戻すと、肩をすくめてため息をついた。
「あいつが何者かは六級になって物語を読めばいいんだろ。『イミティオ』のことは三級になってから。……それ以外でなにか教えてもらえること、あるのか?」
あまりに潔いので、レリルは思わず苦笑をこぼす。
どうやら、クロートは自分が進むしかないと腹をくくったようだ。
顔には盛大に『不満だ』と書かれているが。
ハイアルムはその言葉にすっと目を細めると、にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「そんなにふて腐れることもなかろう? では、報酬の案を提示してやろう。七級まできていれば、本来はそれ相応の金額を渡すものだが――代わりに『魔装具』をくれてやろう」
その内容に、クロートは目を丸くして思わず一歩踏み出してしまった。
「ま、『魔装具』⁉」
どきどきと脈打つ自身の心音が、クロートの耳の奥にじんと響く。
レリルも頬を紅潮させ、新芽のような黄みがかった翠の眼をきらきらとハイアルムへ向けた。
「そうだ。これから向かうことになる『ダルアークの迷宮』には、それなりに骨のある魔物が多い。備えあって憂いなしだろうの」
その反応にいたく満足した様子のハイアルムは、上機嫌で言葉を紡ぐ。
そして、彼女は顎でソファーの後ろ側を指し示した。
「さあ【迷宮宝箱設置人】クロートよ。妾からの『宝』を受け取るがよいぞ」
「……ッ!」
クロートは息を止め、慌ててソファーの後ろへと回り込み――そこに設置された宝箱に目を瞠った。
本日分です。
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