三話 01 いらない人間
俺こと裏瑪照斗は夢を見ていた。
それは悪夢。
いや実際にあった過去。
俺の信頼が決定的に崩壊した事件。
「良い人に見られたいだけだろ?」
「偽善者ぶってんじゃね?」
そう言われたくないが為、その言葉を無視できなかった自分の弱さ。
その結果────
俺は昼休みに本校舎1階の理科実験室の外で日向ぼっこをしていた。
あの日以来、友達の翔と久時と一緒にいるのが気まずくてよくここに逃げ込んでた。
この時間は近くに誰も居なくて落ち着く。
「……暇だ」
あまり1人でいる事の無かった俺は誰とも喋らない時間が苦手で、思わず独り言を呟く。
ぼーっとしてると、教室移動でしか使わない静かな階段から足音がしてきた。
3人くらいかな? 1階付近で止まり何やら話し始めたので耳を澄ます。
「よし誰も居ないな、工藤早く出せよ」
「はい……これだよね?」
「おーっ、そうそうこれ欲しかった新刊だ!」
「いつもサンキューな工藤」
3人の男の声が聞こえた。
そのうち2人はこの前一花に絡んでた先輩の声だ。
どうやら本の受け渡しをしているらしい。エロ本か?
「また頼むよ工藤!」
「うん、でもあまりやるとバレるかもしれないから……」
「分かってるって、お前がパクられたら俺らも困るし」
「あそこの本屋ザルだからな、お前ならまだまだ行けるって」
「まっ、まあね」
「テクニシャンだもな工藤はさ」
なんだ万引かよ。見た目通りクズだったなあの2人。
後で先生にチクろうかな。
……いや。そういうの止めたんだった。俺には関係ない。
「教室戻ろうぜ」
「あっ、僕ちょっと用があるから」
「おうっ、じゃあ先行ってるわ」
2人は階段を駆け上がって行った様だ。
もう1人はどうした? 足音は聞こえないけど。
…………結構時間が経ったな。
足音はしなかったけどもう居なくなったかな?
「よっ」
そろそろ俺も教室に戻らなきゃ、っと。
「⁉」
立ち上がって鍵を開けておいた理実験室の扉を通り廊下へ出ると、そこには1人の男子生徒が驚いた顔をして立っていた。
いや俺も驚いてんだけど。
こいつがさっきの工藤って奴だよな?
ずっと無言でそこにいたの? 何で、何で?
「ふっ」
学年章が3年なのを確認したけど俺は顔を見ながら鼻で笑って通り過ぎる。
当時から相変わらずの捻くれっぷりだ。
「何が可笑しいんだよ!」
「そんな事も分かんないんスか?」
俺は振り返りつつそう言い放つ。
声を聞いてこいつがさっきの工藤って先輩だと確信した。
なので煽る。気に食わなかったんだ。
「どういう意味だ! 舐めてんのか!」
そう言って掴みかかって来た。
これは予想外の反応だった。
工藤って先輩は俺より背は高いけど、どう見ても喧嘩が強いタイプじゃないし実際とろい。
俺は喧嘩は特別強くないけど生まれついての性分から場馴れしてる。
ドサッ!
俺は工藤先輩を腕を掴んで投げ飛ばした。
「痛っ……!」
それと柔道を2年くらいやってたんだ。
受け身取れないだろうなと思ったのでかなり加減した。
実際まったく取れてない。
「あんたがキレる相手は俺じゃなくて、さっきの2人だろ」
この工藤って先輩はあの2人のクズ先輩に万引を半強要されてたんだろうと予想はできる。
だとしても言い訳にならない。
俺は聞こえるか聞こえないかくらいの抑えた声でそう吐き捨ててその場を後にした。
◇◇◇
それから1週間後くらい後。
あの工藤って先輩から俺に手紙が来た。
放課後の多目的室にお呼ばれだ。
1人な訳がないよな一対一で俺に勝てない事くらい分かってる筈。
例のクズな先輩合わせて3人かな?
多目的室は第2校舎の2階奥にある。
部活で使う部屋も無いためほぼ人は居ない。
「数だけ確認して帰ろっと」
仲間を何人くらい集めたかでどんだけ俺を本気でボコろうとしてるかを計れる。
そっから対策しよう。
足音をなるべく立てないように多目的室に近付くと中から話し声が聞こえてくる。
「工藤のやつおっせーな」
「呼びつけておいて遅刻かよ、処刑だな」
予想通り例のクズ先輩が2人。
工藤先輩は遅刻で処刑了解しました、では俺は帰ります。
引き返そうと後ろを振り向くと、そこには凄い顔で俺を睨みながら工藤先輩が立っていた。
「なんの用すか?」
……挟み撃ちか。
3人掛かりじゃ勝てないだろうし。
このまま工藤先輩を殴って逃げようかな?
そんな事を考えてると工藤先輩がこっちに歩いてくる。
廊下でやる気か?
仕方ない、やるしかない。
姿勢は変えずに心で構える。
先輩が攻撃してきたら即反撃する。
いつでも来いよ!
そして遂に工藤先輩は俺の横を……通り過ぎる。
えっ? 通り過ぎる?
ガラガラガラッ…………
後ろを軽く振り向くと、工藤先輩は多目的室に入って行った。
「おう、工藤遅かったじゃねぇか」
「どうした? 何かあったのか? 怖い顔して」
何か様子が可笑しい。これは俺が思っていた状況とは違う。
「うわぁああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
ドンッ!
工藤先輩が大声で叫び出して何か殴るような音が聞こえた。
「……ッテェ!」
「おい何すんだ工藤!」
ドンッ! ガシャン!
「ああああああああっ!!!!」
俺はやっと何が起きたか理解した。
確かにこうなる可能性もあった気がする!
『アンタがキレる相手は俺じゃなくて、さっきの2人だろ』
なんて言っちゃったもんね俺!
「いい加減にしろコラ!」
ドフッ!
「うわっ!」
「工藤てめぇ、何考えてんだよ!」
バシッ!
「っ…!」
当然の様に形勢が逆転した……ような音が聞こえる。
おいおい本当にやるのかよバカ!
助けに行くか?
いや駄目だ! 俺は普通にしなきゃいけないんだ。そう決めただろ!
俺は1歩後ずさる。
これは俺には関係ないあの3人の問題だ。
「あああああああぁぁ!!」
ダンッ!
「イッてぇ!」
「なんだコイツすんげぇ力だ!」
工藤先輩がまだ諦めずに反撃している様だった。
俺はそれを無視して階段に走り出して何も聞こえないフリをした。
(そうだこれでいい、こうやって大人になるんだ)
階段を駆け下りながら多目的室に入る直前の工藤先輩の顔を思い出す。
あの決意の表情を……。
(……違うだろ。こんなのは大人になるって、多分言わない)
とてつもなく不快だ。
(偽善者と言われて不快なのも。それで自分を曲げて不快なのも。どっちも同じだったじゃねぇか!)
俺は正義の味方になりたい訳でも偽善者でもない。
ただ、ただ不快だったんだ。
(なんでこんな簡単な事分からなかったんだ!)
俺は立ち止まる。
(工藤先輩は変わろうとしてたんだ! 俺が変えたんだ! だから俺を呼び出した!)
何故かは分からない……俺に助けを求めていた?
俺は踵を返して階段を駆け上がる。
(俺が戻って2人がかりでも勝てるとは思えない、でも行かなくてどうするよ!)
心の中にずっとあったモヤがやっと晴れた。
駆け下りる時は浮ついていた足取りが、今は力強く階段を蹴り上げる。
多目的室の前に戻ると、そこには一花が怯えた顔で多目的室の中を見つめながら座り込んでいた。
えっ? なんで一花がここに? それに何か様子が変だ。
俺はそのまま走って多目的室の中に入る。
ボコッ、ボコッ!
「やっ、やめてくれ!」
そこにはクズ先輩に馬乗りになって殴ってる久時と。
「ううっ……」
工藤先輩とそれを介抱してる翔。
「ぐぅぅ……」
そして腹を抱えて悶絶してるもう1人のクズ先輩が居た。
「テルト、何しに来たの?」
一花がそう刺々しい声で言う。
「工藤先輩を助けに……」
「助けに? ついさっき逃げたくせに?」
「えっ?」
翔も軽蔑した目で見ながら俺に言い放つ。
一花が携帯で動画を見せてきた。
俺がさっき多目的室から逃げる所の映像を。
「⁉」
でも俺はその後、考え直して戻って来たんだ!
そう言いたかったけど言えなかった。
「もう終わったから」
「えっ……?」
「テルト、お前はもういらない」
久時が俺の方を見ずにそう言い放つ。
すぐにこの事件の噂は広まりそして俺の居場所は無くなった。
本当に悪夢のような、現実だ────