第28話 その殺し屋、家族と晩餐③
『ウパラがクォーツラントを支配しようとしている』
――その言葉を耳にした瞬間、背筋に冷たいものが走った。
そんな非現実的なこと、なんて言って嗤ったのは、まさに〝それ〟を企てている張本人だ。
公爵の目的は、現王家の転覆。ウパラ大公と手を組み、この国をまるごと掌中に収めようとしているというのに。
売国奴。国賊。獅子身中の虫。
その未来を知っているだけに、公爵の薄ら寒い笑顔が心底不気味に見える。
そして、ふいに〈カナ∽クォ〉本編で見た、あるエピソードを思い出した。
それは、まさしく私……いや、ゲーム世界のサフィラ・フォン・パパラチアが主人公ラピスの前に初めて姿を現したシーンだ。
――鴇羽色のロングウェーブの髪。白いドレス。小柄なのに、息を呑むほどの存在感。祭の賑やかな音楽が止まり、風の音だけがそよそよと響いていた。
『貴女、数年前この祝祭で惨事があったの、ご存知?』
えっ? と驚いた表情を浮かべるラピス。サフィラは、表情を変えずに淡々と語る。
『……愚かな民兵団が、身勝手な正義を振りかざして隣国の司祭を襲撃したの。お陰様で、この国とウパラの関係は一気に冷え込んだわ』
ラピスは『その事件なら知ってる。……確か、首謀者は公開処刑されたんだよね。それがきっかけで民衆の不満も高まって――』
そう言って頷く。
『ええ、そう。襲撃されたのは、ウパラの要人。処刑をするのは当然のこと。――けれども、皮肉なものね。そのあと民衆の間では「公開処刑なんてする必要はなかった」「国はウパラの肩持ちをし、同胞を殺した」なんて言われるようになったの。……本当に、笑えない話』
次の瞬間、サフィラの無表情な顔に、ふっと笑みが浮かんだ。
『でも、もしこれが仕組まれたものだとしたら? それこそ今まさに新しい〝何か〟を仕組んでいる、最中だとしたら。……ねぇ、魔女さん。貴女はどう思うのかしら?』
そう言う彼女の瞳は、どこまでも冷たく澄んでおり、口元だけが、優美な弧を描いていた。
――愚かな民兵。身勝手な正義。そして、仕組まれたもの。
思い出した途端、私はハッとした。その時のサフィラの表情が、斜め前に座る公爵の顔と重なり合う。
(もしかして今年が、彼女が言っていた〝数年前〟ってことなの!?)
自覚した途端、全身の血の気がサッと引いた。心臓が大きな音を立て、脈を打つ。
(よりにもよって、なんで今年!? 最悪のタイミングじゃない!)
「……サフィラ? 大丈夫?」
お母様に呼びかけられて、現実に引き戻される。
「あ……はい。その、少し考えごとをしていて」
息を整え、なんとか笑顔を繕う。でも、口元が引き攣ってしまう。胸の騒めきと、頭の中の警鐘が止まらない。
確か、ゲームではこの後にカーネリアンが現れ、サフィラはその場を立ち去った。そして、残されたラピスが先ほどの会話内容を彼に話すと、カーネリアンはこう呟く。
『……ああ。確かあの頃から、ウパラ人による犯罪行為やパラキリ問題が横行してたんだよな』と。
(ウパラ人による犯罪……パラキリ……あっ)
思い返せば、ルベル誘拐事件の賊は浅黒い肌をしていた。
ウパラ人の特徴と言えば、褐色や黄金色の有色の肌。
そして何よりも〝象徴的〟なのは、その瞳だ。
彼らの虹彩には多層の光彩層があり、まるでオパールの宝石のように、見る角度や光の加減で色が変化して見える。
部屋が暗くてよくは見えなかったが、賊の男もそのような瞳をしていた気がする。
それに、
『最近、多いんですか? 混血児』
スリ事件の日、エメルドが言っていたあの一言を思い出す。パラキリ――クォーツラント人とウパラ人の混血児を指す言葉だ。
そう言えば……あの、スリの男の子。黄味掛かった肌に高輝度の印象的な金色の瞳。一般的なクォーツラント人とは、どこか違った雰囲気の顔立ちをしていた。
嫌な予感がじわじわと胸の奥で膨らんでいく。
これまで起きた出来事の裏には、偶然にも〝ウパラ公国〟の影が潜んでいる。
スリ事件のときに駆け付けてくれた騎士も、有色の肌を持つ子どもや〝かの国〟の物取り、密売人による事件が増えていると話していた。
(つまり――この国ではすでに、それが小さな社会問題になっているのかも……)
だから、「ウパラがクォーツラントを乗っ取ろうとしている」なんて噂が流れているのだろう。
そして――それらを仕組んでいるのは、恐らくパパラチア公爵をはじめとした〝こちら側〟の人間。
つまり、今年の〈緋冠祭〉で起きることは、間違いなくこの世界の分岐点になる。
(……とは言え)
そのことに気付けたとしても、今の私は幼い公爵令嬢。更に言うと元・ただの殺し屋だ。そんな私に一体何が出来るというのだろう。
起こる事件が分かっても、騒動を起こす民兵がどこの誰なのかもわからない。緋冠祭だって、たった今行くことを禁じられた。まず、ひとりで外へ出ること自体、不可能だ。
けれど――もしここでこの事件を阻止できれば……!
(〝私〟の運命を、変えられる可能性がある)
クォーツラントとウパラの関係が悪化しなければ、争いは起こらない筈。そして、私が生贄に捧げられることだって――。
「ああ、すまない! ……怖い話をしてしまったね」
公爵の声が、その思考をかき消すように響いた。
「という訳で、明日王宮へ行ってサフィラが欠席することを陛下に伝えてくるよ。それに、今回のウパラ視察の成果も報告しないといけないからね」
王宮、と言う言葉を聞いた瞬間、私はひらめいた。
私は何も出来なくても、騎士団の人たちが何とかしてくれるかもしれない。ヘリオドール卿やモルガン叔父さんは難しくとも、ルベルやエメルドにこのことが話せれば……!
「お父様!」
そう思った瞬間にはもう、声が出ていた。
私がいきなり声を出したことに、驚いた表情を浮かべるお母様。公爵は少しだけ首を傾げ、柔和な笑みを浮かべている。
「おや、どうしたんだい? サフィラ」
「あの、王宮へ………私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
心臓がうるさい。また、考えなしに行動してしまったと、ほんの少しだけ後悔が押し寄せる。
でも、この千載一遇のチャンス。見過ごす訳にはいかない。
(やらないで後悔よりやって後悔だ。これまでも、そうやってきたじゃない……!)
チラリと公爵の顔色を伺う。体調のこともあるし、断られるかも――
「ああ、いいとも!」
予想外の快諾に、思わず声が漏れた。
「えっ……」「まあ!」
それはお母様も同じだったみたいで、少し狼狽えた様子でそのまま続ける。
「でもアナタ、サフィラはまだ体調が………」
「私が側にいるんだ。大丈夫だよ。……それに、王宮には彼も居る。問題はないさ」
そう言って、私の方へ向き直り目を細める公爵。その感情の読めない眼差しに、ゾワリと寒気が走る。
まさかの二度目の王宮訪問。しかも今度は、物語の黒幕――公爵と二人でだ。〝彼〟と言う言葉に引っ掛かりを覚えるが、せっかく掴んだこの機会。逃す訳には行かない。
(……やってやろうじゃない)
運命の輪が、回り始めた。そんな音が聞こえたような気がした。




