↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その聖女、前世は魔女と呼ばれた殺し屋でした  作者: 蟹三昧
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/60

第8話 その殺し屋、愛する者(推し)のために戦う②







「……ルベル殿下、下がっていてください」


 私は身体をドアの方に向け、ルベルを庇うように立った。さっきまでの涙は嘘のように消えて、全神経が耳と足元に集中していく。


(……近い。あと十秒もない)


 ドアの向こうで足音が止まる。ノックも合図もなく――ギィィ……とゆっくり鉄扉が軋む音だけが響いた。


(開けてきた…!?)


 私は咄嗟(とっさ)に息を潜める。心臓が、ひときわ強く打った。


 相手は手にランプを持っているのか、隙間から差し込む薄明かりが、ゆっくりと広がっていく。


 その輪郭が床をなぞり、私のつま先をかすめた時、


「開いてる、だと? ……チッ、誰か先に――」


 言葉を切り、視線が私に向いた瞬間、勢いよく鉄扉が壁とぶつかる音と共に怒声が飛ぶ。


「……って、誰だテメェ!?!?」


 怒声と共に現れたのは、浅黒い肌で髭面の大柄な男だった。


 男は、私の姿を胡乱(うろん)な目で見たが、すぐにフッと気を緩め、口元を(いや)しく歪める。


「何だ女のガキ、か。どっから入ってきた?」


 男の腰には得物……短刀が携わっており、それを一瞥(いちべつ)し、私は一層警戒を強める。


 男はニヤニヤと笑いながら、こちらへと歩を進めようとする。


「――それ以上、近づかないでください」


 静かに、けれど明確な威圧を込めて言い放つ。


 男は少しだけ足を止めたが、(ひる)んだ様子はない。ただ面白がるように口角をさらに吊り上げた。


「おいおい、聞かれたらことにはちゃんと答えるって教わらなかったのかよ? ……嬢ちゃん。貴族の子か? 服も顔も綺麗だ。こりゃあ、なかなかの上玉だなぁ」


 舐め回すような視線が、頭の先からつま先までを往復する。触れられてもいないのに、皮膚の上を這うような不快感がぞわりと背筋をなぞった。


「こりゃあ、高く売れそうだなぁ。さて、お嬢ちゃん。もう一度聞くぜ。こんなところで、何してたんだ?」


 その声音は、まるで品定めでもするかのようだった。ぞっとする。けれど、ペースは乱さない。


「………道に迷っただけです。できれば、見逃していただけませんか?」


「へぇ、道にねぇ。こんな埃臭(ほこりくさ)い地下倉庫にか?……アンタみたいな貴族のお嬢ちゃんが、ね。そりゃあ、無理があるだろう」


 男は鼻で笑いながら、じり、とこちらに一歩踏み出す。


 その視線は、私ではなくルベルの方に向いている。


「どうでしょうか。ほら、招待されたお茶会のテラスでたまたま偶然、地下へ続く階段を見つけた……とか?」


 皮肉めいた笑みを浮かべたまま、私は淡々と言葉を続ける。


 視線を動かさぬまま、ルベルの様子を視界の端で伺った。顔色は悪く、息も浅い。


 あの状態では、走らせるのはまず無理だ。やむを得ないけど、――ここはもう、やるしかない。


「……んな訳ねぇだろうが!! なめてんのかクソガキャァ!!」


 男の咆哮(ほうこう)が地下に響き、殺気がぶわっと膨れ上がる。


 この距離、この気配。交渉は、破綻(はたん)


 私は一瞬でドレスの裾をたくし上げ、重心を低く落とす。視線は逸らさず、呼吸は静かに、しかし確かに整えた。


「ルベル殿下、動けそうなら部屋の奥へ!! 私がヤツを食い止めます!」

 

 その言葉と同時に、私は一歩、前へ踏み出す。


 唐突な指示に、ルベルは一瞬ぽかんと目を見開く。


「え、サフィラ……まさか戦うつもりなの……?」


 困惑と不安が入り混じった声。それでも、私の目を見た瞬間、彼は何かを悟ったように、そっと息を呑んだ。


 ――逃げ道は、私が作る。それまで絶対に、あなたを傷つけさせない。


 彼は何も言わずに頷くと、ぐっと床に手をつき、震える膝でゆっくりと立ち上がった。そして、おぼつかない足取りで、部屋の奥へと駆け出す。


 男は踏み出した私を見て、一瞬たじろいだ。


 けれど、すぐに顔をしかめて、腰に携えていた短刀を抜き、逆手に構える。


「チッ……なんか知らねぇが、気味の悪ィガキだなッ!」


 ――来る。


 想定より速く、刃が唸りを上げて振るわれる。

 私は半歩、身体を捻ってそれを紙一重でかわした。


 鈍い音がして、男の短刀が背後の棚に突き刺さる。木片が散り、埃が舞った。


 私はすぐに間合いを詰め、男の腕を払おうとする。

 だが、男も咄嗟に態勢を整え、すぐさま斬り返してきた。


 短刀とは言え、刃先は大振りで勢いがある。男のパワーに任せた一撃。でも、それは重い分だけ、軌道が読みやすい。


(鈍いな……この程度なら、見切れる)


 私はわずかに身を引き、足元の樽を蹴り飛ばす。


「うおっ!?」


 男の足元が乱れた。即座に踏み込む。

 狙うは右腕、短刀を握る手首――そこに一撃を加え、武器を落とさせる算段。


 狙いは正確だった。だが男も、肘を引いて反応する。身体を捻り、逆に短刀の柄で脇腹を狙ってくる。


(読めているッ!)


 私は先に動いた。身体を回転させ、男の攻撃の内側へ潜り込む。刃の間合いを外し、わずかな死角に入り込むと、男の視界から私の姿が消えた。


「――っ、どこに……!?」


 男は、私を探しながら刃を振り回す。


 私は身を低くして滑り込むように、その背後へ回り込もうとする。


 ……だがその時、男の反応が一瞬早かった。


 刃がぎり、とドレスのエプロンをかすめる。布が裂け、白いフリルがひらりと舞った。


「チッ………」


 思わぬ一閃に、冷や汗が背筋を伝う。


 まだ、この身体の間合いを完璧に掴みきれていないようだ。ルベルの体調もあるし、悠長に構えている場合じゃないのに…!


(………だったら!)


 私は丁度足元に落ちていた、割れた木片を掴み取り、そのまま男の視界をめがけて投げつける。


「チッ、目くらましか!」


 視界を奪われた男が、腕で顔を覆い、態勢を崩す。――その瞬間を私は見逃さない。


 大地を蹴り、小柄な身体だからこそできる、低い重心からの一気の踏み込み。


「っ、な――――!?」


 男の懐へ滑り込むように飛び込むと、男はバランスを崩し、そのまま後ろ向きに倒れる。


 私はすかさず男の腹部を踏みつけ、そのまま全体重を掛ける。


 ――グキュ、ギュゥゥゥッッ!!!!


 踏みつけたヒールの先が、男の鳩尾(みぞおち)にめり込む。


 華奢な足、けれど容赦ない一撃。


 男は呻き声を上げる間もなく、苦しげにのたうつ。ピクリと身体が跳ねた後、動きが止まったその隙に、私は視線を手元へ移す。


 そこにあるのは、奴の手に握られた短刀。


 私は男の手から短刀をひったくるように奪い取り、即座に構えを変えた。


 刃先はまっすぐに、喉元――頸動脈を捉えている。


(これで、仕留める……ッ!!)


 だがその瞬間。脳裏に、彼の顔が浮かぶ。


 ――『……ごめん。ありがとう、サフィラ』


 あの、柔らかい声。


 少し恥ずかしげに微笑みかけた、弱ってもなお優しい瞳。


 この男を、今、この手で殺したら。その時、ルベルは……。


 刃先は、わずかに震えた。


 次の瞬間、私は柄を握り直し――鈍い音を立てて、男のこめかみを思いっきり殴りつけた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。