無法者はさもありなん③
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レリルが収束させたマナは、古めかしい本へと姿を変える。
彼女がその本にちまちまと書き綴っていたのを知っているクロートは、いつか自分の創造譚を読んでみたいと思った。
――【迷宮宝箱設置人】の物語はハイアルムの書庫に保管されていて、等級がある程度までいけば読めるはずだし……自分の物語も読めるよな。……ってことは、誰かが俺の話を読むかもしれないんだ!
自分の物語が誰かに読まれるのは、わくわくするような、気恥ずかしいような……複雑な心境をクロートに抱かせる。
……そんなクロートの考えを知ってか知らずか、ハイアルムは唇の端を吊り上げ、前回のときと同様、跪いたレリルが差し出したその本にそっと右手を載せて目を閉じた。
淡い緑色をした光――前回より薄い気がする――が、彼女と本をぼんやりと包み込む。
長いような短いような時間をそのまま待っていると、ふわっと光が溶け、ハイアルムが呻いて右手で眉間を押さえた。
「ハイアルム様!」
レリルが本を消し、慌てたように立ち上がる。
ハイアルムは大丈夫とでも言うように左の手のひらをレリルに向け、さらに唸った。
「ぬぅ……ちと疲れすぎておるな。実は――妾はこの通りマナを読み取ることができる。今回【アルフレイムの迷宮】に関しても、不穏なマナを読み取ったからこそ調査を依頼したわけだ。しかし本を読み取るのと、迷宮のマナを読み取るのでは消耗の度合いが――ああ、ちゃんと回復するのでな、心配はいらないのだが――違う。迷宮が広ければ広いほど、それは顕著に現れる」
もはや目の前の人物がマナを読む――しかも、本だけでなく迷宮のものまでだ――ことにもクロートはまったく驚かない。
この場でわざわざ説明したハイアルムに、彼はむしろなるほどな、と頷いた。
「――いまは【シュテルンホルン迷宮】のマナを読み取ったから疲れてるってことか」
「はは、よきかなよきかな。理解が早い者は妾の好みだぞ、クロートよ。そういうことだ。……お前たちの報告は受け取った。やはり『イミティオ』であったか。しかも無能の金持ちに雇われの傭兵――ふむ、嫌な符合だの」
ハイアルムはいまもって顔色が悪いが、それでも面白そうに目を細めてクロートに微笑んでみせる。
当然冗談なのはわかっているが――見た目が幼いとしても――好みだとか言われるのは恐ろしい。
クロートは寒気を感じてぶるりと震えた。
「ハイアルム様はイミティオをご存知なのですか?」
彼の様子に苦笑しながらレリルが聞くと、ハイアルムは勿論だと頷く。
「あれは人を喰らうために創造される。……詳しい情報は【迷宮宝箱設置人】としてクロートが三級に上がったときに解禁されるのでな。レリル。クロートとともに、精進するがよいぞ」
「わかりました!」
意気揚々と返事をするレリル。
けれどクロートはある言葉が引っかかっていたので、答えなかった。
……創造。ハイアルムはそう言ったのだ。
知らず眉を寄せ、クロートは心のなかであれこれ考える。
――それって、あの黒い宝箱――『イミティオ』を『創造』してる奴がいるってこと……か? あれは魔物じゃない……そういう……。
『――お前の言う魔物の定義がなんなのか、興味はない』
なぜかいまになってモウリスの言い回しが思い浮かび、クロートの胸の奥に嫌な予感が湧き上がってくる。
クロートはそこでふとクランベル――この組織の【監視人】のひとりであるピンク髪のエルフのことだ――の言葉を思い出し、口にした。
「――そういえば、これって父さんへの仕事だったはずだよな。確か関わってきそうな人間が父さんの知り合いだからってクランベルが言ってたんだけど……?」
するとハイアルムは目をぱちぱちさせ、はーっとため息をつきながら背もたれに深々と寄り掛かる。
「あやつ、そんなことを話したのか。まったく――。仕方ない、なにも話さぬのでは不満もあろうからの。そなたらが会った傭兵とやらが、もしかしたらガルムや妾の知っている奴かもしれん。とはいえモウリスなんて名前ではなかったからの。別人ってことは大いに有り得るな」
クロートはそれを聞いて、腕を組んで考えた。
モウリスがガルムの知り合いなら記憶にあるかもしれないが、まったく思い当たらない。
ほかにもなにか聞けないか粘ってみたが、これ以上の情報は――さすが『ノーティティア』とでも言おうか――引き出せそうになかった。
知りたければ三級……それを目指す必要があるのだろうと、クロートは結論付ける。
「ところで、道具を拾ったようだな? 見せてみるがよい」
そこでふと思い出したようにハイアルムに言われ、クロートは意識を引き戻した。
断る理由もないので、彼は魔物の核を燃料として発光する道具をハイアルムに渡す。
燃料になっていた魔物の核は使用しているうちにだんだん小さくなり、やがて消えてしまった。
そのため、いまは道具に核を設置しておらず、見た目はただのランプのようだ。
ハイアルムは受け取るなりじっとそれを見ると、目を閉じた。
「どれ――もうひと踏ん張りするとしようかの」
ぽわり、と。
再びマナの光が彼女を包み込む。
ややあって、ハイアルムが纏う光が消え、彼女はふっと鼻を鳴らした。
レリルは不思議そうな顔をして首を傾げたが、どちらかといえばハイアルムが笑っているように見えたクロートは眉を寄せる。
顎をつ、と上げたハイアルムは――座ったままなのに、まるでクロートとレリルを見下ろすように――金の双眸を光らせた。
「当たり――だの。持ち主は名のある貴族だったようだ。おそらく、無法者とも関わりがあるぞ。――クロート、レリル。お前たちには、特別に【シュテルンホルン迷宮】への立ち入りを許可しよう。ガルムを追い、妾からの書状を届けよ」
急な話ではあったが、断る理由がない。
クロートとレリルは顔を見合わせて頷いた。
初の人工迷宮に向かいます!
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