組織にとってはこともなし⑥
「――痕跡は多かった。だが、肝心の遺体を見つけることができなくてな。……唯一見つけられたのは、塔を囲む柵に刺さった奴だけだ」
塔を囲む柵――クロートは頭のなかで反芻した。
クロートとレリルはそいつが塔から投げ出され、串刺しになる瞬間を目撃している。
壁の上に槍のようなものがずらりと並んでいた場所だ。
「あんたの話では、塔の上に行けば確かめられるって話じゃなかったか? あんたが到着したときには、まだ生きている奴もいたんだろう? ……上には魔物さえ残っていなかった。じゃあなぜなにもない。いったい『なにが』遺体を片付けた?」
アルはそう続けて、真紅の瞳を光らせた。
本当は、もっと単純な答え――ガルムの目の前でリッチが喰ったというような――が、欲しかったのかもしれないし、ガルムが理由を教えてくれると期待していたのかもしれない。
話すかどうか迷った様子だったのは『ノーティティア』の出方を窺うためだろうか。
クロートは平静を装うのに必死だった。握り締めた手のひらにじっとりと変な汗が滲む。
彼の思う心当たりはひとつ――いや、ひとりというべきか――しかない。
それが不安で仕方なかったのだ。
「――それについての情報が必要だ。俺らにも上に報告する義務があるんでな。あんたたちならわかるんじゃないのか『ノーティティア』」
アルは静かにそう言って、あとは黙ってしまう。
部屋に満たされた沈黙は、重くて息苦しい。
大きな窓から入る陽の光は明るいのに、決して安心できる空気ではない。
けれど、その空気をものともせずに動いた者がいる。
「ふむ……『アルテミ』よ。妾の『ノーティティア』は曖昧な情報は出さぬ。情報を売る組織が惑わされるわけにはいかぬからの」
ハイアルムだ。
彼女は、冴えた月の色をしたシルクのような髪を、左手の人さし指と中指の腹に一房だけ挟み込み、滑らせる。
その血色のいい小振りの唇には笑みを浮かべ、金色の双眸をすっと細めた様子は、面白そうなものを見つけたと言わんばかり。
少女のような容姿が相まって、彼女は無邪気な子供のように見えた。
「しかし、それを理解したうえで本当に聞きたいのであれば、答える用意はあるぞ。重ねてにはなるが、それ相応の対価と引き換えに、な。――とはいえ、情報の有無は即ち命の有無となるやもしれぬ。出し惜しみはせぬほうが身のためよの?」
ハイアルムはそこで一度言葉を切り、笑みを湛えたままアルをじっと眺める。
アルは真っ向から視線を合わせていたが、その手が緊張に強張っていることを、浮き出た血管が物語っていた。
彼女は満足そうに頷くと、言葉を続ける。
「『アルテミ』による人狩りは行われなかった。【シュテルンホルン迷宮】近郊も封鎖されずに済んだ。それだけでも、妾の『ノーティティア』には十分な成果であったといえよう。【マナレイド】の情報共有もすでに完了しておるしの。ここでお主らが情報を買わずとも、組織にとってはこともなし。好きに決めるがよいぞ?」
「……随分と自信があるんだな」
アルはふんと鼻を鳴らして腕を組んだ。
けれど、その言葉に重ねるようにして、まだ体を縮こめていたレザが唸る。
「言ったじゃんアル。すごく嫌な感じたった――やっぱりなにかいたんだよ、あの場所に。それだけわかれば十分だ! 『アルテミ』に言って狩りに出ちゃおうよ」
アルはレザを横目でちらと見ると、深々とため息をつく。
「慎重になれ、レザ。俺らは確実に獲物を仕留める必要がある。獲物の情報は貴重だ」
「でもさぁ、ぼったくられそうだし……」
「レザ。場所と立場をわきまえろ」
「……ちぇ」
「失礼な発言を許せ『ノーティティア』を統べる者。こいつはまだ経験が浅い。――まずはその対価とやらを教えてくれ」
アルに叱られたレザが、ぷいとそっぽを向いて黙り込む。
それを面白そうに眺めていたハイアルムは、隣のガルムに――視線は一切向けずに――話しかけた。
「さてガルム。この先はお主に任せようかの?」
「……」
ガルムは難しい顔をしたまま、右手で左の頬に縦に走る傷痕をなぞる。
クロートは渇いた唇を無意識に湿らせた。
ここでモウリスの話をすることがいいことなのか悪いことなのか、クロートには判断が付かない。
やがて、ガルムはゆっくりと口を開いた。
「――とある迷宮に『イミティオ』がいると情報が入った。その核を対価に手を打とう。危険はあるが、破格だぞ」
「……ッ!」
クロートは飛び出しかけた驚愕の言葉を呑み込み、顔を上げる。
レリルも両腕で体を抱き込むようにしながら、目を見開いて唇を引き結んだ。
レザが訝しげに眉を寄せたところで、アルが組んでいた腕を解いて、テーブルに身を乗り出す。
「――『イミティオ』だって? 本当か? それこそ噂でしか聞いたことがないんだが?」
「はっ、早速『ノーティティア』を疑うのか? いいんだぞ、強制じゃねぇし、なにより俺は困らねぇからな」
「……」
アルは少しの間バンダナを両手で擦りながら、考えているようだった。
やがて、彼はゆっくりと息を吐き出してから頷く。
「いや、やるさ。『イミティオ』を狩ったとあれば、『アルテミ』でも箔が付く」
クロートはその答えを聞きながら、表情を歪めていた。
――どうしてこいつらに『イミティオ』のことなんて。核を獲ってくるってことは、あの黒い宝箱と戦うってことだろ?
血に染まった白い部屋がクロートの脳裏を過ぎり、四肢がひやりと冷たくなるが……息ができなくなるほどの恐怖は訪れなかった。
――大丈夫。慣れたわけじゃないけど、もう無様に動けなくなることはない。
代わりに、悔しさ――たぶん、妬ましい気持ちもある――が、体中をいっぱいにしていく。
彼ら『アルテミ』が求める情報は、きっとクロートが知りたいこととそう差はない……そう思ったのだ。
「――父さん」
気が付けば、クロートは言葉を発していた。
「俺たちも同行するのは駄目なのか?」
「あぁ?」
ガルムが呆れた顔をして、ハイアルムは口元に隠しきれない笑みを滲ませている。
レリルは両手でこめかみをぐりぐりすると、諦めたような口振りで言った。
「クロートが行くなら、私も行くけど……せめて、どこの迷宮なのか聞いてから考えよう?」
めっちゃ開けてしまいました!
仕事でばたばたしておりました!
逆鱗のハルト3巻についても、順調に進んでおりますのでどうぞよろしくお願いします!




