組織にとってはこともなし⑤
「ねぇ女の子ー、俺さ! 最近すっごい魔物仕留めたんだよー!」
「……え、ええと」
階段を上り廊下を進むうちに、レザはすっかり調子を取り戻していた。
しかも結局、レリルの名前は呼ばないらしい。
レリルはどう応えていいのかわからずに眉尻を下げ、困り果てた様子である。
「『アルテミ』は男所帯なのか?」
「女がいないわけじゃないが、俺の部隊にはひとりもいない。そもそも、男女問わずレザが同年代と話すこと自体あまりないんだ。『アルテミ』には若い奴はいないからな」
クロートはといえば、アルと一緒に傍観していた。
行動や目的に支障が出なければ、アルはレザを放任しているようだ。
「ふーん。じゃあ俺と一緒なんだな」
「えーっ、一緒にすんなよー。お前には女の子が一緒にいるじゃんか」
そこで、急にレザが会話に交ざってくる。
クロートは肩をすくめて首を振った。
「俺だってレリルと組んでまだそんな経ってないよ」
「あれ、そうなんだ! ねぇ女の子、なんでこいつと一緒にいるの?」
こいつってなんだよ、とクロートは思わず顔をしかめたが、レザに悪気はないのだろう。
表情と明るい口調からそれがわかるので、クロートは黙っていた。
「なんでって……」
――まさか【監視人】として一緒にいるなんて話はできないよね……。
急に質問されたレリルが思わずクロートを見ると、彼はそっと視線を逸らした。
「うわ、酷い……。えっと、お仕事で組んでるって感じなのかなぁ」
「へー、仕事なんだ。あのでっけぇおっさんも?」
「あー、そうだね」
しかし、次の瞬間。レザはとんでもないことを言った。
「あれが無法者だったらなー。俺、絶対狩るのにー」
「……!」
レリルの体が強張ったのがわかる。
その新芽のような黄みがかった緑色の瞳が見開かれるのを見て、クロートは慌てて言葉を発し、割り込んだ。
「なあ、お前どんな魔物仕留めたんだよ? さっき話してただろ?」
レザは「んー?」と首を傾げると、ぽんと手を打つ。
「あー、そうそう! 大っきな毛むくじゃらでさあ!」
「……」
その弾ける笑顔にレリルは表情を曇らせて、それでもなんとか言葉を呑み込んだ。
放っておいたら彼女は間違いなくレザに噛み付いていただろう。
命を簡単に奪うなとか、そういう純粋な気持ちをぶつけながら、きっと。
クロートもクロートで、お前なんかに父さんが狩られるもんか、と思ったのだが……彼らは『アルテミ』だ。
ときには法の下に人を狩る組織だということを、クロートもレリルも理解――納得はせずとも――している。
今回『アルテミ』が【シュテルンホルン迷宮】に行ったのも、魔物ではなく人を狩るためだとわかっていた。
クロートは気付かれないようにそっとため息をつくと、なにも言わないアルを窺う。
いまの発言を、アルも違和感なく聞いていたのだろうかと気になったのだ。
不安なのか恐怖なのか嫌悪なのか、クロートのなかにはなんともいえないもやもやした感情が溜まっていく。
「……着きました。こちらです」
そこでレリルの言葉が発せられ、彼らは目的の部屋にたどり着いた。
レリルは大きな白い扉――剣と盾が彫り込まれている――を全身を使って押し開け、客人を中へと招き入れるとぺこりと頭を下げる。
「座っていてください。お茶、お持ちします」
――え、俺は残されるわけ?
クロートの思いは虚しく、扉は再び閉ざされるのだった。
******
お茶が運ばれてくる頃には、ハイアルムとガルムも到着。
ひとり部屋を見て回っていたレザは、ハイアルムに気付くと毛を逆立てた猫のようになる。
ハイアルムはふふんと笑みを零すと、アルの対面、クロートの右隣にやってきて座った。
その背は、クロートより頭ひとつ半は小さいかもしれない。
ガルムはハイアルムの向こう側、レリルはクロートの左側に着席する。
大きな窓がある部屋は、客間としてはかなり広い。
どっしりとした黒いソファーは革張りの上等なもので、それが向かい合って二脚。
その間にあるテーブルはよく磨かれた重厚な一枚板でできており、これも高そうだ。
ハイアルムが言っていたとおり、ここが一番よい部屋なのだろう。
部屋には四隅に魔物の核を使う大きなランプ――乳白色の球体形だ――があるが、まだ日が高いため灯さずとも十分に明るかった。
「して? お主たち、名は」
「……『ノーティティア』を統べる者とはつゆ知らず、先ほどは失礼した。俺は『アルテミ』所属のアル。こっちはレザだ」
「うむ。気にするでない。……こっちはガルム、その息子のクロートと、レリルだ。我が『ノーティティア』の精鋭よの」
ハイアルムはころころと笑うと、細くて白い手で髪を梳きながら、すっと目を細める。
「さて、なにが聞きたい」
「…………」
レザも無言で座ったが、体を丸めるさまが彼の警戒っぷりを如実に表している。
彼に一瞥をくれたアルは、小さく息を吐き出すと切れ長の眼――深い紅色だった――を眇めた。
「――今回、俺ら『アルテミ』は【シュテルンホルン迷宮】にいる無法者討伐令に従い迷宮に赴いた。大量のレイスとグールバイトがいたが、そこの男が言うには『マナレイド』だったそうだな。それは正しいのか」
「うむ。間違いなかろうの」
「わかった。次に、無法者についてだが――どんな様子だった」
その質問にガルムの眉がぴくりと反応したのを、クロートは見逃さなかった。
「――人数は十人弱。いい服を着ていやがったから、ありゃ貴族だな。そいつらに雇われていたのは無所属のごろつきで……もし傭兵斡旋組織だとしたら品のねぇところだが……引きどきを見極めるのに長けてやがる。お前らが来る前には無法者を置いて撤退したぞ」
ガルムの応えに、アルは少し考える素振りを見せる。
彼は額を隠す黒いバンダナを両手のひらで外に向けて擦りながら言った。
「あんたが塔に入ったとき、無法者はまだ生きていたのか?」
「ああ、少しはな。……なんとか逃がした奴らもやられちまったようだが」
「……そうか」
「……歯切れが悪いな。なにがあった」
言い募るガルム。
クロートは膝の上でギュッと手を握り締めた。
――モウリス。彼の話が、まだなにひとつ出ていない。
アルは話そうかどうか迷ったようだが、やがて諦めたように口を開いた。
いつもありがとうございます。
よろしければブックマークや評価などしていただけると励みになります!
引き続きよろしくお願いします。




