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その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした  作者: 蟹三昧
第二章

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第23話 緑柱の騎士と白王子の語らい




【エメルド視点】


 

 コトン、ガタン、と不規則に揺れる馬車の中。革張りの座席にもたれながらオレ、エメルド・フォン・ベリロスは天井を仰いだ。


 この時期の午後にしては日差しが強く、車内にこもった熱気がじわじわと背中に滲んでくる。堪らず、窓を少しだけ開けると、花の香りをほんのりと乗せた凉風が入り込み、頬を優しく撫ぜた。


 ようやく一息付ける気分になったが、……オレの耳奥にはモルガンの〝お小言〟が未だにこびり付いて離れないでいる。


『いいですか、坊ちゃん。騎士の仕事は時間管理が命なんです!もっと時間に気を配るように!』


 脳内にこだまするダミ声にウンザリし、ため息を吐く。


 あの人、いつもは適当な癖に、時間の事になると妙にうるさいんだよなぁ。……それに、彼の言い分はよくわかる。遅刻したオレが十割悪い。勿論、反省もしている。


 けれども、今回はスリ事件もあった訳だ。あそこまでうるさく言われる筋合いは無いと思う。


 困っている人が居たら助ける。それも騎士の務めだし――それに、結果的には丸く収まったんだ。


 スリの坊やは無事保護されただろうし、ブローチを返したご令嬢も凄く喜んでくれた。ついでに、お茶の約束までこぎつけられたしな。


 それもこれも、サフィラお嬢さんのお陰だ。


(でもまさか、あのお嬢さんがサフィラ様だとはね。……正直肝が冷えたよ)


 〈輝石の聖女候補〉である彼女は、()()パパラチア公爵家の一人娘だ。にもかかわらず、まるで普通のご令嬢……いやそれ以上に自然体で、飾らない雰囲気を持っていた。


 聖女候補という特別な立場にあることもあって、「万一にも何かあってはならない」と、公爵が極端なほどに外出を控えさせているという話は、以前から耳にしていた。


 内々の特別なお茶会ぐらいでしか姿を表さないらしく、社交界では〝幻のご令嬢〟なんて呼ばれているくらいだ。


 年齢もまだ十三歳。お披露目の席にすら出ていない以上、顔を知らないのも無理はないだろう。


 むしろ、あんな形での初対面になったことの方が奇跡だ。


 噂では気位の高い、いかにも聖女候補らしい少女だと聞いていたが、まさかスリの子を身一つで追いかけるだなんて。


 そんな女の子が〝幻のご令嬢〟と同一人物だと、誰が想像するだろうか。


 ……だか、あの異様なまでの落ち着き。瞬時の判断力と状況の裏を読める聡明さ。そう言った面に関しては、流石は聖女候補とも言える。


(あんな可愛い顔して。よくやるよ、全く)


 いや~、にしても可愛かったな~! サフィラお嬢さん。


 間違えてオレのことを「お兄ちゃん」と呼んだ時には、流石に胸がときめいた。一応妹のミントの一つ下の年齢みたいだけど、素直でいい子だし、ああいう雰囲気の子はつい甘やかしたくなってしまう。


 それに、あと三、四年もすれば、相当な美女になるんじゃないか? ……うん、それはそれで成長した姿が楽しみだな。


 ――なんて事を考えながら、ちら、と向かいに座るルベルの顔を見る。


 彼女との逢瀬の余韻でも噛み締めているだろうか。いい意味で彼らしくない、ぽや~っとした表情を浮かべていた。


「ルベル、よかったな」


 周囲に身内しか居ないので、いつもの呼び名で彼を呼ぶ。

 すると彼は少しきょとんとしたあと、照れたように笑った。


「うん。……でも、エメルドのアドバイス通り全然出来なかった。やっぱり緊張したよ」


 そんなルベルの表情を見て、思わずこちらも笑ってしまう。


「あはは。そりゃ、あんな子相手なら誰だって緊張するさ。でも、贈り物は渡せたんだろ? それが出来れば上出来だって」


 奥手なルベルが、初めて女の子に贈り物を贈ったんだ。しかも相手はあのサフィラお嬢さんだと思えば、それだけで充分な成果だと思う。


「頑張ったな」


 そう言いながら、そっと身を乗り出して彼の肩を軽く叩き、ウィンクをひとつ飛ばす。

 するとルベルは、少しだけ頬を赤らめながら、けれど嬉しそうに頷いた。


「……ありがとう、エメルド」


「にしても、可愛い子だったな~。噂には聞いてはいたけど、相当な美少女だったな。流石は〝幻のご令嬢〟だ。また会えるとしたら緋冠祭(ひかんさい)の後とか――」


(おっと……)


 何気なく投げかけてみたのだが、ふとルベルの瞳が揺れた気がした。柔らかかった笑みが、ほんの少しだけ曇る。これは、気のせいではない。


 心配になり、ルベルの顔を覗き込むと、彼はなんとも微妙な表情で、ぽつりと呟いた。


「………エメルドも、そう思うんだ」


 本人は、独り言のつもりだったのだろう。

 蚊の鳴くようなか細い声だったが、しっかりと耳に入ってしまった。


 一瞬、何のことだろうと思ったが、すぐに理解した。


 どうやらルベルは、オレがサフィラお嬢さんのことを「可愛い」と言った事に対し、不安になっているらしい。


(……あらら、そんな顔しちゃって)


 その可愛らしい嫉妬心に思わず、ふっと口元が緩む。どうやら想像以上に、本気らしい。


「なぁ~んてな。オレ、年下は守備範囲外だし? あくまで一般論だよ。確かに綺麗な子だったけど、ミントくらいの年齢の子に本気になったら、アイツに何言われるかわからないしな」


 さらりと笑いながら言い、冗談めかして肩をすくめてみせる。

 ルベルはちらとこちらを見上げ、それでもどこか不安そうな顔をしていたが、すぐに少しだけ笑った。


「……そっか。そうなんだね」


「ははっ、安心したか?」


 そう言ってから、身をぐっと少し乗り出す。

 両膝に肘を置いて前屈みになりながら、声のトーンをぐっと落とした。


「むしろ、応援するよ。……もし何かお悩みがあれば、いつでもご相談を」


 すると、ルベルはほんの少しだけ目を見開く。だがすぐに、嬉しそうにはにかみながら、


「ありがとう」


 と、小さく頷いてくれた。





 王宮の正門前に着くと、既に控えていたルベル付きの使用人が一歩前に出てきた。


 白い肌に、蜂蜜を焦がしたようなハニーブラウンの大きな瞳。礼儀は正しそうだが、どこか作り物めいた〝無表情〟が印象に残る。――初めて見る顔だ。


「ルベル様、お帰りなさいませ。こちらへどうぞ」


 口調も丁寧だが、どこか形式ばっていて、淡々としたものだった。


 ルベルも、それをよく分かっているのだろう。微笑みは浮かべたものの、これ以上言葉を交わす様子はなかった。


「モルガンさん、それにエメルド。今日は僕の我儘に付き合ってくれて、ありがとう」


「いえいえ、お安いご用ですよ。また何かありましたら」


 オレの隣に立っているモルガンは、ルベルに向かって深々と頭を下げた。


「オレの方こそ。遅刻の件、本当にすみませんでした。……あ、剣術の稽古だけど、いつでも付き合うから言ってくれよな」


 そう言うと、ルベルは「うん、ありがとう」と頷いてくれた。


 そして、そっと視線を逸らすようにして――使用人に促されるまま、ゆっくりと歩き出す。その小さな背中は門の奥へと溶けていった


 遠のくルベルの後ろ姿を見送った、その時だ。


「……坊ちゃん、少々よろしいですか?」


 隣に立って居たモルガンが、いつになく真面目な表情を浮かべていた。その声音には、ほんのりとした緊張が漂っている。


「先程のスリ事件について、少し詳しくお聞きしても? ……先程は、アメリアさんがご一緒でしたのでしたからね。しっかりお話できませんでしたので」


 その言葉に、オレも自然と表情を引き締める。頷きながら、視線を正面に戻した。


「……ああ。オレも話したいと思っていたところだよ」


 言葉に含みをもたせながら、声のトーンを落とす。これから交わす話題が、軽口では済まされないことを、お互いに理解していた。


「丁度あの時、ゴシェ先輩が現場にやってきたんだ。最近多いんだってな。混血児(パラキリ)絡みの事件」


 その言葉に、モルガンの眉がわずかに動く。だが、すぐに静かな声で応じた。


「やはり、そちら絡みですか。……ええ、実のところ目に見えて増えておりますな。ご存知かと思いますが、先日の殿下の誘拐事件も、そちら側の人間が関わっていました」


「……緋冠祭が近いってのに、冗談じゃないな」


「ええ、全くです。……こりゃあ、偶発的なものとは考えにくい」


 そこまで言って、モルガンはふと周囲を一瞥した。言葉にはしないが、誰に聞かれているか分からない――そんな警戒心が滲んでいる。


「父上は何て言ってるんだ?」


 問いかけると、モルガンは少しだけ声を落とした。


「〝あちらさん〟が動いている可能性が高い、とのご見解です。ただ……()()()()()の目もあります。下手には動けない。今のところは、警備の強化が精一杯とのことです」


「……クソッ」


 思わず舌打ちが漏れた。オレは拳を強く握りしめ、そのまま掌に叩きつける。


「〝ウパラ人〟共め……!」


 吐き出したその言葉に、モルガンの目つきが鋭くなる。


「坊ちゃん、口を慎んでください。……誰が聞いているか、わかりませんよ。どうか、冷静に」


 モルガンはそのままゆっくりと首を振り、諫めるような声音で静かに告げた。

 その低い声が、警告のようにオレの胸の奥に重く響いたのだった。




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