二十一話 01 聖教会本山
俺ことテルト・リバースはロープで縛り上げたキャスダルを引き摺りながら夜道の中で緩やかな斜面を登っていた。
「さあ来いキャスダル」
ドンッ!
「ふふふっ……ひひひひひっ……、聖教会に乗り込もうなんて本気かよ貴様はぁ!」
坂道の先には一際強い魔光灯の光が溢れる正教会の神殿がそびえ立っていた。
神聖な施設らしく道の周囲には民家などが一軒も立っていない。聖教会の権勢ってのは凄いんだろうな。
「いいから、聖女を襲うように命じた黒幕の所に案内して貰う」
キャスダルの口から聞き出した聖女暗殺の黒幕は聖教会にいる。
それを止めなければ俺のミッションは終わらない。
「くっ狂ってやがる……俺もお前も殺されるだけだぞぉ、ひゃっひゃっひゃっ」
「そうだな、俺は今狂ってるんだろう」
正気じゃない無謀な事をしてる自覚があった。
後日改めて協力者を集めてやるべきだったかも知れない。
でもまだ聖女暗殺計画の失敗に気付かれる前に仕掛けたかった。
明日にでもバレて何か対策されるとまずい。
「くくくっ、いいだろうどうせ俺はもう終わりだ……どこに逃げようが殺される。なら最後にお前が何をやろうとしてるのか見届けてやる!」
俺と同じくキャスダルも既に正気じゃなくなってた。
暗殺に失敗した暗殺者の末路なんて凄惨なものに違いない。
その恐怖で精神が逝ってしまった様だ。
坂道を登り切るとそこには鉄の錠前が付いた巨大な門がそびえていた。
「《振裂刃》!」
ジュキン! ……カンッ、カンッ、カカンッ!
ガシャ、ガラガラガラ…………
鉄をも切れるスキルで錠前を切断し門をこじ開ける。
神殿は大きな建物ではあったけど見張りの兵士などは居なかったので俺とキャスダルは誰にも見咎められずに神殿の内部に入る事ができた。
「おい貴様らどこから入った! ここは立ち入り禁止だぞ!」
流石に神殿内はそうも行かなかったらしく入口の傍で兵士が夜の番をしていた。
ただしそれもたった1人だけ。正教会へ忍び込もうとする馬鹿なんてこれまで居なかったんだろう。警備が信じられない程手薄だった。
「《劈く雷迅》」
バチンッ!
「くっ……っ、賊だ……誰か!」
俺は兵士に向かって雷撃を放ったけど映画やドラマの様に都合よく気絶はしなかった。
兵士は精一杯の叫びで人を呼ぼうとしている。くそっ!
「仕方ない」
ドスッ! ……ドサッ
俺は兵士の首裏を手刀で叩き気絶させる。
できればこの方法はやりたくなかった。下手すれば脳に障害が残ったりするし俺は試すのも初めてだった。
「ふふっ、単なる衛兵は敵ではないか、しかしこの先にいるのは聖騎士だ、こうは簡単に行くまい」
「……」
聖騎士ってのは全員が聖霊と契約していて聖魔法を使える。さらにはその剣の強さと合わせて王国最強の軍と言わている。
聖魔法しか通用しない魔獣や呪術犯罪などに特化した特殊部隊らしい。
以前戦った事もあるし今の俺なら1対1なら負ける気がしない。
でも何人も同時に相手は厳しい……と言うか無理だろうな。
【ミッション「聖女の命を狙う聖司祭を捕らえろ」を開始しますか?】
条件、聖女の命を狙う聖司祭マクウェルを捕らえる。制限時間2週間。
注釈1、聖司祭の生死は問わない。
注釈2、聖女が死亡した場合は無効。
報酬スキル、《失血耐性》
【詳細/閉じる】
だけど今更引き返す事は出来ない。
…………ゾゾゾゾ…………
なんでこんな無茶で無謀な事をしようとしてるかって言うと。
俺が『やりたい』って思ったから。
それだけだ────
◇◇◇
神殿の最奥にある寝室で聖司祭マクウェルがイライラした様子で椅子にもたれかかっていた。
白い布に金色の刺繍の装飾が描かれた衣装を身に纏い、顔には真っ白な仮面を付けていた。
仮面に開いた2つの穴からは鋭い眼光がギラリと光っている。
「遅い……報告はまだか……」
重く響く男の声が静かな広々とした寝室に響き、机の上の2本の魔光灯の光を静かに揺らす。
ガチャ……
「誰だ!」
「ひひっ……」
突然の扉の開く音に聖司祭は怒鳴り付ける。
この部屋へ勝手に入る事は誰にも許していない。
「キャスダルか。遅いぞ。それに入る時はノックしろ! まあいい報告を聞こう」
普段ならそのまま激怒し罰の1つでも与えるところだが、そこに立っていたのはキャスダルだった。
自らが聖女暗殺を依頼した暗殺者であり、この時間まで起きて報告を待っていた相手だ。
「聖女様の暗殺はぁ……、失敗しましたぁ!」
「何?」
キャスダルはおどけた様に目を見開いて叫ぶ。
傍目からは何かの冗談の様にしか見えないだろう。
しかしキャスダルが冗談を言うような人間だっただろうかと聖司祭は首を傾げる。
ドンッ!
「そういう事」
「誰だ……?」
突然キャスダルの体が何かに押し出されるように手前に倒れる。
倒れ方が不自然だったのはキャスダルの手足が縛られていたからだ。
聖司祭はキャスダルから視線を上に戻すと、そこに浮かぶ人影を目にする。
「暗殺者……かな? アンタの命を狙いに来たね……」
「どういう事か説明しろキャスダル」
人影が聖司祭に近付き魔光灯の光に照らされると、そこに1人の少年の姿を浮かび上がらせた。
その少年は暗殺者を自称しているのだからやはり聖司祭には何かの冗談にしか思えなかった。キャスダルに真意を問う。
「くくくっ、だからぁ失敗したんですって。聖司祭様あんたももうお終いだぁ!」
魔光灯の光が伸びて倒れたキャスダルの顔を照らし、その痙攣する目が既に正気を失ってる事を今度こそ正確に聖司祭に伝えた。
「馬鹿が…………誰か! 賊だ! 賊が出たぞ!」
だが聖司祭が慌てる事は無かった。
隣の部屋には常に何人かの聖騎士と兵士が常駐しており、それを呼べば済む事なのだ。
「遅い」
タンッ キィン! キキィン!
「腕に自信があるようだが舐めるな、私も元は聖騎士だ」
少年が飛びかかり剣で斬りつけるが聖司祭は優雅にそれを跳ね除ける。
これまでの余裕の正体は聖司祭自らも腕に覚えがあるからだ。
◇◇◇
俺は激しく後悔していた。
聖司祭なんて呼ばれてるから戦いは苦手だろうって先入観が何処かにあった。
だけどこの聖司祭は騎士並に強い。大誤算だ。
「聖司祭様! 何の騒ぎですか⁉」
「ベルワール! 私の命を狙う賊だ!」
さらに悪い事に後ろから増援が来る。
挟み撃ちを避けるように移動しながら増援に来た人を見ると、いつぞやプリシナと話をしていた聖騎士だった。
こいつもプリシナを狙う敵なのか?
「何! 聖司祭様から離れろ!」
シャキィン!
ベルワールと呼ばれた聖騎士は抜剣する。
その構えから一廉の剣士である事くらいは俺にも分かるようになった。
「くそっ……」
「子供⁉ こんな子供が暗殺者⁉」
「惑わされるなベルワール!」
「はっ!」
ベルワールは俺の姿を見て少し動揺した。
そして聖司祭のこの反応は……もしかしたら!
キィン!
「あんたプリシナと一緒に居た騎士だな。あんたはどっちの味方なんだ!」
俺はベルワールの剣をを受け止め確認する。
もしかしたらこの聖騎士は知らないのかもしれない。
「何?」
「プリシナとプリシナの命を狙った司祭のどっちの味方なんだ!」
「何を言ってるんだ!」
もしかしたら説明すれば味方になってくれるかも知れない!
「ひゃひゃひゃひゃ! 聖司祭様が聖女様の暗殺を俺に命じたのさぁ、知らなかったのかぁ? いひひひひっ……」
グシャ
「ひっ!」
聖司祭が証人であるキャスダルの胸を剣で突き刺すと、キャスダルは小さな断末の笑い声の後に全身の動きを止める。
……ゾゾ……
別にキャスダルの様な悪人はどうでもいいけど、どうでもいいはずだけど何だか俺の中に怒りがこみ上げる。
「戯言だ、耳を貸すな」
「いや……司祭様、何故……」
ズシャリ!
「くっ……はっ!」
聖司祭の行動に疑念を感じて動揺するベルワールの片膝を俺は剣で突き刺した。
「悪いな、違うんなら邪魔しないでくれ」
気が変わった。
もしかしたらベルワールを説得して味方にできるかも知れない。でも、もし説得に失敗したら?
プリシナより聖司祭に付く事を選んだりしたら? 逆転の目が無くなってしまう。
聖騎士なんて正義っぽい名前だけど聖司祭ですら悪だったのだから、俺は他人の正義なんて当てにしない!
「一体何が……起こってるんだ」
「約立たずが」
聖司祭がベルワールに冷たく言い放つ。
その振る舞いは余裕に溢れていた。実力でも俺に引けを取ってるつもりはないんだろう。
「次はあんたの番だ司祭様」
だけど俺も1対1なら聖司祭に負ける気がしない。今の俺なら行ける!
「《振裂刃》!」
タンッ!
俺は聖司祭に全力で斬り掛かった。
なのに聖司祭は微動だにしない。
なんでだ? いくら何でもそんな余裕が出来る訳がない!
この剣撃はお前の仲間の聖騎士を2人斬り殺した事があるんだぞ!
キィン! ジュシャ!
「がはっ!」
斬り掛かろうとする俺の右上と左上から突然槍が斜めにクロスするように振り下ろされた。
俺の体は槍にぶつかって受け止められ衝撃が胸を打ち付ける。
「何が……!」
キィンーーーッ‼
「……‼」
何事かと首を動かそうとすると背中に刃が当たるのを感じる。
そして俺の左右に2人の人の気配が立った。
「そこまでだ」
「動くな」
2つの言葉と同時に俺の体は強い力で押さえ付けられる。
必死に首を回し2人の顔を見ると見覚えのある顔だった。
「セイクス、ザイーロフ戻って来ていたか。よくやった」
セイクスとザイーロフ。
かつてハイルム男爵がエナを殺すために雇った暗殺者で、確かに俺が殺したはずだ!
「おっ、お前たちは……何で生きてるんだ⁉」
「聖司祭様お下がり下さい」
そしてそれはつまりこの2人は聖司祭側の人間で俺の敵って事になる。
「やっと捕まえたよテルト・リバースくん」
「やっぱり聖教会が……グルだったのか……!」
絶望的な状況だ────




